by藤井郷子
5月5日に成田よりニューヨークに発った。昨年(1997年)に帰国してから、8
ヵ月ぶりのニューヨークだ。目的はレコーディングとRouletteとTexaco New York Ja
zz Festivalでの演奏。
あしかけ1ヵ月半近くなる滞在期間、友人のアパートをサブレットしたり泊めてもら
ったりと、結局ありがたい事にホテルには一泊もしなかった。サブレットとは、アパ
ート等のまた借り、また貸しの事でアメリカでは学生等がよく使う手だ。
JFK空港よりブルックリンのジョージ・コリガンのアパートに向かう。彼は若手のメ
インストリームジャズピアニストだ。彼とは面識はないが、友人の紹介で、ツァー中
の彼のアパートに3週間程滞在した。ジョージはピアニストなのでピアノがあるので
はと少し期待していたが、部屋にはエレクトリックピアノしか置いていなかった。日
本では考えられないが、ニューヨークではピアニストが自宅にピアノを持っていると
は限らない。私も持っていなかった。1年前そうしていた様に、練習はブルックリン
コンサバトリーという地域の音楽学校で、時間貸しのピアノの部屋を借りる事とする。
到着して翌日の6日にピアノトリオのリハーサル、7日にはそのレコーディングとい
うハードスケジュールだ。メンバーはベースのマーク・ドレッサーとドラムのジム・
ブラック。私にとっては気心がしれていて信頼できるふたりだ。マーク・ドレッサー
はヨーロッパツァーから戻ったばかり、ジム・ブラックはウエストコーストのツァー
から戻ったその日のリハーサルで全員時差ボケ状態。それでも事前に送った譜面を完
璧にこなしてくれる。このトリオでのレコーディングは昨年に続いて2回目だが、リ
ハーサルが必要ないのではと思う様な音をいつも出してくれる。レコーディングした
スタジオはブルックリンにあるSystems Two。私が一番気にいっているスタジオだ。
ニューヨークスタインウエイの素晴しいピアノ、響きの良い部屋、それにエンジニア
、スタッフの気配りの良い働きぶり。このスタジオで録音した物をもう4枚CDにした
。トランペットの田村のソロCDをいれれば、5枚になる。
7日の丸一日のレコーディングのあとは夜9時からトランペットの田村とRouletteで
デュオライブと、これまたハードスケジュール。今春のシリーズには日本からの佐藤
まさ彦氏、ニューヨーク在住のトロンボーンの河野雅彦氏、それに私達と日本人が4
人出演していた。Rouletteはいわゆるジャズクラブとは違う。ニューヨーク州と市の
援助、それにあらゆる基金で運営されている非営利の団体で1年に2回、春と秋の各
々2ヶ月間の週3日から4日位のペースで実験的な音楽を主体に公演を行っている。
West Broadwayにあるが看板もないし2階のせいもあって、はじめて来る人はなかな
かみつけられない。にも関わらず、たくさんの人に来て頂いた。聴衆がたくさんいて
くれれば、もう演奏は成功したも同然だ。聴衆からのエネルギーは、私達がやってい
る様な即興主体の音楽には大きな影響をもたらす。その晩、自分なりに満足のいく演
奏が出来たのも足を運んでくれた人々のお陰だ。
Rouletteでの演奏を終えた後は次のレコーディングまでしばらく余裕があるので、旧
友に会いにボストンに足をのばす。友人の車でニューヨークからボストンまで4時間
半。ボストンは落ち着いていてきれいな街だ。それにシーフードが格段においしい。
ボストンではCast of charactersという友人がやっているバンド、それにちょうどボ
ストンにきていたClusone TrioとIva Bittovaを聴く事ができた。益子高明氏は在米
20年程になるパーカッションプレーヤーで、東ヨーロッパやアフリカ、南米の民族
音楽にも造詣が深く、自身で無声映画とのインプロヴィザーションのバンドも主宰す
る。彼もメンバーとなっているCast of charactersはロシア人のピアニスト、Igor T
kachenko、ドイツ人のヴァイオリンニスト、Johannes Ammon、イタリア人のアコーデ
ィオニスト、Roberto Cassan、アメリカ人のディジリドゥプレーヤー、Daniel Orlan
sky、イギリス生まれの中国人のベースプレーヤー、Jane Wang、カナダ人のイングリ
ッシュホルンプレーヤー、Janet Underhillで構成されるインターナショナルなバン
ドだ。世界の民族音楽を伝統的な形で、またアレンジした形で、加えてオリジナル作
品も演奏する。民族音楽がジャズやロックにも形を変えて浸透していて、身近に聴け
るのもニューヨークやボストンの良いところだ。ボストン市立図書館で行われたその
日のコンサートは母の日という事もあり、親子連れ、家族連れがたくさんいた。内容
は他の演奏家やバンドによる現代音楽や中国の民族音楽も含まれる充実したプログラ
ムで、手応えのあるコンサートだった。母の日に子供連れで現代音楽を聴くなんてい
うのも、残念ながら日本ではなかなかありえない事だろう。マサチューセッツ工科大
学で行われたClusone TrioとIva Bittovaのコンサートにはボストンのミュージシャ
ンや評論家等知った顔がたくさん聴きにきていた。Iva Bittovaはヴァイオリンを弾
きながらヴォイスも巧みに使い、本人がmy own folk musicとよぶ東ヨーロッパ民族
音楽とオリジナルのフュージョンミュージックを演奏する。Clusone Trioは、アルト
サックスとクラリネットのMichael Moore、チェロのErnst Reiseger、ドラムスとパ
ーカッションのHan Benninkで構成される。メンバーそれぞれが、実に個性的にフリ
ーインプロヴァイズをする。ジャズと現代音楽のミックスの様なその音楽はHan Benn
inkの徹底した遊び心と動きの大きなプレーのせいもあり、聴衆を始終、惹き付けて
いた。
ボストンからニューヨークにはアムトラックで戻る。駅が街の中にあるため、5時間
かかっても飛行機よりは楽だ。
ビッグバンドのリハーサルは、ヨーロッパツアーの帰り、空港から直接駆けつけるド
ラムのAaron Alexanderを待ちながらはじまった。このバンドも昨年レコーディング
したメンバーとほぼ同じ、気心のしれた仲間だ。音楽的にも人間的にも信頼している
メンバーなのでリハーサルは順調に進む。
リハーサル後はニッティングファクトリーとAlt Coffeeをはしごする。Knitの地下、
Alterknit theaterで、昨年ボストンからニューヨークに越してきたKenta Nagaiとボ
ストンのJane Wang,
それにデンマーク人の舞踏家によるセッションを見る。(聴く?)私自身、舞踏との
コラボレーションを行っているため興味深いとりあわせだ。Kentaは、Astor place等
でストリートでも演奏していてファンを増やしている。彼のソロは誠実でいてダイナ
ミック、とても好感のもてる物だった。Knitから友人の車でイーストヴィレッジにあ
るAlt Coffeeにむかう。トロンボーンのCurtis Hasselbringのバンドだ。ドラムはJo
hn Hollenbeck、ベースはStomu Takeishi、アルトサックスとバスクラがOscar Norie
ga、バイブがMatt Moran。Stomu,Oscar,Curtisは昼間のリハーサルでも一緒だった私
のビッグバンドのメンバーでもある。Curtisのコンポジションは緻密に計算された上
に、彼の性格が良くでている様な親しみやすさと軽快さをあわせもっている。2年近
く、彼のバンドが好きで、何回か演奏を聴きにいっているが、バンドの演奏にもコン
ポジションにも以前より磨きがかかりタイトになっていた。とちゅうトランペットの
Dave Douglasも顔をだしていた。
ニューヨークを訪問する旅行者たちはブルーノートやヴィレッジヴァンガード等の有
名ジャズクラブに、有名ミュージシャンを聴きにいく。私も10年前はそうしていた
。ところが、まずその手のクラブはすごく高い。だから滅多に行けない。とてもじゃ
ないが毎晩なんて行けない。その上、私の好みの音楽をそういうクラブではなかなか
聴けない。という事で、最近はJazz Clubとは呼べないような小さなカフェにばかり
行く。Alt Coffeeもそんな場所のひとつだ。ニューヨークでも東京でも無名でも素晴
しいミュージシャンはたくさんいる。情報誌で知っている名前をみつけていくよりも
、知らない名前をみつけていく方が、リスクはあるが新鮮な驚きと出合いに満ちている。
ビッグバンドのレコーディングはまたSystems Twoで行う。ソロ、トリオ、ビッグバ
ンド等、いろいろな編成で演奏活動をしているが、ビッグバンドのレコーディングは
とても楽しい。緊張を忘れる位楽しめる。レコーディング後はメンバーのStomu Take
ishi, Curtis Hasselbring, Chris Speedも参加しているトランペットのCoung Vuの
バンドをイーストヴィレッジの新しいクラブTonicに聴きに行く。ドラムはトリオで
レコーディングしたJim Black。Coungの音楽は、実に知的でいてワイルドな側面を持
つ。『これからの音楽』をはっきりと感じさせる。この日もDave Douglasやピアノの
Myra Melfordが顔を出していた。Paul Bleyの紹介でMyraに 出会ってからもう3年が
経つ。彼女は日本での知名度は低いが、ニューヨークでは作曲家、リーダー、ピアニ
ストとして注目を集めている。10月には来日という事で、私も今から楽しみだ。
開店したばかりのTonicはAlt Coffeeのオーナーがはじめた店だ。まだリカーライセ
ンスももっていない為アルコール類が出せない。それでもたくさんの人が、良質の音
楽を求めてやってくる。今夏、TonicではJohn Zornが主宰するThe New Music Series
at Tonicというフェスティバルがある。6月下旬から8月中旬まで毎週水曜日から日
曜日まで行われるそのシリーズは、スケジュールを見ただけでゾクゾクする様なミュ
ージシャンが名を連ねている。このフェスティバルを事前に知っていれば、これに日
程を合わせたかった位魅力的な内容だ。
トリオのレコーディング、ビッグバンドのレコーディング、Rouletteでの演奏は終わ
ったが、今回のニューヨークでのもうひとつの目的、ニッティングファクトリーが行
うTexaco New York Jazz Festivalでの演奏が残っている。今年は6月1日から14
日まで、JVCのフェスティバルと時期をずらして行われた。
田村夏樹は6月8日にWest BroadwayにあるIndependenceでトランペットソロ演奏を
行った。今春Leo RecordsからソロCD 『A Song For Jyaki』がリリースされたばかり
。8月8日には新宿ピットインにてそのリリースコンサートも行う。彼はトランペッ
トの他、ニューヨークチャイナタウンで$1で買ったピンクのピコピコハンマー、ハ
ンガリーの友人からのおみやげのデンデンダイコ、ブルックリンのおもちゃ屋で買っ
たスズとともに独自の空間を作る。フェスティバルの期間のみ演奏がはいる比較的わ
かりにくい場所なのに、真剣に耳を傾けてくれる人達が集まってくれた。その個性的
な世界に惹き付けられる様に店の従業員達も客席の後ろに集まっていた。他の場所で
演奏を終えたばかりのChris Speed, Jim Blackも顔を出してくれた。ニューヨークの
ミュージシャン達はまめに人の演奏を聴きに行く。新しい音楽と人との出会いは、こ
の街ではとても重要だ。今回のフェスティバルでブラスでソロ演奏を行ったのは、田
村の他にはトロンボーンのRobin Eubanksだけだった。
6月9日は、私が同じくWest BroadwayにあるNo Mooreでピアノトリオで演奏した。
メンバーはベースのStomu TakeishiとドラムスのJim Black。アメリカのJazzのWebsite、
Jazz Central Stationのニュースのサイト
の6月19日号にこのコンサートに来て頂いた、評論家
のDrew Wheelerの記事は載せて頂いている。また同じサイトに田村と私のインタビュ
ーも載せて頂いている。この日のコンサートも、たくさんの人にいらして頂いて私と
しては内容も充実して満足のいく物だった。
私と田村はこのFestival出演に先立ってWKCRというFMステーションにゲスト出演した
。私達のCDをかけてもらったりインタビューに答えたりという内容の1時間番組で、
私たちの前はMark Dresserが出演していた。番組のパーソナリティー、Ted Pankenの
音楽に対する真摯な情熱の感じられる番組で、私たちもとても楽しい時をもつ事がで
きた。
6月1日から14日まで、Festivalの間、できるだけ多くの演奏に足を運ぶ様にした。
足を運んだコンサートの中で印象に残ったのは、Paul Bley, Paul Motian,Gary Peac
ockのトリオと、Henry ThreadgillのSociety Situation Dance Bandだった。私にと
っては師でもあるPaul Bleyとは1年半ぶりの再会だった。彼等3人の演奏は本当の
意味での自由な物で、その円熟した表現は他の出演バンドとの次元の差こそ感じさせ
た。力まずリラックスしていて、それでいて始終、緊張感がある。不自然な展開はま
るでなく全てが必然性をもち、それでいてどの一瞬も驚きに満ちている。
Henry Threadgillのバンドは昨年同様、このフェスティバルの中で一番人気となった
。昨年のMakin’ a moveという少編成バンドもすごかったが、今年のSociety Situat
ion Dance Bandという大所帯のバンドも本当にすごかった。ニューヨークでのコンサ
ートは、聴衆が黒人か白人かで、その日の演奏者がいずれであるか大抵わかる。Henr
y Threadgillのバンドには、黒人も白人も聴きにくる。聴衆の中にたくさんのMusici
anがいるのもその特徴だ。残念ながら日本ではあまり知られていないが、Henry Thre
adgillは今世界的に注目されているミュージシャンだ。彼のバンドには日本人ベーシ
ストのStomu Takeishiがいる。彼のベースとJ.T.Lewisのドラムスはバンドの中でと
ても重要な役割を担っている。変幻自在なグルーブとその特徴あるハーモニーの流れ
が、Henry Threadgillの音楽の特徴だ。本当にどうしてこんなに良いのだろう、、、
?!こんな素晴しいMusicianは、日本でももっと紹介されてほしい。それと同時に日
本の素晴しいバンドも、どんどん海外で紹介されればいいのにと思う。
今回の8ヶ月ぶりのニューヨークは、私にとってはニューヨークのエネルギーを再確
認して、その自由さを思い出す、リフレッシュメントとなった。そして1ヶ月半ぶり
の東京も、私にとってはとても元気で魅力に満ちた場所と感じられた。