2011年6月オーストラリア8
- 2011.06.12 Sunday
- 19:20
6/12(日)
今日は藤井がタウンホールの会場で、吉田達也とのデュオ(藤吉)が17時50分から。Darren Moore+Golden Furに入っての演奏が19時半からの筈だったのだが、今朝になって、「13時半入りなので、13時過ぎに迎えに行きます」と言われ、仰天。「17時50分から演奏します」というメールをメルボルンの知り合い何人かに送ってしまったからだ。
会場に入ると中はまだ椅子を運んでいる、ピアノは調律している、本来のステージ(大きなホールの前と後ろにステージを作り交互に演奏)では、他のバンドがセッティング中。しかたなく並べ終わった客席で待っていた。やがて吉田達也がシンバルのセッティングを終えガシャガシャやりだすし、前のステージもブイーン、ガコーンと凄い音量で音を出し始めた。調律師のお姉さん、しばらく我慢して続けていたが、明らかに頭から怒りのオーラが出ている。遂に前方ステージのPAの所へ文句を言いに行った。ピアノに戻ってまた調律が始まったが結構みっちりとやっている。既に開場の時間は過ぎている。すると前方ステージ(最初に演奏予定)のミュージシャンがピアノの所にやって来て「いつ頃終わるのかね?」みたいな事を訊いている。僕はCDを並べたり売ったりするためホールロビーに向ったが、そこは人で溢れていた。CDを置いてるテーブルに来て、「チケットはここで買うのか?」「ここはCDだけ!それはあっち!」
「今日のタイムスケジュールはあるか?」「ここはCDだけ!それはあっち!」
「チケット予約してあるがここで受け取れるのか?」「ここはCDだけ!それはあっち!」
「このCDいくらかね?」「ここはCDだけ!それはあっち!、、、あれ?」
ホールからは藤吉の爆音が聴こえている、凄い音量でサウンドチェックしてるなと思っていたら、お客さんがどんどん中へ入って行く。丁度CD販売ボランティアの青年が来てくれたので中に入ってみたらなんと藤吉が本番やってるじゃないですか。最初は前方ステージのバンドがやる筈なのに???
後で訊いたら、急遽最初にやってくれと言われたらしい。
いろいろなミュージシャンの演奏をちょこちょこと聴いて、遅い昼食。
19時半からタウンホールにあるYarra Roomで藤井がDarren Moore+Golden Furに加わって演奏。環境音楽のように静かで心地良い音にぐっすりと寝る。知り合いのように椅子から転げ落ちなくて良かったあ(その知り合いは大阪でのライブで寝てしまい顔から転げ落ちたそうだ)。オーストラリアの予定が全て終了。後は帰るだけ。遅い夕食を食べてから『ベネッツレーン』という会場でティム・バーンのグループを聴いて帰ろうって事になり、チャイナタウンを歩いていた。藤井の携帯が鳴った。今回僕達の世話係をやってくれているミナミちゃんからだ。「ええっ、ウソでしょう!!」藤井の顔がこわばる。明朝10時頃のフライトで帰国するのだが、チリでの火山噴火の影響で今から24時間のフライトが全部キャンセルになったと言うのだ。ドヒャアーです。あのアイスランド火山噴火の時、ヨーロッパツアー中で大変だったのが思い出される。「げえ、またかよー!」ミナミちゃんも『ベネッツレーン』に来るつもりだったので、是安、堀越の2人にも電話して『ベネッツレーン』に全員が集まった。主催者から連絡があり、パスポート、旅行代理店の保険契約書を持ってランガムホテルに来てくれとの事。残念ながらティム・バーングループを聴くどころではなくなった。タクシーで僕達の宿泊しているオークホテルに寄り、必要書類を持ってランガムホテルに向った。主催者と話したが、何の事は無い滞在が延びた場合の宿泊費や航空運賃を心配しているのだ。勿論そういう話にはなるのだが、順番が変。「こちらとの契約ではこういう場合一切負担しない事になっている」というのを最初に主張するのだ。違うだろ!まずは「こちらでも出来る事は精一杯やりますが、保険がどこまでカバーしてるか調べてもらえますか?」だろう!藤井は怒りまくる。最も彼女は怒れば怒る程冷静になるのだが。
結局もしかしたら飛ぶかもしれないので、明朝早めに空港へ行き、飛ばなかったら保険会社に連絡したりして対策を考えようという事になり、ホテルに戻った。直ぐに寝ても4時間程しか眠れない。とにかく荷物をパックして寝る。
ううう、大変なことに。。。ご無事のお帰りを!!!
たんこぶが出来て痛かったのに、この話を聞いた人は皆、笑い転げるばかりで誰も心配してくれなかった...