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『私のアメリカ その1』
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     by 藤井郷子

     今年の夏でアメリカに合計7年住んでいる事になる。途中、日本に2ヶ月、3ヶ月 と帰国したのを除けば正味6年半程だ。その内訳はボストンに1984年12月から 87年11月、93年9月から96年2月の計5年5ヶ月、ニューヨークに1996 年2月から現在までの1年3ヶ月。わずかボストンとニューヨークに住んだだけでア メリカを語るのは無茶な話しと承知の上で、私の体験した、感じたアメリカを書こう と思う。

     初めて渡米したのは、1984年12月24日のクリスマスイブ。東京からニュー ヨークまで15時間のダイレクトフライト。飛行機に乗ったのも、海外に出たのも、 その時が初めてだった。英会話教室には出発前2、3ヶ月通った。英語は学生時代一 番不得手できらいな教科だったが、アメリカに行ってしまえば何とかなると楽観して いた。
    ニューヨークJFK空港には、父の知人が迎えに来てくれて、マンハッタン5番 街のクイックツァーをしてくれた上、プラザホテルのオイスターバーでディナーまで ご馳走になった。若い女性という事で、彼は5番街のブランド街の説明をしてくれた が、私にはその手の知識、興味がまるでない上、長時間のフライト、時差ボケで、随 分的はずれの受け答えをしていたように思い出される。ディナーはとにかくその量の 多さに驚いた。私の注文したブイヤベースは鍋で出てきたほどだ。翌日ラガーディア 空港からボストンに発つ為、その晩はラガーディアの近くのホテルに泊まった。

    ここからが、なにもかも四苦八苦、うまくいかない連続だ。
    何とかホテルのチェックイン を済ませ、部屋には入れたが、どうやって電話をかけるのかもわからない始末だ。電 話のかけ方の説明書はあるのだが、日本やボストンが、ニューヨークからかけるのに 、ロングディスタンスかローカルかオーバーシーズかわからない。日本がオーバーシ ーズというのはわかってもどうダイヤルしたらいいのかわからない。今考えてみると 、電話のかけ方も調べずに来たのだから、随分と無鉄砲な話しだが、それだから来る 事ができたのかもしれない。結局あれこれ試してもだめで、フロントまでききにいき 、かけ方を紙に書いてもらい、ようやく日本の家族とボストンの知人の知人に話しを することができた。この段階でかなりめげた。電話をかけるなんていう日本では何で もない事ができないのだから。これは、かなりヤバイかもしれないと遅ればせながら 感じたが、もうアメリカだ。その日はスーツケースから友人のお母さん手作りの梅干 しを出して食べ、ようやくホッとしてからベッドに入った。

     翌日、ホテルからのエアポートシャトルバスに乗り、飛行場に向かう。ニューヨー ク、ボストン間はわずか1時間のフライト、しかもその頃はシャトル便が1時間に1 本位運行していた。ホテルから飛行場までは10分とかからない距離なのに、ホテル を朝出てからボストンのローガンエアポートに到着するまでになんと5時間近く費や した。私が使ったエアラインは、イースタン。でもシャトル便はイースタンエアシャ トルという名前でターミナルビルが違っていたのだ。エアーチケットを見せ、インフ ォメーションカウンター等でゲートを尋ねるのだが、説明してくれる事がほとんど聞 き取れない。とにかく、差し示した方向にしばらく歩き、そこでまた尋ねる。結局、 再びバスに乗り込み、違うターミナルビルにあるエアーシャトル乗り場に行き着くま で、たっぷり3時間以上かかった。
    さて今度は飛行機に乗る前に、知人の知人にボス トンローガンエアポートまで出迎えを頼む為に電話をかけなくてはならない。電話は 前日ホテルで予行練習済みだが、今回はコインをいれる公衆電話だ。ダイヤルしてみ るとテープでなにやらお金の額を言っている。つまりその額だけコインをいれないと つながらないのだが、それがまた聞き取れない。聞き取る為に何回もダイヤルした挙 句に、今度は売店でお金を崩すという大仕事だ。何とか文法上正しくしゃべろうとす るし、相手の言っている事がわからなくても、何回も聞き返すのが悪い様な気がして 、わかったふりをして曖昧、意味不明の笑いをする。結果、何もわからないのだ。

    日本人は英語が不得手とよく言うが、そうではなくて、自己主張する事になれていない のだと思う。英語の知識が大半の日本人よりもなさそうな他国の人々がアメリカで相 手を納得させる為に、声高に、英語とはとても思えない発音で、引き下がらずに主張 している姿を始終見かける。日本人はそういう意味では、極力他文化との摩擦からの がれられる所にいる、温室育ちのお坊ちゃん、お嬢ちゃんというところかもしれない 。相手に通じなくて聞き返されたり、相手の言っている事がわからずに、もう1度尋 ねた時に大声でツッケンドンに同じ事を繰り返されたり(耳が聞こえなくて分からな い訳ではないのに)する度に、英語力のない自分が惨めで、恥ずかしいと思ったり、 相手に申し訳ないと思ってしまうのは日本人位なのではないだろうか?!そんな事を 何とも思わなくなるまでに私は3年位かかった。私のカルチャーショックはかなり重 症だった。

    | エッセイ by 藤井郷子 | 14:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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