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2017年5月6月オーストラリアツァー5
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    5月25日(木)

    さて、今日は今回の大学の客員で一番大変な日。演奏ではなく、トークが予定されている。朝はホテルでパンとコーヒー、昼はシーフード屋さんで白身魚のバラムンド、ホタテ、イカ、タコを焼いてもらう。サラダも中国野菜炒めも皆美味しい。部屋に戻ったら、掃除がまだで、仕方なくコンピューター持参でネットが繋がるカフェでお茶しながら仕事の続き。昼間は日差しが暑いほどで、外の日当たりのいいところは暑い。部屋に戻り、用意をして大学に。まずは、4時から6時までアドバンスド・アンサンブルのクラス。明日のコンサートのリサイタルの最終リハーサル。4曲、私と田村の難しい曲ばかりのプログラム。先週の授業で、「失敗を恐れないで」と言ったせいか、演奏に勢いが出た。ずーっと楽しい!!田村は全曲に参加、私はピアニストの学生にたくさん演奏してもらいたいので、一部分だけソロをとらせてもらう。早めに授業が終わり、アリスターと学内のカフェで夕食。7時からのトークの会場近くのマレーシア・カフェで、私はマレーシアラーメンのラクサ、田村はクリアヌードルの焼きそばをいただく。結構美味しいです。

    7時前に会場に行くと、先日のコンサートのセッティングとはうって変わり、テレビのトークショーみたいなセッティング。立派な椅子が二つにステージ後部には花の飾りまで。これは、恥ずかしい。冗談で、シャンデリアは?ミラーボールは?と言ったら、本当にシャンデリアまでセットされちゃった。7時にドアが開き、7時半までレセプション。お客さんと飲み物と軽食で歓談という仕立てだ。田村と私はもっとも苦手とするところだ。わずか5分で、笑顔が固まって、シワが増えた。すぐに楽屋に逃げ込む。田村は、トークには参加しない。ずるい!!彼は、客席後方でCD売り!でも、しっかり売ってくれた。7時半に学部長のご挨拶、アリスターが簡単に私のことを紹介してくれて、まずは、ソロ演奏。このシチュエーションは緊張します。何も考えないでピアノの前に行き、インプロ。演奏し始めると落ち着く。短めのインプロソロのあと、インタビュー形式のトーク。アリスターは数年前からドクターを取るために研鑽を積んでいる。彼の研究の中にユニークと思うミュージシャンを取り上げ、そのスタイルやバックグラウンドなどを分析して論文にまとめるというのがあり、私はその中のミュージシャンに入っている。お影で、彼は私のことを全て把握していて、インタビューの内容もとても面白いし、答えやすい。トークは、想像したよりもずっと順調に進み、いらしていただいた学内外の多くのお客さんにも楽しんでいただいたようだ。まずは胸をなでおろす。アリスターにホテルに送ってもらう。さー、大学ではあと1日。

     

    5月26日(金)

    大学レジデンシーの最終日。すっかり日常になったホテルでの朝ごはん。洗濯も済ませ、10時半にアリスターがホテルに来てくれる。明日から2泊でパースに行くのに、彼に大きなスーツケースを一つ預けて行く。

    クージーでの最終日のランチは、インドレストランでカレーとナン。美味しかった。ホテルの部屋に戻り、パソコン開いて、仕事を済ませる。大学最終日の今日は締めくくりのコンサート。4時半からサウンドチェックなのでバスで大学に。コンサートの出番の順番通りのリハーサル。まずは、私の曲3曲と田村の曲をやるアドバンスド・アンサンブル。田村は今日はずっとステージ、私はこのアンサンブルではほんの一部分でしか演奏しない。簡単なサウンドチェックを済まし、次はビッグバンドのサウンドチェック。場所決めやマイクチェック。私としてはマイクは使いたくないが、学生はマイク無しに慣れていなくて、結局ソロマイクだけ使う。先生方とのフリーセッションはサウンドチェック無しで、本番前に夕食に飛んで行く。キャンパス内で初めて行くメキシコ。ブリートを食べて、腹ごしらえ。

    7時に本番スタート。田村が引っ張って、目一杯鼓舞させて、エキサイティングなアンサンブルとソロを引き出してくれた。こんな風に演奏することは、初めてだったんだと思う。みんな、紅潮して興奮気味。そのセットの後、すぐに先生たちによるセッション。田村がいきなり声を使い出す。なんとサックスのサンディーも声を使う。しかも、かなり刺激的なボイス。後で聞いたら、彼女は昔パンクバンドで歌っていたそうだ。人に歴史あり!

    最後のセットはビッグバンド。もう数ヶ月取り組んで来てくれた「FUKUSHIMA」。私がリードして、棒を振る。50分超の熱演。最初から最後まで、素晴らしい緊張感が持続して、アンサンブルもソロも素晴らしい出来。演奏する喜びを覚えちゃうとやめられない。これに代われるものは何もないと思う。今夜も幸せです。

    アリスターにホテルまで送ってもらう。明日は、5時間のフライト、パースまで飛んでリハーサルに直行というハードスケジュールが待っている。

     

    5月27日(土)

    朝5時半起き。用意をしてチェックアウト、タクシーで空港に。8時のフライトでパースに向かう。ドメスティックだし、預ける荷物もないし、インターネットチェックインしてボーディングパスも持っているから、そんなに早く行かなくてもいいのだが、空港での悪い体験から、常に早めに空港に行くようにしている。セキュリティーチェックが緩い。ジップロックに入れていた液体物を鞄から出すのを忘れていたのに、まるでひっかからない。ゲートに向かう途中で朝食。クロワッサンとコーヒー。ゲートに行き、定刻で搭乗。割と空いている。席に着いた途端に爆睡。知らない間に飛んでいて、機内サービスで起きる。2度目の朝食。でも、この後いつ食べられるかわからないから、無理していただく。映画のプログラムを見たら、新作でボストンマラソンのテロの映画がある。ボストンは、トータルで5年住んだ街だし、このテロの時、犯人が捕まったウォータータウンに住んでいるパーカッションの益子高明さんとちょうどドイツでツアー中だった。そんなわけで、この事件はものすごく気になっていた。隣の田村もすぐにその映画を見始めた。マンチェスターでのテロ直後ということもあり、とても考えさせられた。ベルリンの壁が壊され、冷戦の時代が終わった時に、ついに「平和」が定着すると思った。ところが、すぐに東欧で民族紛争になった。それが落ち着いたら、今度はどこそこでテロ。もちろん、その間ずっと世界中のどこかで戦火が絶えることはない。人間っていうのは、学習しないのだろうか。

    パースに着陸。空港にメースが迎えに来てくれている。メース・フランシスとは、本当に不思議な縁で、友人になった。2011年にma-doというバンドでオーストラリアツアーした時にパース・ジャズ・ソサエティーという団体を紹介してもらった。パースでコンサートを主催している団体だが、そこの人が大編成をやっているのならば、メース・フランシスが何かやってくれるかもしれないと返事して来てくれた。そのやりとりをしている時、ちょうどニューヨークのスタジオでミックスの作業中だった。隣の部屋からやたらにかっこいい大編成の演奏が聞こえる。誰のバンドなの?と聞いたら、オーストラリアのメースだった。すぐに隣の部屋に会いに行った。二人ともあまりの偶然にびっくり。その数ヶ月後に彼のオーケストラに私が曲を持参し、田村と是安さん、堀越さんがそのビッグバンドに入って、初めてのコラボレーションが実現した。彼は、私の音楽よりはずっとジャズよりのコンテンポラリージャズっぽい作曲家だ。でも、音楽的にも人間的にもオープンで、私のような音楽も大丈夫な人だ。彼の教えているパースの音大と日本の昭和音大が提携を結んでいるらしく、彼は頻繁に昭和音大に来ている。今回は、オーストラリアの他の日程が決まってから、パースでも何かできないかなあ?とメールしたらすぐに動いてくれて、彼のオーケストラとの共演で、パース・ジャズ・フェスティバルをとってくれた。空港の駐車場に行き、彼の車にびっくり。GMのオールドファッションの大きなアメ車。GMは2、3年前までオーストラリアに工場があって、これはGMでもオーストラリア製らしい。「1978年車だから、僕と同じ年。」う〜ん、私の息子くらい?まずは、リハーサルに直行。羨ましいことにレギュラーのリハーサル場所を他のビッグバンドと持っている。持っていると言っても、町の使っていなかった公民館を交渉して使わせてもらうようにしたらしい。事前に譜面を送ってみてもらっていたので、リハーサルは簡単に済む。メースの車でメース宅に。車で10分、すごい高級住宅地、スワン川という美しい川の前に彼の住まいがある。びっくり!!なんでも、作曲家に1年間無償でこの家を貸すというプログラムに申請して今年の1月から住んでいるとの話。大きな家で、2階はベッドルームが3つ、1階はリビング、ダイニング、キッチン、そのほかにもう一部屋。2階のベッドルームを一つ使わせてもらう。彼は、すぐに今日から始まっているフェスティバルに向かう。私と田村はこの大きな家に二人残される。奥さんのギャブは、何時に帰ってくるかわからないということで、預かった鍵で歩いて10分のところに食事に行く。昼を食べていないし、シドニーよりずっと寒いしで、すっかり体が冷えてしまった。4軒並ぶレストランの一軒に入る。二人とも、体が冷えているので、暖かくて体温が上がりそうな肉料理を注文。私のポークも田村のラムもとても美味しかった。赤ワインのおかげもあって、体が温まった。帰りも川沿いの超高級屋敷街を通って帰る。すごい家ばかりだ。これ、美術館ですか?みたいな大きさだ。空にこんなに星があったっけ?というような美しい星空。呆れるような住環境だ。家に戻ってから、しばらくメールの用事をしたりしていたが、全く家主が帰ってこない。すっかり眠くなってしまって、10時にはもう寝ることにする。まあ、シドニーの12時だから、通常の時間だ。それにしても、二人ともどこに行っちゃったの?家が大きいからちょっと怖い。

     

    5月28日(日)

    8時に起床。夜遅くに2回ドアの音がしていたから、二人とも帰っているはずだ。歯を磨き、顔を洗い、支度をして、階下に降りて行く。キッチンで奥さんのギャブと初対面。とても感じのいい明るい奥さん。私たちとメースのオーケストラの今日のコンサートのことは何も知らない。「変わっているでしょう?これで新鮮な関係でいられるの」まじですか?!私たちは真逆。いつもずーっと一緒にいて、お互いのスケジュールもほぼ全部、というか、だいたいいつも二人とも同じスケジュール。うちの場合、あまり離れていると、最近の健忘ぶりもあって、お互いのことを忘れてしまいそうだ。

    コーヒーを入れてもらって、家の前の美しいリバービューの椅子でくつろぐ。家で、朝食を食べる習慣もないみたいで、彼女はサーフボードを抱えて今日はサーフィンの予定と出かけて行った。メースはいつまでも起きてこないし、また昨日の4軒並んでいたカフェにブランチに行こうと、川沿いを歩く。日曜日は多くの人が散歩したり、川沿いのグラウンドでサッカーしたり。カフェで、フレンチトーストとクロックムッシューを食べて、家に戻るとメースが起きていた。12時に家を出て会場に向かう。パースの街中のビル群の中の会場。サウンドチェックの途中でもう開場になってしまい、一旦楽屋に戻る。2011年に来た時、コンサートに来てくれたおじさんに声をかけられる。彼はそれ以来、インターネットでCD注文もよくしてくれる。

    今日も「FUKUSHIMA」組曲。ダイナミックスが極端に小さい音から大きい音まで、演奏者だけではなく聴衆にも集中力を要求するような曲なので、半分屋外のようなこういう会場は難しい。ところが、演奏開始したら、聴衆は真剣に聞いてくれるし、演奏者は集中して緊張感が途切れることもなく、50分。こんな機会をくれたメースに心から感謝。終わってから、持参したCD21枚がほとんど売れて、さらに嬉しかった。フェスティバルではまだ演奏が続いていたが、田村がちょっとのんびりしたいということで、メースに家まで送ってもらう。メースは、フェスティバルの委員でもあるので会場に戻る。シャワーを浴びてパソコンで仕事をして、6時過ぎにまた食事に行こうと川沿い10分徒歩で、イタリアンレストラン。二人ともパスタをいただく。打ち上げということで、デザートも頼む。どれも美味しかった。パースはシドニーより物価が安いとはいえ、日本やベルリンから比べるとやはり高い。家に戻り知らない間に寝てしまう。家が大きいので、ホテルに泊まっているみたい。いつ誰が戻ったかも、よくわからない。

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