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    by 藤井郷子
     
    職業を聞かれ、音楽家と答えると、大抵「まあ、素敵!何の楽器ですか?」と聞かれる。次に聞かれるのが、一般的には音楽のジャンルだ。うろたえながらジャズと答えると、皆さんラウンジやバーでの演奏を想像されるようで、「ぜひ、聞かせていただきたい」とおっしゃる。なんか、騙しているみたいで悪くて、「あ、すみません。ジャズと言っても、お酒や食事がおいしくなるような種類じゃないです」「????」「どちらかというと、アヴァンギャルドです」もう、想像できる範囲から完全に出てしまったみたいで、「楽器のできる方は憧れです」なんて言われて、会話は終わる。
     
    音楽のジャンルを聞かれて、疑問もなく「ジャズ」と答えられていたのは、もう20年くらい前までだ。私はクラシック音楽の不自由さに嫌気がさし、ジャズの多様な表現と常に形を変えてきたバイタリティーや活力に憧れ、ジャズ音楽家を目指した。ジャズの持つ自由さと一種の反骨精神に心惹かれ、自らをジャズ音楽家と位置付けたいと思っていた。実際に活動を始めてみると、こちらが、ジャズと言うと、それはジャズではないと否定されることが少なくなかった。中には、半ばお怒りになってらっしゃるジャズファンもいた。1990年代にはジャズファンだけではなく、ジャズ音楽家の中にも、ジャズを一つの伝統音楽として形付けようとする動きも出てきた。そのスタイルに収まらなければ、ジャズではないという考え方だ。そうなってくると、こちらもだんだんジャズでなくて結構です、という気になってきた。形に収まらずに常に形を変化させることは、むしろジャズの伝統だ。この雑食性の高い表現は常に多くの民族音楽の特性を組み込みながら、形を変えてきたし、止まることもなかったはずだ。私はそれがジャズの王道だと信じている。正装して「伝統音楽」を演奏することを、否定してジャズ音楽家になった私としては、正装することもジャズを止める一つの表明と思えて、Tシャツでステージに立つ。まあ、大汗をかくので、洗濯が楽な服装の方が現実的ということもあるが。
     
    越境することは、国境でも音楽のジャンルでも、私にとってはいつも魅力がある。民族音楽の音楽家やロックや実験音楽の音楽家と共演することも少なくない。私が知っているロックミュージシャンたちは、ジャンルを聞かれると何の迷いもなく「ロック」と答える。私の持っているジャズへの複雑な思いなんか、彼らがロックと答える時には微塵もない。誇らしげであり、それは音楽だけじゃなくて、生き様まで答えているようだ。正直、とても羨ましい。
     
    ヨーロッパのクラシック界では、東洋人の演奏家たちが多く、日本の角界では、日本人以外の力士が増える。日本人なのにジャズをやっている私は、そういうのは大いに結構なことだと思う。クラシックが、相撲が、ジャズが、ドメスティックではなくインターナショナルになったわけだ。日本人だからって、邦楽だけやっていなくていいわけだ。今や、多くの選択肢がある。日本人のシェフがイタリアでイタリア料理のレストランをやる時代だ。文化はそうやって豊かになってきたのではないか?
     
     
    | エッセイ by 藤井郷子 | 21:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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