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「1999年夏トロント」
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     by 藤井郷子

     1999年の夏、国際交流基金の招きでトロント・ドゥモリエ・ダウンタウンフェス ティバルに出演した。
     日本で、カナダのジャズフェスティバルといえばモントリオー ルが有名だが、モントリオールと同じタバコ会社のドゥモリエがスポンサーでついて いるトロントのこのフェスティバルもかなり大規模で内容も幅広く充実したものだっ た。毎年、6月下旬から7月上旬にかけて10日間開催される。今年は6月25日か ら7月4日まで。トロントダウンタウンに点在する10カ所の会場で昼過ぎから夜中 まで。その後のセッションは朝4時まで続くという盛り上がりかただった。横浜プロ ムナードジャズ同様、トロントでも一般市民のボランティアがスタッフとして大活躍 だ。出演者の空港、ホテル、会場間の送迎、会場でのTシャツやCDの販売、チケット の販売や会場整理等。なかには毎年そのために会社の休暇をとる人までいる。無報酬 で生き生きと働く人々の姿は実に印象的だ。

     タバコ会社はテレビ等での宣伝が禁止されているため、ジャズフェスティバル等の文 化事業のスポンサーになるケースが多かったが、カナダでは昨年それも禁止という法 案が通ったため、時間の問題でドゥモリエもトロントやモントリオールのフェスティ バルのスポンサーをおりるらしい。今後、どのようにフェスティバルを運営できるの か関係者達が懸念していた。

     私は6月26日、フェスティバル2日目にトロントの老舗ジャズクラブ、モントリオ ール・ビストロにソロで出演した。昨年は日本から梅津和時さんとレナード衛藤さん が出演したが、今年は日本からの出演は私ひとりだった。出演の前日、25日にトロ ント入りする予定だったのにニューヨークからのフライトがキャンセルとなり当日2 6日入りとなってしまった。25日にフライトキャンセルの件を空港からフェスティ バルボランティア本部に電話で伝えた。その対応の良さは、現地入りする前からフェ スティバルに参加出来る期待を高めてくれた。26日朝一番のフライトでトロントに 到着。迎えにきてくれたボランティアの人の車でホテルに入る。トロントコロニーホ テルのフロントには、日本人女性が働いていて彼女のおとうさんは阿佐ヶ谷のジャズ フェスティバルの主催者のひとりであるとの事。世間いや世界は狭い。会場のモント リオール・ビストロには客入れ前の写真撮影という事情もあり開場30分ほど前に入 る。今回のボーナスは、時を同じくしてカナダ政府の招きでトロントにいらしたクラ シック演奏家、また世界中のホールの写真でも名高い木之下晃氏に撮影して頂ける事 だ。写真に対する氏の熱意はレンズを通して驚くほどこちらに伝わってくる。表現者 として、その姿勢には感心させられた。演奏中に演奏者と聴衆の間にはばかるような 事も決してしないプロのマナーはさすがである。

     国際交流基金のパブリシティー、それにカナダのジャズ雑誌コーダで何回か記事にし て頂いている事もあって、200名近く、立ち見もでるほどの盛会となった。カナダ で演奏するのは初めて、しかもソロとあって私自身とても楽しみにしていた。演奏を はじめてまず驚いたのが聴衆の質だ。陸続きなのにアメリカの聴衆とは全く違う。む しろ日本の聴衆に近い。とても静かで礼儀正しく、最後まで演奏者に対するリスペク トと暖かさを感じさせてくれた。

     トロントにはネット上で友人になったドラマーのスティッチ・ウインストン以外に知 人はいないと思っていたのに、ニューヨーク在住時のヴォイストレーニングの先生、 それにニューヨークで活躍している友人のヴァイブ奏者、マット・モランの彼女がか けつけてくれた。日本総領事夫妻も大のジャズ好きという事で、本当に楽しんで頂け たようで、私としては大満足のカナダデビューとなった。

     29日までのトロントの滞在期間中、できるだけたくさんのコンサートに足を運んだ 。その中で色々な意味で心にのこるいくつかのコンサートについて書いてみよう。 26日のコンサートの後に国際交流基金のパーティーに出席、その後は屋外のテント 会場でのアーネスティン・アンダーソンのコンサートに行く。70歳を過ぎていると はとても思えない歌唱、そして艶やかさ。JazzというよりはR&B。徹底的に場を盛り 上げて楽しませるところは、さすがベテランのエンタテイナー。この会場にも日本総 領事夫妻はそろっていらしていた。残念ながら時差ボケの私は前半でホテルにひきあ げた。トロントコロニーホテルのバーも会場となっていて、たくさんの人たちが音楽 を楽しんでいた。全ての会場での演奏が終了後、ここでは毎夜というか毎朝4時くら いまでジャムセッションがおこなわれていた。

     翌日27日は、昼からの屋外フリーコンサートでフェスティバルのアーティストディ レクターでもあるジム・ギャロウエイのスイングバンドを楽しむ。スイングはここ数 年若い人たちの間でダンスミュージックとして楽しまれている。ここトロントにもそ んなクラブがたくさんあって、週末ともなると大変な賑わいらしい。時折、雨の降る ような天候のせいもありダンスをする人はなく、腰掛けて体を揺らしている年輩のス イングファンが多かった。本当に楽しそうに聴いている姿は、ほほえましくさえあっ た。

     ニューヨークや東京でも聞けそうなビッグネームよりはなるべく地元のmusicianを聴 くように心がけた。28日は朝からトロントの友人、ドラムのスティッチとギターの ジェフと録音の為スタジオにこもる。彼らとはポール・ブレイを通して知り合った。 スティッチのmodern surfaceというバンドは昨年(1999年)オランダのBUZZレコ ードからPaul Bleyをゲストに迎えCDをリリースしている。レコーディングはやたら に楽しくて、結局90分のテープを作ってしまった。カナダのmusicianは予想以上に レベルが高くて、その耳の良さと反応の早さには驚かされた。

    録音が終わってから、またコンサートに駆けつけた。その晩は私が大好きなmusician のひとりでもあるUri CaineとDon Byronのduoがオンタリオ湖畔のハーバーフロント センターで行われた。Hotelからとりあえずタクシーで行ったが、帰りの足が不安に なるようになる街のはずれだ。まあ、後のことは考えずに会場に向かう。Uri Caine と途中で出会い、いきなり楽屋に行く。彼らとは初対面だが、ボランティアの人たち の紹介ですぐ打ち解けた上、私のニューヨークでのコンサートに必要なテナーサック ス奏者の電話番号までたくさんもらってしまった。ピアニストはほとんど癖で鍵盤が 見える位置の席をとる。別に鍵盤や手が見えてもどうという事はないのだが。その日 もだれも座らないようなピアノの椅子の後ろに陣取った。はじまる直前にすぐとなり にかけ込んできた若い男性がいた。間違いなくピアニストだ。

    演奏はデューク・エリントンやスティービー・ワンダーの聞き慣れた曲を素晴らしい センスと技術で密度の高い音楽に仕上げる極上のduoだった。申し分ない満足のいく コンサートだった。終了後となりの若い「ピアニスト」に話しかけてみる。Bostonの ハーバード大学で作曲を専攻後、今はニューヨークのニューヨークユニバーシティー の大学院で舞台音楽の作曲を専攻しているという。本人はコンテンポラリークラシカ ル音楽の作曲家だが、大のジャズファンとのこと。しかし、なぜわざわざトロントに ?聞いてみると、ハリーコニックジュニアのツアーの仕事でカナダを回っているとこ ろらしい。ここではホントに面白い話を聞けた。なんでもハリーコニックジュニアの バックのビッグバンドのメンバーは全てコンピューターのモニターを譜面台のように してそのモニターに写る譜面を演奏するらしい。ハリーコニックジュニア氏、それが カッコイイと思っているとの事。そのかわり、ビッグバンドの人数分のコンピュータ ーとモニターをツアーで持ち歩く事になる。もちろんそんな経費は何でもないのだろ うが。彼の仕事は、コンピューターの記譜のソフトに楽譜を入力する仕事らしい。コ ンピューターは便利という事だけで使われるとは限らないという事だ。
     帰りはホテルまで彼の友人に送ってもらう。タクシーなんてまわりにはなくて、いっ たいどうやって戻るつもりだったの?とあきれられた。

    誰も知人もいないし、ソロでの演奏だしで、きっと孤独な旅になると思っていたトロ ントは毎日出会いのある楽しい旅になった。帰りの日の朝、ボランティア本部にあい さつによる。来年もまた来てね、と言われ、本当にまた来たいなあと思うほど素晴ら しい旅だった。

    | ツアー日記 | 12:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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