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なんでもかんでも

1曲目=第一章 Morning Mist
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    by 田村夏樹

    ジローが泣いている

    窓辺に佇み

    ジローが泣いている

    朝から降り出した季節外れの冷たい霧雨のせい?

    眉間に皺寄せ うつむきながら駅に急ぐ人々のせい?

    ジローが泣いている

    しこたまぶつけた左足の小指が紫色に変わって来た

    ジローが泣いている

    その横でフォルテも鳴いている

    「みゅう」


     1曲目=第一章 Morning Mist (2005/01/29)

     2曲目=第二章 Gentle Journey (2005/02/05)

     3曲目=第三章 Strange Village 前編 (2005/02/12)

     3曲目=第三章 Strange Village 後編 (2005/02/19)

     4曲目=第四章 Welcome Party 前編 (2005/02/26)

     4曲目=第四章 Welcome Party 後編 (2005/03/05)

     5曲目=第五章 Dialogue 前編 (2005/03/12)

     5曲目=第五章 Dialogue 後編 (2005/03/19)

     6曲目=第六章 Dance (2005/03/26)

     7曲目=第七章 Dreaming a Lot (2005/04/02)

     8曲目=第八章 Then, Normal Life (2005/04/09)

     9曲目=第九章 Journey Again (2005/04/16)

    10曲目=第十章 Wasteland of Peat (2005/04/23)



     

    1曲目=第一章 Morning Mist


     

    「ミュウー、ミュウー」という小さな鳴き声でフッと目が覚めた。カーテン越しの様子から外はまだ暗いようだ。時計を見ると4時半を少し過ぎたところ。

    「おいおいフォルテ。ちょっと早いんじゃないの。まだ真っ暗だよ」

    枕元で2歳 になるチンチラのフォルテが心配そうな表情をして覗き込んでいる。猫でも、いや猫だからこそ飼い主の昨夜からの静かな興奮を感じとって、落ち着かないので あろう。フォルテの飼い主、ジローは明日から始まる2週間の休暇を利用して、徒歩の旅に出る事にした。別に何処といった目的地がある訳でもなく、是といっ た理由も無いのだが、何かに誘われでもしたかのように、なんとなく旅立ちを決めたのだ。

    「まあいいか。夜明けとともに出発というのも悪くないよな」

    と言ってベッドから出ると洗面所に向かった。鏡の前に立ち、顔を洗おうとして

    「やっぱりこういう日にはシャワーを浴びてから行こう」

    と言いながらパジャマを脱ぎ、浴室に入って行った。いつもと違う行動パターンにフォルテが首をかしげている。

     

    「おおっ、気持ちいいね。」

    「ミュウー」

    「あっ、今すぐ飯にするから」

    いつものようにコーヒーメーカーをセットし、大好きなクルミレーズンパンをオーブントースターで暖める。そしていつものように小さなダイニングテーブルでフォルテと向かい合っての朝食。

    「そうだな、お前のキャットフード、何日分持って行くかな?」

    「けっこう重いからなあ。ま、一週間分にして途中で補充しよう」

    「ミュウー」

    「おっ、少し空が白んできたんじゃないか?」

    カーテンを開けて外を覗いてみる。ジローが窓の外を見ているといつもフォルテが肩に乗ってきて一緒に外を眺めるのだ。今も食べてる途中なのにテーブルから背中を伝って肩に乗ってきた。まるでオームのようだ。

    「あまりのんびりしてると夜明けと共に出発ってのができなくなるぞ」

    「フォルテ、はやく飯すましちゃおうぜ」

    「ミュウ」

    「しかしかなり霧が出てる感じだなあ」

     

    朝食を終 え、ジローは着替えと洗面用具と財布、そしてキャットフード一週間分をデイパックに詰め始めた。その周りを少し不安げなフォルテが歩き回っている。いまま でも散歩や近所への買い物にはジローの肩に乗っかって一緒に出かけているので旅に連れて行くのも全く心配はしていないし、フォルテも慣れているはずなのだ が、なんだかいつもより落ち着かない様子だ。もしかしたらフォルテはいつもよりずっと長く家を離れることを判っているのだろうか。あるいはもっと違う何か をこの旅に感じとっているのだろうか。

     

    「さて、準備オーケイ。淡々と出かけるかねフォルテ」

    ジローはいつも散歩に出かける時のようにドアを開け、肩をポンポンと叩いてフォルテを見る。一瞬ためらったがフォルテもいつものようにトットットと助走をつけてジローの肩に飛び乗った。

    「さあ、霧の朝に出発だ。ところでどっちに行こう?とりあえずあの山に向かって行くか」


    2曲目=第二章へ続く

     

    | 小説「ストレンジ・ヴィレッジ」 | 15:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    2曲目=第二章 Gentle Journey
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       by 田村夏樹

      2曲目=第二章 Gentle Journey


       

      「ホーッ! 霧が少し晴れてきたぞ。太陽より早く出られたなフォルテ」

      「ミュウ」

      アパートの階段をいつも仕事に行く時の3倍ほどの時間をかけて、一段ずつ確かめる様にゆっくりと降りて行く。太陽が出る直前で、まだ薄暗いこともあったが、やはり「徒歩で2週間もの旅に出るんだ」という気持ちがそうさせているのだろう。

      「さて、とりあえずあの山をめざして行くぞ」

      時間も時間だし、日曜日のせいもあるのだろう。通りにいるのはジローとフォルテだけであった。駅に向う見慣れた商店街を抜け、駅近くの踏切を渡った時、背中から太陽が昇った。

      「アハッ、俺達の行く手を照らしてくれたよ。お前達ーー西に行ーくーのーだーー。なーんちゃって」

      そしてハッとしたように

      「俺達『西』に向ってるよフォルテ」

      自分がどの町に向ってるとか、どのビルに向ってるとかじゃなくて、ただ『西』に向ってるって感じられた事が何故か無性に嬉しいジローであった。

      「そういえばまだ誰ともすれちがってないなあ」

      といいながら西口商店街をしばらく歩いていると、前から犬を連れた人がやって来る。

      「あっ、あれは不動産屋のおばちゃんとツナヨシだ」

      「フォルテ。仲良しのツナヨシ君だぞ」

      「ミュウ、ミュウ」

      ペット可の今のアパートを紹介してくれた不動産屋の飼い犬が、もう14歳になるビーグルのツナヨシなのだが、なぜかフォルテとすごく仲がいい。

      「あらま、ジロー君じゃない。朝の散歩で会うなんて初めてかねえ」

      もうフォルテは肩から飛び下りてツナヨシとジャレついている。

      「そうですね、夕方しか会った事ないですね」

      「こんな朝早くにどうしたの?」

      「ええ。少し長い休みが取れたんで、歩いて旅をしてみようと」

      「あらそう。何処まで行くの?」

      「さあ、決めて無いんです。2週間で戻ってきます」

      「へええ、何処行くかわかんないのに、歩いて。なんとご苦労なことだねえ。私なんかツナヨシを20分ほど散歩に連れてくだけでたくさんだけどねえ」

      「あははっ、一日でめげなきゃいいんですけどね。じゃあぼちぼち行きます」

      「まあ気をつけてね」

      ジローが肩をポンポンと叩くとツナヨシとじゃれていたフォルテが「もう行くの?」という顔をしながらも肩に駆け上がった。

      「じゃおばさん又」

      歩き始めたジローの後ろの方で

      「ジローくーん。土産なんかいいからねえーー」

      「ミュウ?」

       

      商店街を過 ぎ、まだ動きだしていない静かな住宅街に入る。この辺りになると歩きで来たことは一度もなく、同じ町とは思えないほど新鮮な感じがする。国道が北へカーブ しているので真直ぐ『西』へ向っている県道に入る。歩道がかなり狭くなったし、周りの建物もまばらになってきた。

      「左へ行くと狭山湖、ユネスコ村か。俺達は真直ぐ『西』だよな」

      さらに1時間ほど歩く。うちを出てからすでに2時間が経とうとしている。

      「ぼちぼち休憩するかフォルテ」

      「ミュウ」

      「あそこに小さな神社がある。よし、休憩」

      気分が昂揚 しているせいか、さほど疲れた感じはしなかったが、ずっと肩に掴まっているフォルテを休ませようと境内に入って行った。木の切り株を利用したベンチに腰掛 け、バックからペットボトルの水を取り出してフォルテ用のカップに入れてやる。境内にたくさんいる雀を目で追っていたフォルテがうまそうにピチャピチャと 音をさせて飲み始めた。突然ビクッとしてフォルテが後ろを振り返り近くの樹をジッと見上げた。

      「どうしたフォルテ。なにかいるのか?」

      と言いながらそちらに目をやる。

      「なんだカラスか。しかしまたずいぶんデカいカラスだなあ」

      「アッアーー、アッアーー」

      「ありゃま、こいつカッコウの鳴きまねしてるよ」

      「ミュウウウウウウ」

      「大丈夫だよフォルテ。なにもしやしないよ。はやく水飲んじゃいな」

      しかしフォルテはまだジッとそのカラスを睨んでいる。

      「水もういいのか?じゃあ出発するぞ」

      「アッアーー、アッアーー」

      境内から出て行くジロー達を見つめていたカラスの眼が赤く光るのを見たのは後ろを振り返っていたフォルテだけであった。

       

      県道が青梅街道に合流したあたりでちょうど昼になった。フォルテは肩に掴まっているのに疲れたのか、デイパックに入ってウトウトしているようだ。

      「腹減ったあ。メシにしょう」

      しばらく行くといい感じの蕎麦屋があったので入ることにした。

      「フォルテ、起きてるか?俺は飯食うからそこでおとなしくしてるんだぞ」

      「ミュウ」

       

      午後2時には青梅の町を抜けようとしていた。大学の山岳部で鍛えた健脚ということもあったが、フォルテとの散歩がものをいってるのだろう。ジローの歩くスピードはまだまだ衰えていないようだ。また肩に戻っていたフォルテにむかって

      「奥多摩に行く道だよ。車で何度か走った事がある」

      「この調子で行けば御岳あたりの旅館で泊まる感じかな」

      「ミュウ」

      「疲れただろう、またデイパックに入って寝てな」

      そう言って片手を後ろにまわしチャックを少し開けてやる。待ってましたとばかり、もぐり込んだフォルテは衣類のクッションが気持ちいいのだろう、満足げに

      「ミュウウウ」

       

      4時を少し過ぎたころ、御岳渓谷の小さな、しかしよく手入れの行き届いた旅館の前に到着した。

      「いいかフォルテ、部屋に入るまで、その中で静かにしてるんだぞ。絶対鳴いちゃ駄目だぞ」

      「ミュ....」

      「すいませーん」

      「はーい、あっ、いらっしゃいませ」

      「あのー、予約してないんですが、今晩泊れるでしょうか?」

      「お一人様ですか?」

      「えっ、ええ」

      「ミャアアウ」

      「げっ!」

      一瞬ドキッとしたジローだったが、どうも鳴き声が違う。横を見ると大きな三毛猫が受け付けのドアの前でこちらを見ている。

      「ああ、猫がいるんですか」

      「ええ、うちの看板猫なんですよ。お客さま猫はお嫌いですか?客室には絶対行かないように躾けてますが」

      「いっ、いえ。大好きです。あのー実は」

      ジローが打ち明けていきさつやトイレの躾も大丈夫ということを話すと、女将さんは

      「承知しました。今日は他にどなたもお泊まりになりません。安心しておくつろぎ下さい」

      「ありがとうございます。フォルテ、もう顔だしていいぞ」

      「ミュウ」

      と鳴きながらデイパックから頭を覗かせると、看板猫がびっくりして

      「ミャアアウ」

       

      風呂と食事を済ませ、ごろんと布団に寝っころがると、さすがに疲れたのであろう、どっと睡魔が押し寄せてきた。

      「あっ、もうだめ。寝よう寝ようフォルテ」

      電気を消すと数秒で寝息をたて始めるジローであった。その枕元で横になっていたフォルテがびくっとして窓の方へ行き、障子越しに外を睨みだした。

      「アッアーー、アッアーー」

      神社にいたカラスだ。ジローは寝息をたてている。暗闇の向こうでこちらを見ている二つの赤い光をフォルテは感じていた。

       

      3曲目=第三章 Strange Village に続く


      | 小説「ストレンジ・ヴィレッジ」 | 15:32 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      3曲目=第三章 Strange Village (前編)
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         by 田村夏樹

        3曲目=第三章 Strange Village  (前編)


         

        「ミュウ、ミュウ」

        フォルテの声でジローが眼を覚ましたのは8時に近かった。

        「オオッ、疲れてたんだア。もうこんな時間かあ。あれだけ長い時間歩いたのは久し振りだもんな」

        「ミュウ、ミュウ」

        「そうかフォルテ、お腹空いたか?そういえば朝食は9時までって言ってたな」

        と言って起き上がると洗面所に向った。

         

        おかみさんがジローのお膳をかたずけながら

        「猫と一緒に徒歩の旅なんて珍しいですねえ。ちょうどいい場所に泊まる所があるといいですけどねえ」

        「そうですね。でもこの道以前に車では来たことがあって、結構宿はあったと思うんですけど」

        「西へ向うっておしゃってましたねえ」

        「はい」

        「奥多摩、丹波山、塩山か、そうですねえ宿ありますねえ」

        「昨日は町中を早く抜けたくて、ちょっと頑張りましたけど、今日からゆっくり余裕もって歩きます」

        「山は早めに宿に入られたほうがいいですよ」

        「ええ、そうします」

        「途中何処か寄られるんですか?」

        「一度行った事がある日原鍾乳洞をフォルテに見せてやろうと思ってます」

        「あらそうですか、フォルテ君いいねえ」

        「ミュウ」

         

        再び国道を『西』へ向うジロー達は奥多摩町で早めの昼食を済まし、道を右に折れ鍾乳洞へと向った。

        正午を過ぎた頃から霧が出始め、時間が経つに連れますます濃くなってきた。

        「まいったなあフォルテ、道を間違えないようにしないとな」

        標識を見落とさない様、慎重に歩くジローだが霧はますます濃くなってきて5メートル先も見えない程になってきた。

        「多分あと20分ぐらいの距離だと思うんだけどなあ」

        すごい霧のせいだろうか少し前から車もまったく通らない。

        「よし、霧が薄れるまで休憩しよう。お前もぼちぼちオシッコだろう」

        道路脇の草むらに腰掛けるとデイパックに入っていたフォルテが用足しに出てきた。

        「見えにくいから直ぐ近くで済ますんだぞ」

        フォルテも霧に驚いているのか用を足し終えるとすぐにジローのひざに戻ってきた。

        とその時

        「アッアーー、アッアーー」

        「えっ、昨日神社で聞いた物まね鴉じゃないか」

        「ミュウウウウウ」

        フォルテは身体を低くしてうなっている。

        「同じやつがこんな遠くまで来てるのか?」

        ジローが鳴き声のする方をじっと見つめたその時、濃い霧の向こうから二つの赤い光がジローとフォルテを捕らえた。

        「なっ、なんだこのカラスは」

        突然フォルテが光に向って駆け出した。

        「あっ、まっ待てフォルテ」

        慌てて呼び戻そうとするジローだったが、フォルテは「ミュウ」と鳴きながら赤眼鴉に突進していく。

        バサバサバサと羽ばたく音、

        「アッアーー、アッアーー」

        「ミュウウウウウ」

        声を頼りにジローも必死に追いかける。

        ジローがハッとした。次に着地するはずの左足が宙に浮いている。

        「ヤバイ!崖があったか」

        それは一瞬だったがジローの身体は完全に宙に浮いていた。

        しかしまるで少しの段差だったかのようにまたフォルテを追って走っていた。

        「おおっ、崖じゃなくてよかった」

        そうつぶやいたジローが「えっ?」と言って立ち止まった。

        あんなに濃かった霧がうそのように無くなっていて、太陽が燦々と照りつけている。

        「うそだろう?」

        後ろを振り返ってみたが、遠くの山々までくっきりと見渡すことができる。

        「こんなバカな」

        呆然として立ち尽くすジローの耳に

        「ミュウ、ミュウ」

        ハッと我に帰ったジローがフォルテを呼ぶとカーブした小道のむこうからフォルテが駈けて来る。

        「アッハアー、無事だったかフォルテ!」

         

        元の場所は多分こっちだろうと歩き始めたジローは肩に掴まっているフォルテに

        「お前があの赤眼鴉を追っかけちゃったからだぞ」

        「あの霧が一瞬に消えるなんて変だぞ」

        「一瞬宙に浮いたのがほんとに崖だったらエライことになってたぞ」

        と文句を言い始めた。

        フォルテはちょっときまり悪そうに「ミュ」と言って背中のデイパックにもぐり込んでしまった。

        「うーーん、これは迷っちゃったな」

        「まあ低い方低い方へ行けば里にでるだろう」

        少し不安げな表情で歩いていたジローが足を止めた。

        「何か聞こえるぞフォルテ」

        フォルテもデイパックから顔を出し聞き耳をたてる。

        「ミュウ?」

         

        後編に続く


        | 小説「ストレンジ・ヴィレッジ」 | 15:44 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        3曲目=第三章 Strange Village (後編)
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           by 田村夏樹

          3曲目=第三章 Strange Village  (後編)


           「あれは楽器の音だぞ。なんの楽器かなあ」

          道に迷っていたジローは元気を取り戻し、音のする方向へ早足で歩き出した。音の感じから次のカーブを曲がれば見えるはずだ。ピタッと楽器の音が止んだ。

          「頼むよっ、帰っちゃわないでよっ」

          ジローは焦って小走りにカーブを曲がった。

          「やったあ、人がいたぞフォルテ」

          横笛のようなものを口元に当てたままの格好でこちらを向いて少女が立っていた。

          「やあ!」

          と言って駆け寄ろうとしたジローだが、なんだか様子が変だ。少女の顔は青ざめているし、身体は硬直している。

          少女の視線をたどってみてジローはハッとして立ち止まった。少女とジローの中間にモグラをひと回り大きくしたような動物がいる。少女に向って進んでいたその動物がジローの方へ向き直った。口が長細く伸びていて先端に吸盤のようなものが付いている。

          「ベシベシ、ベシベシ」

          と鳴きながらジローに近付いてくる。その声は凄く小さいのだが不思議なことに耳のすぐそばで鳴いているように聞こえるのだ。

          「ベシベシ、ベシベシ」

          その向こうで少女が硬直した口を必死に動かし何か言おうとしている。

          「ウウ、ウウウ」

          ジローは「気味悪いやつだな」と思いながら傍に落ちていた木の枝を拾って身構えた。

          「ベシベシ、ベシベシ」

          3メートル程の距離に近付いた時、そいつは突然

          「ペーン」

          と強烈な声を発した。ジローは一瞬全身の筋肉がギュッと収縮するのを感じた、しかし大した事は無く、木の枝を振ってそいつに向って行った。肩から飛び下りたフォルテも横から飛びかかる隙を狙って這うように身構えている。

          「ミュウウウウウ」

          その動物は明らかに動揺している感じだ。またもや

          「ペーン」「ペーン」

          と立て続けに強烈な鳴き声を発したが、もう慣れてしまったジローは

          「なーにがペーンだ。あっち行け!シッ、シッ」

          と言いながら木の枝で追い立てて行く。たまらずその動物は薮の奥に逃げ込んでしまった。

           

          「大丈夫?」

          と言いながらジローは少女に近付いて行った。少女はまだ硬直したままだ。

          「もうあいつは居ないよ。リラックス、リラーックス」

          しかし少女の硬直は溶けない。何かを言おうとしているが口を動かすのが大変なようで

          「ウウウ、ウウウウ」

          言葉にならない。

          「困ったなフォルテ、どうしたもんかなあ」

          「ミュウ」

          その時、

          「ワアアアッ」

          硬直の取れた少女がその場に泣き崩れた。

          「大丈夫、大丈夫。もうあいつは逃げてったから、大丈夫だよ」

           

          少女が少し落ち着くのを待ってジローは話し始めた。

          「なんだったの?あの動物」

          「ええっ?ベシじゃない。お兄ちゃん知らないの?」

          「ベシ?そういえばベシベシって鳴いてたな」

          「恐いんだよあいつ。あのペーンって声聞くと2分ぐらい身体が動かなくなるんだよお」

          「ええ?全然動かないの?」

          「うん、口もきけないの。そうしておいて足から血を吸うんだよ」

          「ははーん。口先に吸盤みたいのがあったね」

          「大人はね、貧血起こして2〜3日寝込むぐらいだけど、ユキナはまだ小さいから死んじゃう事もあるってお父さんが言ってたよ」

          「ユキナちゃんって言うの?」

          「うん。お兄ちゃんは?」

          「ジロー。こいつはフォルテ」

          「ミュウ」

          「でもお兄ちゃん達はベシ用のイヤープラグ付けて無いみたいだけど、どうしてベシの声聞いても動けたの?」

          「ベシ用イヤープラグ?」

          「あっ、そうだ。お父さんにベシが出たって、すぐ報告しなくちゃ」

          そう言うとユキナは左手に付けている腕時計のような物に向って話し始めた。

          「お父さん、お父さん」

          2、3秒で返事が返ってきた。

          「ユキナか、どうした?」

          「大変だよお父さん、ベシが出たよ」

          「ナニッ、そんな馬鹿な。やつらが出て来るのは3ヶ月も先の筈だぞ」

          「うん。でも居たんだよお。恐かったよお」

          「よし解った。すぐ村の皆に知らせよう。しかしユキナはもうイヤープラグしてたんだな。よかった、よかった」

          「ううん、イヤープラグしてなかったの。危なかったんだよお」

          「エエッ?じゃあどうして助かったんだ?」

          「うん、ジロー兄ちゃんとフォルテが助けてくれたの」

          「ジロー?フォルテ?」

           

          近くの岩に腰掛けていたジローのところにユキナが来て左手を差し出した。

          「お父さんがジロー兄ちゃんと話したいって」

          「えっ、あっそう」

          と言って、

          「番号を押すところが無いなあ、お父さんとの専用なのかなあ?へえ画像も出るんだ」

          などと思いながらその腕時計携帯電話に向き直った。

          「ジローさんですか?」

          「あっ、はい」

          「娘を助けて頂いて、ほんとにありがとう」

          「いっ、いえ、そんな、別に大した事してないですよ」

          「いやいや、あなたがベシを追い払ってくれなかったら娘は死んでいたかもしれません。命の恩人です」

          「いやあ、助かったのは僕の方です。道に迷ってたんです」

          「そういう事でしたら是非、家に寄って頂けませんか」

          「あっ、いいんですか、助かります」

          「是非是非。じゃあのちほどお会いしましょう。本当にありがとうございました」

          「ミュウ」

          「あっ、フォルテ君もありがとう」

          「ミュ?」

           

          2、3分歩くと少し広い舗装道路に出た。そこにスクーターのような乗り物があったが、タイヤが付いて無いのでジローはスクラップだと思った。

          「ジロー兄ちゃん、フォルテ、後ろに乗って」

          横笛を肩から下げたバッグにしまい、そのスクーターにまたがったユキナが呼んでいる。

          「でも、それタイヤが」と言いかけたが

          「はいはい」と言って後ろにまたがった。

          「でもユキナちゃんいくつ?運転しちゃまずいんじゃないの?」

          「ユキナ先月12になったから、もう乗っていいんだよお」

          「ええっ?12才で?」

          「行きますよ」

          そう言ってユキナがスイッチを入れると、そのスクーターが音も無くスウーと浮き上がった。

          「おおっ」

          そしてアクセルを回すとまたもや音も無くスウーと動き出したのであった。

          「わおおっ」

           

          突然消滅した濃霧、見た事も無い奇妙な動物、そしてこの乗り物。ポツポツと見え始めたログハウスばかりの家々を眺めながら、ジローはなにかモヤモヤしていた事が少しずつクリアーになっていくのを感じていた。

          「フォルテ、俺達なんだか凄いことになってるぞ」

          「ミュウ」

           

          4曲目=第四章 Welcome Party に続く


          | 小説「ストレンジ・ヴィレッジ」 | 15:46 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          4曲目=第四章 Welcome Party (前編)
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             by 田村夏樹

            4曲目=第四章 Welcome Party (前編)


            「ジロー兄ちゃん、ちょうどいい時に来たね」

            交差点を左折しながらユキナが言った。

            どの交差点 にも信号機らしきものはひとつも見当たらなかったが『かなり田舎だからなあ』とはもう考えなくなっているジローであった。実際さっきの交差点でも、右から 来た車とすれ違った時、ユキナがブレーキをかけたりした様子は全く無かったが何故かこちらのスピードが落ち、絶妙なタイミングでお互い通り過ぎたのだっ た。

            「今日はお爺ちゃんの80の誕生日で御馳走がたくさんだよお」

            村に入ったのだろう、家が増えてきた。音も無く移動するスクーターのリヤシートから周りの景色を眺めながら『もしかして?』と足をつねってみては顔をしかめるジローであった。現状が頭の中で整理されていく度に、ジローの不安は高まって来るのだった。

            「ユキナね、そのパーティーで吹く曲を山で秘密練習してたの」

            「えっ、ああ、ははあ、お爺ちゃんを驚かそうとしたんだ」

            「うん。キャア、フォルテ。びっくりしたよう」

            ジローの肩に乗っていたフォルテがユキナの肩に跳び移った。

            「へえ、驚いたなあ。こんなに早く慣れたのはユキナちゃんが初めてだよ」

            「ええっ、嬉しいなあ。フォルテ落ちないようにね」

            「ミュウ」

             

            右折すると道が狭くなり、突き当たりに一軒の、やはりログハウスが見えてきた。父親が連絡したのであろう、家の前に誰かが迎えに出ているようだ。

            「お母さんだよ」

            と言ってユキナが手を振ると、母のマルカがこちらに向って深々と頭を下げた。スクーターが止まり、地面に降りるより早くマルカが駆けつけて来て

            「ジローさんですね、ありがとうございました。ユキナを助けて頂いてほんとにありがとうございました」

            と言ってまた深々と頭を下げるのだった。慌ててスクーターから飛び降りたジローもペコリと頭を下げ

            「あは、いえあのそんな、僕の方こそ助かったんですよ」

            ジローの肩に戻り不思議そうな顔で見つめているフォルテにも

            「あなたがフォルテ君ね。あなたもベシを追い払ってくれたんだってね、ありがとう」

            「ミュウ?」

            「ジロー兄ちゃん、フォルテ、こっちこっち」

            ユキナが玄関の戸を開けて呼んでいる。

             

            早めに仕事を切り上げて帰宅したユキナの父親オブリとソファーでお茶を飲みながらジローは、自分自身の気持ちを整理するように、経緯を詳しく話し始めた。

            聞き終えたオブリは

            「あなたがあのベシの声を聞いても平気だったとユキナから聞いた時、何かイヤープラグに変わる物が開発されたのかと思いましたが、子供達の命に関わるような事がすぐに連絡されない訳が無い。どういう事だろうと考えていたのですが、、、、」

            「ええ、なんだかSF映画のような話ですが、やはりあの濃霧の中で一瞬身体が宙に浮いた時、、、こちらの世界に、、」

            「そうでしょうね、信じられない出来事ですが、そうとしか考えられないですね」

            ジローは不安を振払うように思いきって言ってみた。

            「僕は、もとの世界に戻れるんでしょうか?」

            「ううーーん。それはー、、、」

            窓の近くでユキナと遊んでいたフォルテがジローの不安を感じ取ったのだろうか、膝に乗って来てジッと顔を見つめている。ジローはフォルテの頭を撫でながら

            「ごめんごめんフォルテ、お前まで不安になっちゃうよな。大丈夫だよ、俺達とりあえず元気だもんな」

            「ミュウ」

             

            その時、通りからオルゴールのような音が聞こえてきた。

            「お爺ちゃん達だ」

            と言ってユキナが出迎えに行った。

            ジローの『えっ、何の音?』という表情に答えるようにオブリが説明した。

            「あれは車のクラクションの音ですよ。まあ普通滅多に使わないですが、親父はよく鳴らすんですよ、自分で入れたあの曲が好きでね」

            と言ってオブリも立ち上がり玄関へ迎えに行った。その後ろ姿をなんとなく目で追っていたジローの顔が『えっ?』という驚きの表情に変わった。

            『今の曲、、、知ってる』

             

            4曲目=第四章 Welcome Party 後編へ続く


            | 小説「ストレンジ・ヴィレッジ」 | 15:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            4曲目=第四章 Welcome Party (後編)
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               by 田村夏樹

              4曲目=第四章 Welcome Party (後編)


              「やあやあ、やあ」

              と言いながらユキナのお爺ちゃんのコーダとお婆ちゃんのセーニョが入って来た。二人は車で20分程の所に住んでいる。オブリはいつでも同居を、と言ってるのだが、コーダの返事はいつも

              「まだまだ。わしもセーニョも元気だから二人だけの方が気楽でいいわい」

              であった。

              「おお、あなたがジローさん。で、こちらがフォルテ君ですな」

              と言いながらソファーから立ち上がったジローとその肩に乗かっているフォルテの近くにやって来た。

              「いやいや、孫を助けてくれたそうで、ありがとう。ありがとう」

              隣でセーニョが何度も頭を下げている。

              「フォルテ君もありがとうな」

              「ミュ?」

              「いえ、助かったのは僕の方なんです。山で迷ってしまって、、」

              「でもジローさん達はベシ用のイヤープラグも付けないで、よくまあ平気でしたねえ。

              何か新しい防御装置でも持ってらっしゃったの?」

              とセーニョが言ったのでジローが

              「いっ、いえ、どうやら僕はこちらの世界」

              と言いかけた時、また表でクラクションが聞こえた。

              「フェルマおばさん達だ!!」

              と言って又ユキナが表に迎えに駆け出した。オブリの妹夫婦が到着したようだ。キッチンから出て来たマルカが

              「まあまあ、みなさん立ち話はそのへんにして、ダイニングへどうぞ、さあさあ」

              と促したので、みんなが

              「そうそう、先ずは腹ごしらえ。マルカさんの料理は絶品じゃからな」

              「じゃジローさん続きは食事の後で伺いますね」

              等と言いな がらダイニングに向ったので、ジローもオブリに促されて歩きながら『うん、お腹空いたな。そういえば今日は昼食が早めだったんだ。しかし奥多摩の食堂で食 べたのが今日の昼だなんて、、、、』赤眼鴉、一瞬に消えた濃霧、ベシという変な動物、浮き上がり音も無く移動する乗り物、少女の運転、クラクションのメロ ディー。あまりにも思い掛けない出来事や不思議な体験をしたせいか、わずか6時間ほど前の昼食が遥か昔の事のように感じられるのだった。

               

              フォルテ用の缶詰めを取りに行ったジローがダイニングの大きなテーブルに戻ると、オブリが立ち上がり

              「ではみなさん、えー」

              と話し始めた途端

              「手短になオブリや。わしゃもう腹が減った」

              と言ってコーダは隣のジローにウインクしてみせた。どうやらジローの腹が鳴ったのを聴いたようだ。

              「えー、今日はお爺ちゃんの80の誕生日パーティーですが、もう一つ、えーユキナの命の恩人であるジローさんとフォルテ君の歓迎パーティーでもあります」

              ジローの隣にちゃんと席を設けてもらったフォルテは『まだお預けかなあ?』という感じで目の前の缶詰めとジローの顔を交互に見つめている。

              「ではカンパーイ」

              「カンパーイ」

              「カンパーイ」

              「ミュウーウ」

              フルーティーなビールのような飲み物だが、すごく美味しい。ひとくち飲んで

              「さあフォルテおなか空いただろう」

              缶詰めの蓋を開けてやると、赤眼鴉を追い掛けたり、ベシと闘ったりでエネルギーを使ったのだろう。夢中で食べ始めるフォルテであった。フォルテの隣でその食べっぷりに眼を見張りながらユキナが

              「ジロー兄ちゃんもフォルテに負けないで食べて食べて」

              「う、うん。いただきます」

              どれもがジローも知っている料理に似てはいるが、よく見ると全く知らない素材のものばかりであった。とりあえず一番近くの物から食べてみた。

              「わおお、何だかわかんないけど滅茶ウマッ」

              空腹のせいばかりではない。コーダが言った通りマルカの味付けは絶品であった。ジローもフォルテに勝る勢いで夢中で食べ始めた。その様子をみんなは驚きながらも笑顔で眺めている。

              「あっはっはあー、いいもんじゃ、若いもんの食べっぷりは」

              「むこうにまだまだありますから、たくさん食べてくださいね」

              マルカも嬉しそうに言った。

               

              アルコールも入り、お腹も少し落ち着いてきた頃、話題はやはりジロー達の事に移っていく。オブリが気遣って、さきほどジローから聞いた話しをざっと説明した。

              「ジロー兄ちゃんとフォルテはねえ、ベシのあの声を聞いても全然平気なんだから」

              ユキナが自分の事のように自慢げに言う。

              「いえ、まあ一瞬筋肉がギュッとなりましたが、大丈夫でしたね」

              ユキナの叔母フェルマが信じられないという顔で

              「すごいわね。なんだかSFのような話しね」

              ジローはずっと気になっていた事をコーダに質問した。

              「あのう、さっきのクラクションなんですが、あのメロディーは?」

              「ふむ。あの曲を知っておられるか」

              「はっ、はい」

              「うーん。やはりジローさんはあちらの世界から来られたようじゃな」

              「あの曲は『Gato Libre/ガト・リブレ』というバンドのモーニング・ミストっていう曲なんですけど、大好きでよく聴いてました。でもどうしてコーダさんが?」

              「あー、うん。少し長い話になるでな、食べ終わってからソファーで話そう」

              「お母さん、ユキナもう終わったからむこうでフォルテと遊んでいい?」

              フォルテはもうソファーの横で手を舐めては顔を拭っている。

              「あら、山であんなに恐い目に会ったのはどうしてかな?」

              マルカだけは秘密練習を知っていたようだ。

              「あっ、そうだ」

              と言って自分の部屋に走り、横笛を手にして戻って来たユキナが

              「じゃあ、ユキナが創ったお爺ちゃんの曲をやりまーす」

              と言って吹 き始めた。ゆったりとしたメロディーがダイニングから家中に広がって行った。それはジローにとって耳慣れない音階だったが、実に心地よかった。その音色も ざっくりとして、柔らかい。ジローは食べるのも忘れて聴き惚れてしまった。リビングのフォルテも目を細め、うっとりして聴いているようだ。コーダなどは目 が潤んでしまっている。

               

              このあとリビングに移動しての語らいでコーダの話によって新たな不安に落とし入れられるとは、知る由もないジローであった。

               

              5曲目=第五章 Dialogue に続く


              | 小説「ストレンジ・ヴィレッジ」 | 15:49 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              5曲目=第五章 Dialogue (前編)
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                 by 田村夏樹

                5曲目=第五章 Dialogue (前編)


                「そう、あれはわしが10歳の時じゃった」

                リビングのソファーに移動し、ハーブティーのような物を飲みながらコーダが話し始めた。

                「親父の山菜採りに初めて付いて行った時の事じゃ」

                「曾お爺ちゃんはねえ、レストランやってたんだよお」

                とユキナが説明してくれる。

                「ああ、その日に採ったキノコや山菜を使ったレストランじゃ。よう流行っておった。その日も山菜を採り終えて戻ろうとした時じゃ。わしらの話声が聞こえたんじゃろう。向こうの方から声が聞こえてきた。おおい、誰か居るんですかあ?ってな」

                ジローはたまらず

                「もっ、もしかしてその人も」

                「ああ。やはり霧の中で赤い眼をした鴉を追いかけたら道に迷ってしまったという事じゃった」

                「やっぱり赤眼鴉!」

                「ミュウウウウ」

                「それで家へ来て何日か泊まっておられたよ」

                「その人があのメロディーを?」

                「ああ、そ の音楽家だと言う人はレストランに置いてあるトラペという楽器を吹いて聴かせてくれたんじゃ。そっくりな楽器で仕事していたそうじゃ。で、これは自分が 創った曲だと言ってあの曲をやってくれたんじゃが、まあ美しい曲でなあ、何度も吹いてもらって憶えてしまったよ。そうそう、確か3ヶ月前にCDリリースさ れたって言ってたのお」

                「ええ、あのCDが発売されたのは3ヶ月ほど前でした」

                と言った途端ジローは自分の脳みそがパニックになるのを必死でこらえた。

                「ちょっ、ちょっと待って下さい。今の話はコーダさんが10歳の時の事でしたよね」

                「ああ、もう70年も前の話になるのう。ということは、、、ふむ?」

                「ジローさんが一瞬宙に浮いた時、時間もずれた可能性がありますね。もしかしたらその人の方がずれたのかもしれませんが」

                とオブリが慎重な口ぶりで言った。

                『元の世界に帰れるのだろうか?』

                ジローに不安が襲い掛かった。おそらく全員が同じ思いでいたのだろう。しばらくリビングを沈黙が支配した。

                 

                「ピーピーピーピー」

                突然警報のような音によって沈黙が破られた。ジローとフォルテを除いた全員に緊張が走る。

                「ベシが群れをなしてそちらの村に近付いているもよう。各自厳重に戸締まりをし、外出しないように。イヤープラグが効かない種類がいるもようです。救急隊が向っています」

                スピーカーからの音声は何度も繰り返している。

                「マルカ、裏をチェックしてくれ。2階を見て来る」

                と言ってオブリが階段を駆け上がって行った。

                「なんて事じゃ、ベシが村まで出て来るなんて。この歳になるまで聞いた事がない」

                ジローが驚いてフェルマに訊ねた。

                「2階も閉めなくちゃいけないんですか?」

                「ええ、壁に張り付いてよじ登ってくるんですよ」

                全員がまたリビングに集まり

                「どうした事だろう。こんな時期に、しかも人里にまで」

                「山の生態系がおかしくなったんだろうか」

                「今年の冬が異常に厳しかったからでは」

                「一応イヤープラグを着けましょう。効かない種類がいるって言ってましたけどねえ」

                「まあ救急隊が捕獲するまで外に出なきゃいいんじゃ」

                などと話している時

                「ミュウウウウウ」

                突然フォルテがうなり声をあげ、外を睨みだした。

                 

                「どうしたのフォルテ、何か居るの?」

                「ミュウウウウウ」

                ユキナが窓越しに表を覗き込んだ

                「大変!向いのリピトおばさんちの窓が開いてる!」

                「何だって!!」

                皆が窓から向いを見る。

                マルカがハッとして

                「そういえば昼過ぎに会った時、警報装置の調子が悪いって。明日修理してもらうって言ってたわ」

                「ミュウウウウウ」

                「やばい!!ベシが何匹も中に入って行く」

                「リピトさん!リピトさん!」

                フェルマの夫のポズが左手首の携帯電話で呼び掛けているが応答が無い。

                「あんなに何匹もに血を吸われたら、、、」

                「僕が行きます」

                ジローはそう言って玄関へ急ぎながらマルカに

                「何か長い棒ありますか?」

                マルカはダイニングに走り、先端にフックの付いた2メートル程の棒を持って来てジローに手渡した。オブリ達も傍に来て

                「僕達が一緒に行ってもジローさんの足手纏いになるだけでしょう。申し訳ないがお願いします」

                「大丈夫です。リピトさんだけですね。よし、フォルテ行くぞ」

                と言ってジローが肩をポンポンと叩くと

                「ミュ」

                待ってましたとばかりフォルテが飛び乗った。

                 

                5曲目=第五章 Dialogue 後編に続く


                | 小説「ストレンジ・ヴィレッジ」 | 15:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                5曲目=第五章 Dialogue (後編)
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                   by 田村夏樹

                  5曲目=第五章 Dialogue (後編)


                  道路に居た何匹かのベシには目も呉れず向かいの家に駆けつけたジローとフォルテは一応玄関を開けようとしたが鍵が掛かっている。

                  「よし窓からだ」

                  ジローが窓に手を懸けると先にフォルテが中に飛び込んだ。

                  「気をつけろフォルテ」

                  と叫びながらジローも窓から転がり込んだ。奥の部屋から

                  「シャアアアア」

                  というフォルテの威嚇する声と

                  「ペーン」「ペーン」

                  というベシのあの声が聞こえた。ジローがその部屋に駆け込むと椅子に座ったまま硬直しているリピトさんの左足に既に一匹が吸い付いている。そしてもう一匹も右足にまさに吸い付こうとしているところであった。ジローに気付いた7匹ほどのベシが一斉に

                  「ペーン、ペーン、ぺーン」

                  と叫んだ。一瞬筋肉がギュッと収縮したジローだが、構わず

                  「ウッ、ウオオオ」

                  と声をあげリピトさんに吸い付いているベシに向って突進して行った。その横では動きの格段に早いフォルテがベシの目を引っ掻いている。

                  「クソッ、こいつ。離れろ」

                  棒を使ってベシを引き剥がそうとするがしつこく吸い付いていて離れない。

                  「ええい、気持ち悪いが仕方ない」

                  と言って手で引き剥がしに懸かった。かなりの吸引力だったが必死で引き剥がし、スポッと離れた時、勢い余ってジローも後ろにひっくり返った。壁に頭をぶつけ、一瞬ジローの動きが止まった。

                  「グワッ」

                  ジローは足に強烈な痛みを感じた。見ると一匹のベシが吸い付いている。

                  「クッ、しまった」

                  痛みに耐えながら殴りつけてなんとか剥がそうとするがこいつもなかなか離れない。

                  「ミュウウウ」

                  フォルテが飛んで来た。そいつの下にもぐり込むと4本の足を使って滅多やたらに引っ掻く。吸い付くとしつこいベシもたまらずスポッと離れた。

                  「サンキュー、フォルテ」

                  「ミュウ」

                  急いで立ち上がり、棒を手にしたジローはベシ達を突つきながら部屋から追い出そうとする。しかし群れになるとベシも強気になるのだろうか、山の時と違ってなかなか逃げ出そうとはしない。隙をみてはリピトさんに吸い付こうとするのだった。気が付くとベシの数が増えている。

                  「しまった。窓から飛び込んだ時、閉めて来るのを忘れた」

                  ジローとフォルテが十数匹に増えた相手を必死で追い払っている時

                  「ペーーーーーン」

                  ひときわ強烈な叫びが襲った。

                  「ウガッ!」

                  一瞬気が遠くなりかけたジローだったがブルブルっと頭を振り、かろうじて失神を免れた。見るとあとから入ってきたのだろう、ひと回り大きなベシが居た。

                  「こいつか。イヤープラグが効かないってのは」

                  ハッとしてフォルテを探すと少し離れた所でうずくまっている。硬直はしていないようだが身体の小さなフォルテには相当な衝撃だったのであろう。近くにいたベシがフォルテに吸い付こうとしている。

                  「ウオオオ」

                  と叫びながら必死に駆け寄りそのベシを蹴飛ばしてフォルテを抱き上げた。

                  「フォルテ!大丈夫か!フォルテ!」

                  軽い失神だったのだろう

                  「ミュ?」

                  と目を覚ますと『何クソッ』っという感じでジローの腕から飛び降り、前にも増して激しくベシに立ち向かうフォルテであった。ジローも急いでリピトさんの前に行き、棒を振り回し追い払い始めた。動きの止まらない相手に焦ったか

                  「ぺーーーーーン」「ペーーーーーン」

                  立て続けに 強烈な叫びを放つ大柄ベシだったが、一度その衝撃を体験したジローとフォルテは、グッという感じで一瞬動きが止まるものの失神する事はもうなかった。ジ ローの突きが見事に決まり大柄ベシが窓の近くまで吹っ飛んだ。そいつは『こりゃかなわん』とばかり窓から逃げて行った。

                  「よし!今の感じだな!」

                  突きを決められたベシが次々に吹っ飛んでいく。フォルテに散々に引っ掻かれ、ボロボロになったベシも逃げ出し始めた。

                  「フウウ、、」

                  一息ついたジローはリピトさんの所へ行き、揺り起こそうとしたが、大柄ベシの強烈な声を浴びたせいか、全く反応が無い。

                  「ぐずぐずしてると又別のベシ達が入って来るし」

                  手にしていた棒を捨てようとしたジローは顔をしかめた。手の皮が剥け血だらけになっている。

                  「アハッ、夢中だったからな。おっと急がなきゃ」

                  硬直してい るので少し手間取ったが、座った状態だったのでなんとかリピトさんを背負うとユキナの家に向って歩き出した。道路に居るベシ達をフォルテが威嚇して、ジ ローとリピトさんに近付けないようにしている。ユキナの家の玄関がタイミングよく開き、ジローに続いてフォルテが走り込む。

                  「ワッ!!」

                  と歓声があがった。

                   

                  背中のリピトさんを、オブリとポズに預けたジローは床にへたりこんでしまった。

                  「ジロー兄ちゃん!」

                  ユキナが駆け寄って来る。

                  「ジロー兄ちゃん、大丈夫?」

                  「ああ、大丈夫だよ。ちょっと緊張の糸が切れただけ」

                  「きゃあ、ジロー兄ちゃん手が血だらけ!あっ、足も!お母さーん!」

                  リピトをソファーに寝かせ、介抱していたマルカが急いで来た。

                  「まあ大変。早く傷口を洗って消毒しなくちゃ」

                  「あっ、これ別にちょっと皮が剥けただけですから。ユキナちゃんフォルテを見てやってくれる?」

                  ジローの傍で身体のあちこちを舐めているフォルテをユキナは床に腹這いになって

                  「大丈夫?フォルテ。怪我しなかった?」

                  と言いながらチェックしている。

                  「ジロー兄ちゃん、フォルテは大丈夫。何処も怪我してない」

                  「ミュウ」

                  手の血を洗い落としながら、ホッとするジローであった。

                   

                  「おおっ、救急隊が来たぞ」

                  消毒液を手に塗ってもらいながらジローも窓の外を覗いた。バスぐらいの大きさの銀色の乗り物が空中から大きなバキュームでベシを次々と吸い込んでいる。

                  「捕獲したベシはどうするんですか?」

                  とオブリに訊ねた。

                  「何故山から降りて来たのか原因を調べて、解決したらまた山に戻すでしょう」

                  「ああ、やつらだって生きる為に血を吸ってるわけじゃからな」

                  「そうねえ、そもそも彼らのテリトリーに私達が入り込んでるんだから」

                  「ジローさん、足にも塗りますからそこに腰掛けてください」

                  「あっ、はい。」

                  マルカがジローのズボンの裾を膝まで上げると、ふくらはぎに小さな二つの穴があり、まだ血が出ていた。しかしマルカが消毒液を塗るとピタッと止まった。

                  「ありがとうございます」

                  「何をおっしゃるんですか、お礼を言うのはこちらの方ですよ。友達を助けていただいて」

                  「ああ、ユキナといい、リピトさんといい、ジローさんがいなかったら大変な事になっておったよ」

                  「いえ、僕も吸い付かれて危なかったんです。フォルテに助けられました」

                  みんなの視線がフォルテに集まった途端ハッとした表情に変わった。

                  「キャッ、フォルテが」

                  小さな悲鳴をあげ、ユキナがソファーの上で仰向けに大の字になっているフォルテに恐る恐る近付く。

                  「えっ?いびきかいてる」

                  「やっぱり、相当疲れたんでしょう、そういう時はこうやって寝るんですよ」

                  夢の中でまだベシと闘っているのだろうか、時々手をピクッピクッとさせているフォルテであった。

                   

                  6曲目=第六章 Dance に続く


                  | 小説「ストレンジ・ヴィレッジ」 | 15:53 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  6曲目=第六章 Dance
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                     by 田村夏樹

                    6曲目=第六章 Dance


                    「リピトさんの意識が戻りましたよ」

                    傍に付いていたセーニョが皆に呼び掛けた。

                    「おお、気が付いたか。しかしえらく時間がかかったもんじゃ」

                    「大柄なベシの声を浴びちゃったからだと思います」

                    「ははあ、さてはイヤープラグの効かないやつというのは、、」

                    「ええ、僕達にも強烈でした。一度はそれでフォルテが失神してしまって、危なかったんです」

                    「ジローさんも吸い付かれたのによく引き剥がせましたねえ」

                    「その時はフォルテに助けられました」

                    「ジローさん、リピトさんが何かおっしゃりたい様よ」

                    ジローがソファーで横になっているリピトさんの傍に行くと

                    「ジローさんとおっしゃるんですね、ありがとうございました」

                    「あっ、いえ、間に合ってよかったです」

                    「身体が硬直して、たくさんのベシが近付いて来た時はもうダメだと思ったんですよ」

                    「引き剥がすのに手間取っちゃってすいませんでした」

                    「何をおっしゃるんですか、見ず知らずの私の為に危険を犯してまで必死で追い払ってくださって。何とお礼を言っていいか」

                    目を覚ましジローの傍に来て、また身体のあちこちを舐めていたフォルテがソファーに手を懸け伸び上がってリピトさんの顔を覗きこんだ。

                    「あら、フォルテ君ね。あなたのお陰で助かったわ。ありがとうフォルテ君」

                    「ミュウ?」

                     

                    「ピー、ピー、ピー」

                    再び警報装置が鳴った。

                    「村に入ったベシはすべて捕獲しました。外に出ても大丈夫です。当分の間救急隊がパトロールします」

                    「やれやれこれで安心じゃ」

                    「家に戻らなくては」

                    「ええ?リピトさん、もう少し安静にしていた方がいいんじゃないですか?」

                    「妹が帰って来るんです。そろそろ着く頃だと思うんです」

                    「ほう、ダルセさんが帰ってこられるか。何ヶ月ぶりかのう」

                    「3ヶ月ぶりになります」

                    ユキナがジローに小声で説明してくれている。

                    「ダルセさんってすごーく有名なダンサーだよ。世界中公演して回ってるからほとんど家にいないけど」

                    「あら、戻られたようですよ」

                    車に気付いたフェルマが言った。

                    玄関のドアが開けっ放しになっているので驚いている様子だ。

                    「私が行ってくるわ」

                    マルカが向かいの家に向った。

                    「じゃあ少しホッとしましょう。飲み物もって来ます」

                    と言ってオブリがキッチンに行ったのでみんなはソファーに戻った。

                    「いやあ、大変な誕生日になったもんじゃ、ハッハアー」

                    「一番大変だったのはジローさん達でしょ」

                    「ほんとに。私だったらパニックになってるわ」

                    「ああほんとだ。強いねジローさん」

                    「いえ、次々いろんな事が起こってしまって、パニックになる暇がないだけです。あとフォルテが一緒だったのもすごく支えになってます」

                    オブリが飲み物を配っている時玄関が開き、ダルセとマルカが入って来た。

                    「姉さん」

                    小走りにリピトの傍に来たダルセがひざまづきながら

                    「大丈夫?マルカさんから大体の話しは聞いたけど」

                    「ええ、もう平気よ。明日一日ゆっくりしてればもう大丈夫」

                    「よかったあ。あっ、皆さんほんとにありがとうございました」

                    と立ち上がって頭をさげた。

                    「いやいや、わしらは何もしとらん。姉さんを助けたのはこちらのジローさんと、、」

                    ユキナが腕に抱いたフォルテをダルセの前に差し出し

                    「フォルテでーす」

                    「ミュウ」

                    オブリが飲み物を渡しながら

                    「まあまあ、ダルセさんも座って何か飲んでください。お姉さん、もう少し動かない方がいいと思うし」

                    「ああ、わしの誕生日じゃからな。賑やかになってええわい。さあさあそこに座って」

                    「ありがとうございます。じゃあお言葉に甘えて」

                    と言ってリピトの足元に腰掛けた。

                     

                    みんながベシを追い払った時の様子を聞きたがったので、ジローが話し始めた。リピトとダルセがなにやら相談していたが、ジローの話しが終わるとダルセが

                    「あのう、喜んでもらえるかどうか、、せめてものお礼の気持ちに踊らせてもらおうかと、、」

                    「オッホー、こりゃ凄いことじゃ。世界的なダンサーのダルセさんがわしらの為に踊ってくれるとは」

                    「私にできる事はこれしか無いので」

                    「きゃあすごーい。よかったわあ今日ベシが出て!」

                    「何を言うんですかフェルマ。ま、でも凄いわね。ジローさんとフォルテ君に感謝しなくちゃね」

                    「着替えてきますのでちょっと待っててください」

                    と言って車の荷物を取ってリピトの家に入っていった。

                     

                    フェルマがリピトさんに謝っている。

                    「ごめんなさいね、変なこと言って。でも私ダルセさんのチケット応募したんだけど、3年先まで予約で一杯だって。当分見れないと思ってたから」

                    「いやはやすごい誕生日じゃ。どれソファーを動かして踊るスペースを作ろうじゃないか」

                    「そうですね。じゃあ窓の前を空けましょう」

                    みんなでソファーを動かしていると、動きやすそうなステージ衣装に着替えたダルセが戻って来た。

                    「あっ、それぐらいで充分ですよ」

                    と言って広さを確認し、オブリに小さな金属片を渡し

                    「これの6曲目をセットしていただけますか?」

                    受け取ったオブリが後ろの壁の小さな装置にセットし

                    「こちら側を少し暗くしましょう」

                    と言ってキッチンとリビングの半分の照明を落とした。

                     

                    ダルセからオーラが出ているのであろうかリビングの空気がピーンと張り詰めた。音楽が流れ始めた。床にあぐらをかいてじっと座っていたダルセの手が少しずつ少しずつ動きだした。音楽と共に徐々に動きが大きくなっていく、、、。

                    突然あぐらをかいた状態から一気に空中へ両手を広げ飛び上がった。着地するとスローモーションフィルムを見ているような動きに移っていく。

                     

                    ジローは既に鳥肌だっていた。今までにも何度かダンスのパフォーマンスを見た事があったが、『全く次元が違う。身体を動かすだけで、これ程まで人を魅了できるなんて』

                    フォルテもそのオーラを感じているのだろうかジローの横で両手をきちんと揃えジッとダルセを見ている。全員が同じ感覚だったのだろう、身じろぎどころか、まばたきする者も一人もいない。

                     

                    音もなくパトロールの救急隊がゆっくりと移動している。隊員の目には窓に映るダルセのシルエットだけが見えた。

                     

                    見知らぬ世界の、見知らぬ村で、見知らぬ人達とダンスに見入るジローとフォルテであった。

                     

                    7曲目=第七章 Dreaming a Lot に続く

                    | 小説「ストレンジ・ヴィレッジ」 | 15:54 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    7曲目=第七章 Dreaming a Lot
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                       by 田村夏樹

                      7曲目=第七章 Dreaming a Lot


                      感動的なダルセのダンスが終わり、しばらく談笑していたが、リピトさんとダルセが引き上げると言うので、フェルマとポズも手を貸し、送りがてら家へ帰っていった。

                      「さて、わしらも引き上げるとするか。ジローさん、今日は疲れたじゃろう。ゆっくり休んでくだされ。ユキナの事ありがとう」

                      「ほんとにありがとうございました。孫だけじゃなく、リピトさんまでねえ。お疲れでなかったら明日でもうちにお茶飲みにいらしてくださいね」

                      「ああ、お茶がええ。飯はここんちで食べた方がずっと旨いでな」

                      「そりゃ悪かったですねえ」

                      「あっ、はい。お伺いします」

                      「ま、無理せんでな。怪我もしてることじゃから」

                       

                      コーダとセーニョをみんなで車の所まで見送りに出た。ジローがアッと言って

                      「コーダさん、70年前の、僕の世界から来た、その音楽家はその後どうなったんですか?」

                      「ああそうじゃ、そう、その人は7日後に消えてしまったんじゃ」

                      「消えた?」

                      「ああ、直前までわしの親父と話してたんじゃが、あっあれは、と叫んで急に外に飛び出して行かれた。驚いて親父がすぐにあとを追ったが、何処にも姿が無かった。それっきりでなあ。まさに消えたんじゃ」

                      「じゃ、じゃあ、元の世界に戻ったんだ!」

                      ジローの顔に希望の色が浮かんだ。

                      「ああ、おそらくな」

                      しかしジローの顔がまた曇っていく。

                      『そういえばCDがリリースされてから何故か彼のバンドは一度もライブをやっていない、、、』

                      「ま、とにかくゆっくり休むことじゃ。そうそうユキナ、笛すばらしかったぞ。ありがとうな」

                      「うん、いつでも吹いてあげるよ」

                      「ハッハア、じゃあみんな、おやすみ」

                      「おやすみ」

                       

                      シャワーを浴び、ベッドに横になったジローはなかなか寝つけなかった。勿論すごく疲れてはいたが、いろんなことが頭の中を駆け巡っている。枕元のフォルテはもうウトウトしている。

                      『いくら考えたってどうしょうもない。開き直るしか、、、、、』

                       

                      『うん?何時だろう。のどが乾いたなあ』

                      どれくらい時間が経ったのだろうか、少しウトウトしたような気がしたが、、。起き上がったジローはベッドから出た。その気配でフォルテも起きたようだ。

                      「キッチンへ水飲みに行くけどお前も飲むか?」

                      「ミュ」

                      「静かにな」

                      音をたてないよう注意しながら階段をそろりそろりと降り、キッチンに入り水を飲んでいると玄関のドアから何か音が聞こえて来る。

                      「ン?」

                      「ミュウウウウウ」

                      フォルテがうなり始めた。

                      ドアがギシギシと音をたて始めている。

                      『パトロール隊員ならノックするか声を懸ける筈だ。誰だろう?』

                      バーンとドアが開いた。

                      「クッ、なんだこいつは!でっ、でかい」

                      子牛ほどもあるベシだ。

                      「こんなやつに血を吸われたらやばいぞフォルテ。気をつけろ」

                      と言った途端

                      「ペーーーーーーーーーーーン」

                      全身が硬直したのが判った。

                      『クソッ、身体が動かない』

                      ノシッ、ノシッという感じでベシが近付いて来る。

                      『ウウッ、駄目だ、全く動かない』

                      フォルテも横で硬直している。50センチほどに迫って来た。

                      『ウウウッ』

                      10センチだ。

                      『うわあああ!!』

                      「ジロー兄ちゃーん」

                      ユキナが階段を駆け降りて来てベシの横っ腹に体当たりをくれた。

                      『駄目だユキナちゃん、こいつの声を浴びちゃったら』

                      しかし声が出せない。跳ね返って床にころがったユキナの方へ向き直ったベシが

                      「ペーーーーーーーーーーーン」

                      しかしどうした事かユキナが硬直しない。近くにある物を投げ付け、自分の方にベシを引き付けながら玄関の方へ誘導している。こんなに大騒ぎになっているのにオブリとマルカが起きて来ない。

                      『もしかして2階で硬直しているのか?でもユキナは平気だしな、聞こえて無いのだろうか?』

                      隙を見つけてユキナが表に飛び出して行った。

                      『クソッ、今なら裏から逃げられるのに、クッ、動かない!』

                      ベシがまたジローの方へ近付いて来る。

                      『ウウウッ、やばいフォルテが踏みつぶされる』

                      ベシの足がフォルテの上に来た。

                      『フォルテー!』

                      ドーンという音と共にベシが横に転がった。

                      「良かったあ、間に合ったあ」

                      ユキナがスクーターでベシにぶち当たったのだ。起き上がったベシに又ぶつかる。その時ジローの硬直が解けた。

                      「ジロー兄ちゃん、乗って!」

                      フォルテを抱き上げ、ジローが飛び乗るとスクーターは表に飛び出した。オブリとマルカが気になったがユキナが硬直しないんだから大丈夫だろうと思った。

                      「しかしパトロールは何をしているんだ、あんなにでかいやつがいるのに」

                      「うん、変だよね」

                      「ミュウ?」

                      「オッ、解けたかフォルテ。大丈夫か?」

                      「ミュ」

                      「とりあえずお爺ちゃんちに行くね」

                      「そうだね、こんな時間だけどしかたないね。途中パトロールに出会ったらいいんだけどね」

                      「うん」

                       

                      コーダの家に向って5分ほど飛んだ時

                      「ジロー兄ちゃん、パトロールの車がいる!」

                      前方に銀色に光る3台の車がいる。ユキナがクラクションを鳴らし、手を振ると気が付いたのだろう、こちらに向って来る。

                      「ジロー兄ちゃん、なんか変だよ」

                      「えっ?」

                      確かに変だ。こちらの行く手を遮るように3台が固まってどんどんスピードを上げて来る。

                      「やばい!ユキナちゃん、逃げよう!」

                      しかしその時にはユーターンどころか、横に曲がる暇も無い程猛烈なスピードで3台が迫って来ていた。

                      「ぶつかる!」

                      と思った瞬間ジローの身体はスクーターのシートに押し付けられた。ギリギリのところでユキナが急上昇したのだ。

                      「ヒュー、やったあユキナちゃん」

                      「どうしちゃったんだよお、パトロール隊なのにい」

                      ジローが後ろを振り返ると、すれ違った3台がユーターンしているところだった。

                      「ユキナちゃん、やつら又来る!」

                      「しっかりつかまってて」

                      目一杯のスピードで逃げるジロー達だったが性能が全然違う。あっという間に追い付かれてしまった。

                      「右から来る!」

                      また急上昇で避ける。

                      「左だ!」

                      さらに急上昇した。

                      すでにかなりの高度に達していたが3台はジロー達を弄ぶように上へ上へと追い立ててくる。

                      1台が真横に来た時、操縦席を見たジローは

                      「うそだろう!そんな馬鹿な!」

                      なんと操縦しているのは、あのでかいベシではないか。しかもこっちを見て笑っている。

                      「ベッシッシッ、ベッシッシッシッー」

                      唖然としたジローのスクーターを持つ手が弛んだ時

                      ドーン。

                      真後ろからぶちあてられた。バランスを崩したジローが一瞬空中に浮いた。そして真っ暗な地面にまっさかさまに

                      落ちて行った。

                      「ジロー兄ちゃーーん」

                      ユキナの声が遠のいていく。

                      「うああああーー」

                      胸に抱いているフォルテも

                      「ミュウウウウーー」

                      ジローとフォルテは暗闇に吸い込まれるように落ちて行く。

                      「ああああーーー」

                       

                      ガバッとベッドに起き上がって目が覚めた。しばらく呆然としているジローであった。

                      「ミュウウウ」

                      「ブハッ、ウウウ、夢か。ああやばかったなあ」

                      フォルテが驚いてジローを見ている。

                      「驚かしちゃったな、悪い悪い」

                      フウウと一息ついて

                      「ちょっと気分転換しなきゃ」

                      と言ってベッドから出て窓を開けたジローは、肩に乗ったフォルテと共に静まりかえった、見知らぬ村を見つめるのであった。

                       

                      8曲目=第八章 Then, Normal Life に続く


                      | 小説「ストレンジ・ヴィレッジ」 | 15:56 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |