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なんでもかんでも

2017年5月6月オーストラリアツァー 2
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    5月15日(月)

    朝10時にアリスターが迎えに来てくれて、大学をざっと案内してくれる。キャンパスは巨大なので、音楽部のビルだけまわる。ついでに校内のスタジオをとってもらい、11時から12時半まで私たちは軽く練習もさせてもらった。練習室に、どーんとやたらに大きいコンサートグランドが置いてある。スチュアート & サンズというオーストラリアの手作りのピアノで、鍵盤が97鍵ある。ベーゼンドルファー以外でこういうピアノは初めて見た。癖がなく鳴らしやすいピアノで、気持ちよく練習させてもらう。

    学部の受付のお姉さんに世話になり、バスで使えるオパールカードも購入。アリスターは新譜のミックスに飛んで行き、私たちは大学のカフェでランチ。聞いてはいたが、学生の東洋人の多さにびっくり。半分は東洋人と聞いていたが、もっと多い気がする。

    バスでホテルに戻る。ホテルの部屋がちょっと暗いので、上階の部屋に変えてもらい、お引越し。すっかりいい天気になったので、クッジービーチを散歩する。

    通常のツアーと違い、のんびりと過ごし、ちょっと気が抜け気味。夜は隣のタイレストラン。リカーライセンスがないお店みたいで、お客さんはみんなお酒持参。こちらは手ぶらで行ったので、今夜はお酒なしの日になった。夜9時15分にアリスターが迎えに来て、ラジオ収録に向かう。レコーディングエンジニアでもあるプレゼンターのピーター・ネルソンは昨年1月に私とアリスターのコンサートを録音してくれた人だ。リラックスした雰囲気で、大学でのコンサートや木曜日のクラブでのコンサートの告知もしてもらう。ラジオを聞いている人は結構いるそうだ。ホテルに送り届けてもらい、1時までに就寝。

     

    5月16日(火)

    今日は大学でのワークショップの初日。授業は夕方4期からだが、午前中11時にアリスターと学校のスタジオで待ち合わせてメルボルン・ジャズ・フェスティバルでの新プロジェクトの打ち合わせ。メンバーは、田村(Tp)藤井(Piano)アリスター・スペンス(Fender Rhodes)トニー・バック(Drs)で、今回は全て新作でのワールドプレミアの委嘱となる。それぞれが曲を持ち寄り数回のリハーサルで成立させる予定。私たちはリハーサルが1回なんていうのはよくある話なので、数回リハーサルができるのは、とても助かる話だ。田村、藤井は新曲を準備して行ったが、アリスターは6月末の博士論文に追われていて、まだ未完。イメージや楽曲をざっと話し合い、12時に終了。さて、4時まで大学で時間を潰さないと。まずは大学のカフェでランチ。アメリカで学校に通った私たちにとっては、オーストラリアの大学のカフェはとてもレベルが高い。もちろん、アメリカの大学のカフェの今の状態は知らないので、なんとも言えないが。とにかく、野菜がたっぷりと食べられるのが嬉しい。ランチ後、学部の受付に直行、どこかで練習ができないかきいてみる。残念ながらピアノがある部屋は全てすでにサインアップされていて、じゃあ、トランペットの音が出せるだけでもと相談して、部屋に案内してもらう。大きな映画上映もできそうな部屋で、田村は練習、私はパソコンで6月下旬のKAZE北米ツアー用の作曲。ピアノなしで作曲することは少ないので、これはいい機会。新しい試みだ。

    4時にジャズ・コンポジションの授業に。クラシックの学生やジャズ初心者の学生も含んだ6人クラス。さて、何から話そうか。私の基本スタンスは、音楽はなんでもあり、という姿勢。あれはダメこれはダメのようなアプローチは絶対にしたくない。作曲ということに関しては、とにかくたくさん作曲するのが一番の作曲上達方法と伝えたい。これは、私の経験から。まず、音楽は何で出来ているのか、「音と静寂」そして、その静寂の部分がいかに大事でたくさんのことを語れるか。そして実際に作曲するときの簡単なヒントとかを持参した楽曲で説明して行く。熱心に聞いてくれているが、彼らが一体どんなバックグラウンドだか不安になり、一人づつ好きな音楽を聞いてみた。びっくりしたことに、「ロックが好き」と答えたのは一人だけ。今までほとんどクラシックしか聞いてないという子が二人もいた。1970年代にティーンエージャーだった私としては、びっくり!こちらがカルチャーショックを受けた。授業後半は彼らの作曲の音出し。手書きの譜面はゼロ。全員、ノーテーションソフトでの譜面。ソフトに頼っての譜面なので、譜面が伝える意味が今ひとつ理解できていない記譜が残念。初日の授業は無事終了。バスでホテルに戻り、荷物を置いてから夕食に出かける。気になっていたブラジルステーキ屋さんに。こちらがストップをかけるまで、鶏肉、豚肉、牛肉、羊肉のBBQがどんどん運ばれてくる。若者じゃないからそんなにはいただけない。あっという間にストップ。満腹でホテルに戻り、メールチェックして就寝。

     

    5月17日(水)

    朝ごはんは部屋でパンとジュース、コーヒー、ランチは近所のシーフード屋さん。カジュアルな店で並んでいるシーフードから選んでその場で調理してもらう。これが、むちゃくちゃ美味しかった。田村は帆立貝とえび、私はバラムンドという魚を焼いてもらう。それにトウモロコシもバーベーキュー。どれも美味しかったが、このバラムンドという魚に感動。海水でも淡水でも住める大きな白身の魚で、この辺りでは一般的な魚らしい。ここは、また来なくちゃ。

    大学2日目の今日は2クラス、4時から2時間の中級アンサンブルと6時から8時のビッグバンドアンサンブル。両クラスともサックス奏者、サンディ・エヴァンスが先生。3時に打ち合わせるために彼女と会う。彼女とは、2013年夏にカナダのグエルフ・ジャズ・フェスティバルで会っている。私たちのコンサートの後に声をかけてくださったのだが、その時の印象とは違って、気分は初対面。学生の説明とかを聞き、4時からの授業に。小編成のアンサンブルと思ったら、9人もいるしサックスなんか4人もいる。女の子たちがとてもおとなしく内気だと聞いていたが、全くその通りで、びっくり。オーストラリアの女の子は日本人並みにおとなしいです。大勢の中で自己主張はなさらない。アメリカとえらい違い!

    私のオリジナル曲の「ナインピン」と田村の「マサイの舞」を選んでリハーサルをしてきてくれた。早速「ナインピン」を演奏してもらった。カウントオフでテーマ、アドリブ、セカンドテーマ、テーマとジャズ常套フォームでの演奏。まずはそのディスカッションから始める。カウントオフ以外のイントロが作れないか、サックスが4人もいるのにみんなでユニゾンだけじゃなくてテーマを繰り返す時に別れたらどうか、アドリブの時に同じグルーブを続けている必要があるのか…etc. ジャズの演奏家はインプロバイザーであり、作曲家、編曲家でもあるから、常にそういうことを考えて音楽を面白くしてほしい。このアンサンブルでは今週金曜日に学内のホールでのコンサートがあるので、みんなの意見を拾いながら、結局私がアレンジを決めた。2曲目のマサイは、田村の奇才ぶりを発揮する楽曲。ホーンプレーヤーは全編マウスピースだけで演奏。イントロでは、造語を使って声を出さなくてはいけない。学校内でも外でもそんな事やった事ないから、みんな目が点になる。でも、声を出しているうちに、みんなの目がキラキラしてきた。何と言っても、楽しいわけで、やっぱりそれこそが音楽の原点。この曲を選んだサンディーもさすがだなぁと思う。音楽は、気をつけないとその楽しさを時に忘れてしまう。特に勉強や練習に熱心になると、とても危険な一面がある。この「楽しさ」のために勉強したり練習したりしているのを忘れないでほしい。金曜日のコンサートが楽しみだ。

    6時のビッグバンドのクラスでは、私の「FUKUSHIMA組曲」をリハーサルしてきてくれた。音を出してびっくり。素晴らしいバンドだ。ソロではジャズの定番リックにとらわれずに表現をきちんとできるプレイ。もし何かかけているとすれば、一歩はみ出す演奏。つまりもっと枠を広げるようなパワーがほしい。例えば、音の大小のレンジももっと大きく。大きな音はもっと大きく、小さな音はもっと小さく。普段の授業では伝統的なジャズビッグバンドレパートリーを演奏しているらしいが、トランペットの子が箏が弾けるから、ソロでは箏を使ったり、バリトンの子がエレクトロニクスを使ったりと実にクリエイティブ。このビッグバンドのコンサートは学内のホールで来週金曜日、ものすごく楽しみだ。

    4時間ぶっ続きの授業終了後、サンディーが車でホテルまで送ってくれる。慣れない教える仕事でふたりとも疲れた。ホテルに荷物を置き、まだ行っていない近所のタイレストランで夕食。私が出発前にひいた風邪は悪くも良くもならずに、喉だけチリチリと痛い。その上、ビッグバンドの授業でデスメタルボイスやっちゃったので、声もかすれちゃった。自重せねば。

     

    5月18日(木)

    ランチはなんと回転寿司!寿司鯉という、日本ではありえないネーミング。入店すると従業員が「いらっしゃいませ!」、でもよく聞くと「〜〜〜〜〜ませ」てごまかしている従業員がほとんど。回転しているのは、日本では絶対見れない寿司。私たちは心が広いので、結構楽しめます。なんたって、カルチャーショック!エビ天が乗った握りは、すし飯の酢が少ないので、まるで天むすみたい。これはこれで美味しい。文化というのは、定型を守るだけじゃなくて、思い切った試みでさらに発展するもんだと思う。海外の寿司を否定したら、私たちのジャズも否定されても仕方ないと思う。

    大学3日目。4時から6時までアリスターが指導するアドヴァンスドアンサンブル。つまり上級者コース。3時半にアリスターのオフィスで打ち合わせのはずが、バスが来なくて約束の時間に遅れる。やっぱりバスはあてにならない。海岸沿いのバス停で気を揉みながら、ビーチや歩道の木々を見る。オーストラリアに来ると、毎回北半球とは違う植物や動物に驚かされる。日本や欧米では見たこともない木々を見ているとSF映画のようだ。

    アンサンブルはサックス3人、ピアノ、ギター、アコースティックベースにエレクトリックベース、ドラムという編成。これも結構大編成。ここ数ヶ月、私と田村のオリジナル曲を練習してきてくれた。楽曲は、私たちにも難解な「Alligator In Your Wallet」「Spiral Staircase」「Spring Storm」「Tatsu Take」。まずは、聴かせていただく。みんな上手に何事もなく演奏。早速、こちらで崩しにかかる。アリスター、ごめんなさい。こういう難解な楽曲をきちんと演奏したら、ただそのテクニックをひけらかしているだけだと思う。まず、そのリスキーな部分が伝わらないと楽曲の魅力は半減、というのが私の持論。演奏不可能なテンポまであげる。これだけでかなりおもしろくなる。4曲のリハーサルで2時間はあっという間。

    授業終了後、アリスターと3人で今夜のコンサート会場のVenue 505に行く。今夜はここでアリスター、私、田村とシドニーのドラマーサイモン・バーカーで演奏。私たちはサイモンとは初演。2007年に初めてシドニーに来た時に、ドラムの堀越彰さんにドラムセットを貸してくれ、その時に彼のCDも頂いた。何年かして、彼の韓国のシャーマン音楽とのコラボレーションがNHKの特集番組で紹介され、それもとても面白かった。ちょっと前には彼とスコット・ティンクラー(オーストラリアのとても個性的なトランペットプレーヤー)とのCDを手に入れ、ますます共演したくなった。アリスターに頼んで、4人でのコンサートが実現した。まず、びっくりしたのは、その集客。全編インプロビゼーションの内容で、こんなにお客さんが来るの?そういえば、今までシドニーで演奏してお客さんが少なかったことはあまりなかった。もちろん、アリスターやクラブが十分にプロモートしてくれたからだが、お客さんの数にも、その多様性にもびっくりした。たくさんのお客さんが、静かに熱心に聴いてくれる。演奏が悪くなるはずはない。1セット目は田村とサイモンのデュオ。私も客席後ろから聞いていたが、客席とステージが一体となった緊張感が気持ちよく、一瞬も飽きることなく聞き入った。途中で入って来た若い東洋人のカップル、バーで飲み物を買ってから空席に座り、言葉を交わしていたら、同じテーブルのおじさんがジェスチャーで「黙って」と。すぐに二人とも話をやめた。注意する方もされる方もストレスなく自然な行為で、なかなかこういうことが自然に起きない日本人には驚きの光景だった。2セット目は、私とアリスターのローズのデュオ。アリスターはローズの内部演奏+エフェクターを繋ぐというユニークなアプローチをする。彼とのこの編成のデュオは昨年1月のシドニー以来で、2回目になる。私も鍵盤よりは、内部演奏を多用した演奏になる。昨年の録音を聞いたら、私としては、課題は鍵盤の演奏部分。それまでの宇宙からいきなり平均律の古典にスライドするのは、とても難しい。このデュオは9月にアリスターが来日するときも何本か考えていて、できれば録音もしたい。3セット目は4人での演奏。初めての顔合わせとは思えないハプニングの演奏となり、アンコールも一曲。最前列にいた高齢のおばあちゃん、大興奮でノリノリ。楽屋にも飛んで来て、「素晴らしい」を連発してくれた。ビールを飲んで、タクシーでホテルに戻る。やっぱり、教えるよりは演奏の方が発散できて、気持ちいい。

     

    5月19日(金)

    朝はいつも通りに部屋で。ランチは、一昨日に行った魚レストランに。今日は、私の大好物のタコを焼いてもらう。柔らかくて美味しい。近所にこんな店があって、本当に嬉しい。パン屋さんにパンを買いに行き、そこでコーヒータイム。オーストラリアのコーヒー文化は充実していて、基本はフランスと同じエスプレッソ。日本でいうレギュラーコーヒーはエスプレッソをお湯で薄めたロング・ブラック。

    昨日、バスがなかなか来なかったので、今日は早めにホテルを出る。学内コンサートの今日はサウンドチェックの5時に間に合えばいいのだが、金曜日の夕方のせいか道がかなり混んでいて、結局ちょうどいいくらいの時間に。大学のホールというよりは、街のクラブのようにバーもある。音響のスタッフもプロで、今日の学生コンサートもなんとチケットを売っている。その売り上げでこのホールを運営しているようだ。リハーサル後、キャンパスの中のマレーシアレストランで夕食。大学もここまで大きくなると、もう街みたいだ。

    水曜日のサンディーのクラス中級アンサンブルでの今夜のコンサートでは、田村の「マサイの舞」と私の「ナインピン」も演奏。田村の「マサイの舞」は田村が自ら指揮をする。楽器を使わないで、声やおもちゃを多用、ついにダンスまで。学生たちは、水曜日のクラスの時よりは解放されて来たようだが、まだまだおとなしい。まあ、彼らにしてみれば、こんな恥ずかしいことはできないっていうのが、あるのかもしれない。私は楽屋にいて、見れなかったが、映像を撮っていたらしいので、それが楽しみ。「ナインピン」は私も演奏に参加。サンディーのアイデアで、アルトサックスのおとなしい女の子のソロを、途中からピアノと二人だけのフリーソロにした。美しいアプローチに感心した。無事にコンサートは終了。

     

     

     

     

     

    | ツアー日記 | 10:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    2017年5月6月オーストラリアツアー 1
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      coogee beach

       

      By 藤井郷子

       

      2017年5月13日(土)

      昨晩から喉が痛い。またまた悪いタイミングで風邪をひいたようだ。体の節々もちょっと痛かったので、インフルエンザでなければいいと祈りつつ、緊急事態の栄養ドリンクとビタミンドリンクを飲んで就寝。今朝起きても高熱ではないので、今日は予定通り飛べそう。夏樹が元気なのが、救いだ。昼間は、どうしても必要な用事だけ済ませ、おとなしく過ごす。夜10時の羽田からのフライトでシドニーまでひとっ飛び。昨年1月のクアラルンプール経由に比べれば嘘のように楽。大雨の中を羽田に向かう。チェックインして、保安検査。手荷物のバッグに入れたことをすっかり忘れていた栄養ドリンク、なぜかまるで引っかからずに、出国。ゲート近くで寿司を食べ、搭乗。10時発が預け入れ荷物のチェックとかで遅れて、飛び立ったのは11時半。こちらの力の及ぶところではないので、ひたすら眠る。

       

      5月14日(日)

      4回目のオーストラリアに入国。最初に来たのは2007年だったが、この10年で入国はすごく簡単になった。入国は機械でパスポートの写真ページを開いて行い、チケットを受け取る。そのチケットで通るゲートで自動写真撮影だけ。入国後も荷物を開けられていたのが、今回は誰も開けられている様子はなく、ノーストレス。飛行機は出発が遅れた割には、到着は1時間程度の遅れで、運ちゃん途中で飛ばしたらしい。

      飛行機の中で目が覚めたときに、喉が痛いと言い出した夏樹が心配。二人で風邪をひいての到着だ。

      出口で友人、共演者のアリスターの出迎えを受ける。今回の1ヶ月に及ぶプロジェクトは、彼が豪日ファンデーション助成申請を受け、実現するものだ。もう10年の付き合いになるが、彼と夫人のスーの人柄は長く付き合えば付き合うほど、感服する。常に自由でとらわれることなく自身の音楽を勇気を持って変革させて来たそのあり方は、音楽家としても感服する。

      ホテルまで30分ほどで着く。クッジービーチの近くのホテルにチェックイン。早めに部屋を用意してくれるということで、ランチ後、12時に部屋に入れる。ここに2週間ステイして、ニューサウスウェルズ大学での講義とシドニーでのコンサートの予定。部屋は一階なので、ちょっと暗いのが悲しい。オーストラリアでは多い、小さなキッチン付きのアパートメントホテル。物価の高いオーストラリアではキッチン付きは助かる。でも、調理器具は電子レンジのみなので、しっかり料理ができるわけではない。

      夜はアリスターとスーと4人で近所のタパスレストラン。オーストラリアワインを楽しみ、楽しい時間を過ごす。とにかく、睡眠!私は10時には就寝。テレビの映画に負けて、夏樹は12時頃まで起きていた。

      | ツアー日記 | 21:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      あれもこれも
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        by 藤井郷子

        2017年1月9日、ピットインで昼夜続けてのライブを敢行した。こんな無謀な企画に答えてくれるピットインと、理解して付き合ってくれる仲間たち、そして長時間こちらの音楽に向かい合ってくれる聴衆の皆さんに心から感謝。最近はこういう企画の準備段階の時に海外ツアーの時が多く、友人の力を借りて、フライアーの制作や宣伝告知を行なっている。動いてくれている友人たちにも心から感謝。

        前回、同様の企画を2010年1月9日にピットインで行なっているので、7年ぶりになる。でも、つい先日に感じる。時の経つのは早い。ますます早い。

        2010年はGato Libre, First Meeting + Nels Cline, Satoko Fujii ma-do, Satoko Fujii Orchestra Tokyoの4バンドだったが、今回はMaho Quartet, Satoko Fujii Orchestra Tokyo, Tobira-one, Toh-Kichi, Satoko Fujii Quartetの5バンド、開始時間も1時間半ほど早く、ますます過激な企画だ。私たちはPit Inn以外でも、1997年と2007年に新宿のシアターモリエールで「帰国記念コンサート」「帰国10周年コンサート」と同様のコンサートをやっている常習犯だ。こういう企画は、いっぺんにたくさんのバンドを聞けるという面白さがあると思ってやるのだが、やはり大阪、新潟、湯河原、水戸などの遠方からいらしてくださる方たちもいて、励まされる思いだ。

        回を重ねると、思い出も重なり、感慨深いものがある。2010年出演のGato Librema-doのベースの是安則克さん、ギターの津村和彦さん、First MeetingFujii Orchestra Tokyoのギターのケリー・チュルコさんは、亡くなってしまい、もう共演できない。一緒に音を出す、音楽をする仲間は、一般の社会的なお付き合いとはまた違い、どこか深いところでコミュニケートしている、繋がっているという感覚がある。言葉をたくさん重ねても、一緒に音楽するつながりに置き変えることはできない気がする。

        最初の企画が1997年だから、もう20年前になる。Fujii Orchestra Tokyoは1997年の結成時からほとんどメンバーが変わっていないというのもうれしい。みんな20歳年取ったってことだ。20年は経ってしまえばあっという間だけど、20年先を考えるとめまいがする。とはいえ、これもまたあっという間だろう。そんなことを考えると、ますます今この時を懸命に生きなくてはと感じる。

        私たちは音楽することで、生きている喜びをさらに感じられる。どうしてそうなるかはわからないが、音楽をすると心が躍動する。ミュージシャンになった頃は、音楽をやりたくてその道を選んだ。無我夢中でやっているうちに、もう他のことはできない状態になり、音楽しかできません、みたいな時期もあった。今は、やめられませんという状態だ。こんな楽しいこと、もうやめられません!!

        同様の企画でのコンサートが次回いつできるかはわからないが、それぞれのプロジェクトでは、各地でコンサートをやっている。私たちの音楽を聞いたことがない方達にどうやってアプローチしたらいいのかは、本当に難しくてわからないのだが、是非ともテレビやラジオでは聞けない音楽を「生」で一度体験してもらいたいと思う。お気に召さなかったら、残念だが、もしかしたら素敵な出会いかもしれない。

        お待ちしています!

        | エッセイ by 藤井郷子 | 18:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        2016北米ツアー
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          北米ツアー2016
          by 田村夏樹

           
          2016年5月、13日の金曜日仏滅に羽田を出発してトロント経由でニューヨークへ。よりによって13日の金曜日に出発とは。こちとらキリスト教徒ではないが、気分の良いものではない。そのせいかどうかトロントで乗り換える時、アメリカ入国手続きをやるのだが、藤井が引っかかってしまい別室に行かされる。以前ベルリンの空港でパスポートも入ったカバンを盗まれて以来、何故かアメリカ入国の時だけイミグレーションで、やたら色々訊かれたり時間がかかったり、本当に面倒臭い。他の国では何処も全く引っかからないのが不思議だ。アメリカのシステムがそれだけ優秀ということなのか?あるいはパスポートを盗まれた記録があるが、この人物は問題ないということが何度も入国しているのに更新されないダメなシステムなのか?
          別室で待たされはしたが、特別何を訊かれる訳でもなく名前を呼ばれて「はい、行っていいよ」頭にきた藤井が「一体何が問題なんだ?」と質問するとその警官は「別にパスポートの盗難とは関係ないよ。ただ精査しただけだ」と答えた。
          それってもっと面倒じゃないですか、何か精査されるリストに載ってるってこと?
          日本からの飛行機が予定より30分早く到着して、時間は少し余裕があったから良かったが、これがタイトな乗り継ぎだったら焦りまくるところだ。
          でもまあ一応無事にニューヨークに到着。
          寒い!!これは寒い!!
          いやあセーター持ってきて良かったあ。荷物が結構重いので地下鉄の階段を避ける為、タクシーでブルックリンのホテルへ向かう。この時期マンハッタンのホテルは信じられない程高くて、とてもとても泊まれません。
          ブルックリンの4thアヴェニュー25丁目なんて一昔前は怖くて(特に夜は)歩けないようなエリアだった。今でもそれ程いい雰囲気になった訳ではないが、夜でもヤバイ感じは全く無くなった。しかもホテルのすぐ近くに美味しいペルーレストランがあった。何を食べても美味しくて連日通ってしまった。そのすぐ手前にも美味しいケバブ屋があって大助かり。反対側にはスーパーも在るし、地下鉄R駅の目の前だし、アメリカの安ホテルの不味い朝食と違って、ベーグルやデニッシュなど割と美味しいパンなどもあって、なかなか良いホテルだった。
          14日はいきなりオフ日という豪華な予定。昼間マンハッタンの楽器屋と銀行で用事を済ませ、どこかでお茶休憩しようかと歩いていたら、次の角で5人編成でストリート演奏をやっているバンドが居た。へえっと思って近づいて行くと、ゲゲッ、アルトサックスを吹いているのは何と小黒さんじゃないですか!
          その昔(40年前)コンソレーションやニューハードというバンドで一緒だった小黒さんとバッタリ。小黒さんとは以前ニューヨークで度々会って食事したり、ライブに来てくれたりしているが、ここ数年会っていなかったので、バッタリ出会うって嬉しい。演奏後コーヒーを飲みながら、いろんな話をして過ごした。その時話題に上がっていたニューハードのリーダー、宮間利之さんがつい先日亡くなった。
           
          1日置いた15日にブルックリンに在るなじみのスタジオ「システムズ2」でデュオとピアノソロのレコーディング。このスタジオは部屋も音もピアノも素晴らしいが、またその仕事ぶりが凄い。時間通りに行くと全ての準備がビシっと用意されていて、全くロスが無い。スタジオに着いて2階に用意されているコーヒーを飲んだら直ぐにスタートだ。午後から始めたが、5時前には終了。
          エンジニアのマックスが直ぐだからと車でホテルまで送ってくれた。ブルックリンのホテルで良かった。
          夕食はやっぱりペルーレストラン。藤井はペルー料理の定番グリーンソースのスパゲッティ、僕は海老料理。どちらもすごく美味しかった。その上安くて幸せ。
          昨日はその店で藤井がヒラメ、僕がアンガスビーフのステーキを食べたがどちらも凄く美味しかった。
           
          16日は午後1時に藤井が電話インタビューを受け、夕方マンハッタンへ。クイーンズに長年住んでる友人とマンハッタンの職場の近くで食事。キューバン・チャイニーズ料理という珍しいレストランだが、とても流行っていてお客さんがいっぱい。「CALLE DAO」という店だが珍しくアペタイザーがイマイチでメインが美味しいという店だった。焼きそば、ビーフステーキ、ポークとキヌワ(キノワ?)の煮込みを3人でシェアー。どれも美味しくてなるほど流行るわけだと思った。
           
          17日は朝から近くのコインランドリーで洗濯。ツアー中の大事な仕事です。
          地下鉄で2駅マンハッタンよりにある「I Beam」へ。ニューヨーク・オーケストラの仕事で夕方5時から8時までリハーサル、8時半からコンサートの予定だ。久しぶりの面々が集まってくる。皆元気そうだ。しかし今回のレコーディングは今までと違って、ドラムのアーロン・アレキサンダーが足を怪我して急遽チェス・スミスに変わり、トランペットのスティーブン・バーンスティンとアルトのブリガン・クラウスがヨーロッパ・ツアー中のため参加できない。今まで奇跡的に不動のメンバーでレコーディングしてこれたが、考えたらそちらの方が不思議なくらいだ。15人の売れっ子ミュージシャンが毎回揃うなんて。
          今回はギターのネルス・クラインにも参加してもらった。
          リハーサルも順調にサクサクと進み、2時間ほどで終了。心配していた夕食も食べる時間ができて良かった。近くのホールフーズというオーガニックスーパーでキノコのスープを食べる。これも美味しい。メンバーの多くが近くのバーで飲んでいるが、こちらの連中は滅多に酔っ払わない。顔も赤くならないし、基本的にアルコールに強いので安心。
          8時半から本番だが、お客さんが入りきれなくて、関係者や聴きに来たミュージシャンは外に居たそうだ。フェローン・アクラフやジム・ブラックもその中に居た。ありがたいことだ。
          演奏は勿論素晴らしかった。みなさん流石です。この晩の演奏はここでレビューしてもらえた。
          https://newyorkmusicdaily.wordpress.com/2016/05/18/satoko/
           
          18日は朝10時からレコーディング。また「システムズ2」に向かう。少し前に到着したが、全てビシッと用意してある。それぞれのサウンドチェックが終わり、1テイク目をレコーディング開始。素晴らしい内容でエンディングへ。
          みんな満足げだ。最初は2テイク録音する予定だったが、もうこれでいいんじゃないかということになり、1テイクだけでレコーディング終了。またまた名盤誕生。
          スタジオを後にして地下鉄でマンハッタンへ。夜はストーンでエレクトロニクスのイクエ・モリさんがキューレートする週間に出演。1セット目はイクエさんと藤井郷子とネッド・ローゼンバーグが演奏する予定だったが、ネッドが都合で急遽できなくなり、他の日に出演予定のデンマークのサックス奏者ロッテ・アンカーが急遽参加。
          2セット目はイクエさん、藤井郷子、僕、ジム・ブラックのカルテット。
          ジムとはあちこちのフェスティバルなどで、よく顔を合わせるのだが、一緒に演奏するのは久しぶりだ。なんと長年ベジタリアンだったジムが今や朝から寿司を食べたり、最近ではステーキも食べるそうだ。びっくり!
          この日も楽しく演奏させていただきました。イクエさん、ありがとう。
          やはりブルックリンに住んでるジムとタクシーをシェアーしてホテルに戻る。
           
          19日は移動日。ホテルを朝7時に出てカーサービスでラガーディア空港へ向かう。そのカーサービスの運転手がまあウルサイのなんの。ほとんど英語が通じないのだが、お構いなしに片言英語で「こっちの道は混んでる、飛行機に間に合わないといけないから高速を避けていくから。あんたらのために。」「あんたら中国人か中国放送入るぞ。」「いや、僕たちは日本人ですよ。」と言っても、こっちの話などお構いなし。空港に着くまでずっと中国語のラジオを聞かされた。
          ヒューストンで乗り継ぎ、夕方5時過ぎにサンフランシスコに到着。BARTという電車でベイエリアに向かう。ダウンタウン・バークレー駅で下車。歩ける距離だが、荷物が結構あるのとキャリーバッグの車輪が具合悪く、うまく転がらないので駅前からタクシーに乗った。場所を言うと、「ええっ?そこじゃあ歩いてもすぐだよ。タクシーなんか必要ないよ」と嫌そうにしながら運転。「結構待ってこんな客かよ」というのが見え見え。ホテルに着き、こちらもちょっと悪いなと思ったからチップを少しはずんだ。運ちゃんコロッと態度が変わって名刺を出して、「タクシー呼びたいときは俺に電話してくれ。すぐ来るから」
          調子のいいこと。
          ベルリンのタクシーは本当に質が高い。おしゃべりではなく、感じがよく、安心して乗っていられる。
          夕食はホテルから2軒隣のヌーベルクイジーン風のしゃれた店に行った。結構賑わっていて、何となくいけそうだった。藤井はスペアリブを、僕はチキンを食べたが、ジューシーで凄く美味しいチキンだった。食後のエスプレッソも美味しくて満足。
           
          20日は夜共演するパーカッショニストのジーノ・ロベアーとランチを食べることになっている。しかしツアー途中から喉が痛い、鼻水が出ると言い始めた藤井がここに来てちょっとダルくもあるから夜に備えて部屋で寝ていることになった。仕方なく僕とジーノだけでランチに出かけた。旨いカレー屋があるんだけど、そこでいいか?というので、カレーは大好きだと答える。行ってみてびっくり。なんだか何かの倉庫のような建物で、だだっ広いフロアに大勢の客がまるで学校なんかの食堂みたいな感じで食べている。最初は凄く小さな店だったらしいが、大当たりして、どんどん店を移って大きくしていき、遂に倉庫か体育館みたいなスペースになってしまったそうだ。
          なるほどこんな雑多な感じなのに味はたいしたものだった。
          帰り道、コーヒーはどうだ?というので「いいねえ」と言ってカフェに寄る。そこのエスプレッソも凄く美味しかった。いやあアメリカのコーヒーも美味しくなったもんだ。昔は茶色いお湯のようなコーヒーがほとんどだったが。しかし僕はあのサラッとしたアメリカンダイナーのコーヒーも結構好きなんだけど。
          夜はバークレーにあるBerkeley Art Centerでコンサートだ。
          具合がいまいちの藤井がサックスのラリーに電話してホテルまで迎えに来てもらうことにした。
          ガランとした感じの会場だが、バークレーの街中で結構良いロケーションに在る。
          1セット目がラリー・オックスsax、スコット・ウオルトンbass、ジョーダン・グレンdrums、のトリオ。2セット目が藤井郷子piano、田村夏樹trumpet、ジーノ・ロベアーdrumsのトリオ。3セット目は全員でやった。ジーノとのトリオの演奏、素晴らしい出来だったみたい。1セット目のミュージシャンや聴きに来てくれていたミュージシャンの良かったという言い方や表情でもそれが確認できる。
          アメリカに行った当初は、アメリカ人のやたら褒めまくるやり方に慣れなかった。まあ口先ばっかりで本当はそう思ってないんだろうって感じられた。でもそのうちにこれは一つの文化であって、あながち悪くもないかと思うようになった。自分のやってる事にあまり自信が持てず不安を感じてる時など、褒められまくると「そうかなあ?こんなんでも大丈夫か、よしよし」という気になってきて、人と違うやり方などでも思い切って踏み込める。日本社会で浮いてたり沈んでたりする人もアメリカだとしっくりと馴染んで暮らせるかも。
          聴きに来てくれていた友人の本田素子さんに車でホテルまで送ってもらう。彼女はピアニストで23日に演奏するロサンゼルスの仕事をオーガナイズしているロッコの奥さんでもある。
          昼間おとなしくしていたお陰か、藤井がだいぶ楽になってきたようだ。部屋に荷物を置いて、真夜中の夕食に出かける。ホテルの斜め向かいにあるアメリカンダイナーがまだ営業している。藤井はホットドッグとオニオンリングを僕はハンバーガーを食べた。しかしここは美味しくないアメリカンダイナーだった。まあハンバーガーはあまり当たり外れがないので、そこそこだったが。
           
          21日は藤井のピアノソロ。バークレーでも山手の高級住宅街にある有名なMaybeck Studioでの仕事。
          行きはきつい上り坂なのでタクシーで行くことにした。午後1時に到着すると感じの良いオーナーのジャックさんが出迎えてくれた。後で聞いた話だが、何年も待ってやっと念願のこの家を手に入れたそうだ。ご存知の方も居ると思うが本当に素晴らしいホールだ。キャパは4〜50人と大きくはないが、アメリカ杉(セコイア)で作られた、美しくて柔らかな響きが素晴らしい。藤井も気持ち良さげに演奏している。お陰様でこのホールの常連さんたちで満席状態だった。演奏終了後、ロバ・サキソフォン・カルテットのスティーブ・アダムスと久しぶりの対面で話がはずむ。折りたたみ椅子を片すのを手伝って、ホールを後にする。帰りはずっと下り坂だし、藤井の体調も随分良くなったのでホテルまで歩いて帰った。
           
          22日今日も移動日。朝9時にホテルをチェックアウトして、タクシーでラリーの家に向かう。6、7分で到着。ラリーが借りてきた車にドラムのウラジミール・タラソフも同乗しロサンゼルスに向かう。朝10時に出発し、途中食事休憩くらいで、6時間かけてLAに到着した。ラリー達が泊まるダウンタウンのホテル前で別れ、タクシーで自分たちのホテルへ。ダウンタウンからは少し離れたところ(この辺りはもうほとんど公用語はスペイン語状態だ)にある安ホテル、スーパ−8だ。チェックインして部屋に荷物を置き、夕食を兼ねBlue Whaleのあるリトル東京にバスと徒歩で行く。
          Blue Whaleに入る前に同じビルの1階下に入ってるレストランに行った。藤井はラーメン、僕はビーフと野菜の炒め物を食べたが結構美味しかった。硬めだけど旨みのある肉だった。
          朝からずっと運転してきたラリーは今夜Blue Whale で演奏。お疲れ様です。車で一緒に来たドラムのウラジミールとサンディエゴに住んでいるベースのマーク・ドレッサーとのトリオだ。マークとは久しぶりに会う。つい先日はニューヨークでジム・ブラックと久々に共演したし、なんだかSatoko Fijii Fourの同窓会みたい。
          帰りは、オーガナイザーのロッコに頼んでウーバーを呼んでもらった。契約しているロッコがスマホを持って通りまで来なくてはいけない。スマホの画面の地図を見せてもらったが、まるでゲームみたいだった。「プリウスが来るそうだ」「あっ、この運転手迷ってる。そっちじゃない右だよ」「ああ一方通行だから回り込んでるんだ」「もう少しもう少し」すると左手からプリウスがやってきた。ロッコにお礼を言って乗り込むと、「水飲みますか?」と聞かれ、「ええっ?いや今水は要りません」と答えたが、後から聞いた話だとネットで乗った感想を報告する項目があって、運転者の評価成績に繋がるからサービスがいいそうだ。ホテルに着いたのでお金を払おうとすると、「いえいえ、料金はもう自動で落とされていただいてます」とのこと。「えっ?じゃあ明日ロッコに返さなくちゃだ」契約者のpaypalで自動で支払われるから、現金の授受はないそうだ。まあ多少チップを渡しても良いそうだが。しかし安い!タクシーの半額から3分の1くらいだ。ウーバーが流行るわけだ。
           
          23日は自分たちがBlue Whaleに出演する日。しかしアメリカの安ホテルの不味い朝食。何とかしてほしい。オレンジジュースも薄めすぎでその上妙な甘みをつけてる。パンもコーヒーも不味い。近くにカフェなど無い所なので仕方なく食べますけど。
          昼食はフロントのお姉さんに聞いて、メキシカンに行くことにした。違う道を入ってきたのかと不安になり、通りがかりの人に尋ねると、「ああこれまっすぐ行ってもあるし、そこの坂下った所にもメキシカンあるわよ」とのことで直進。「なんだか違うなあ、これはメキシカンじゃあないよね」違う道をホテル方面に歩いていくと立派なメキシコ料理屋さんがあった。中に入るとちゃんとしてそう。サルサ、エンチラーダなかなか美味しかった。ちょっと歩いた甲斐があった。
          夕方またバスと徒歩でリトル東京へ。今夜共演するドラムのアレックス・クラインとBlue Whale の近くのレストランでカレーを食べる。アレックスはベジタリアンで、さっき食事してきたからとお茶だけ飲んでいた。アレックスはニューヨークで共演したギターのネルス・クラインの双子の弟さん。大の日本文化好きで、長いこと「茶道」を習っていたそうだ。「お点前頂戴いたします」なんてフレーズを聞いたのは、何年前だろう。
          彼のセッティングなかなか面白くて、フロアタムの代わりにマーチングバンドで使うような大太鼓を持ってきて、その上に小さなシンバルなどいっぱい並べて叩いたりしていた。今夜も楽しく演奏終了。
          楽器をしまったりしてる間にロッコが帰ってしまったので、今日はウーバーどうしようと思ってたら、店のスタッフのツヅキさんが親切に外まで来てくれてウーバーを呼んでくれた。今日はオデッセイだった。もう仕組みが分かったので少しチップを渡す。
           
          24日はLAからベルリンへ。昼頃ホテルを出て路線バスでユニオンステーションにあるロサンゼルス空港行きのバス停まで行く。切符売り場でチケットを買うのだが、現金お断りでクレジットカードしか使えない。世の中クレジットカードが無いと、本当に不便になってきた。
          あとはAir Berlinでデュッセルドルフ経由でベルリンに到着。しかしこのAir Berlin、座席が前の席とやたら近くないですか?限られた空間に詰め込めるだけ詰め込もうという魂胆ですね。トイレの数まで少ない。
          デュッセルドルフでの入国はすごく楽で全く何も訊かれず、スタンプ、ポン。
          ツアー、お疲れさまでした。
           
           
           
           
           
           
           
           
          | ツアー日記 | 00:30 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          ジャンル
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            ジャンル
            by 藤井郷子
             
            職業を聞かれ、音楽家と答えると、大抵「まあ、素敵!何の楽器ですか?」と聞かれる。次に聞かれるのが、一般的には音楽のジャンルだ。うろたえながらジャズと答えると、皆さんラウンジやバーでの演奏を想像されるようで、「ぜひ、聞かせていただきたい」とおっしゃる。なんか、騙しているみたいで悪くて、「あ、すみません。ジャズと言っても、お酒や食事がおいしくなるような種類じゃないです」「????」「どちらかというと、アヴァンギャルドです」もう、想像できる範囲から完全に出てしまったみたいで、「楽器のできる方は憧れです」なんて言われて、会話は終わる。
             
            音楽のジャンルを聞かれて、疑問もなく「ジャズ」と答えられていたのは、もう20年くらい前までだ。私はクラシック音楽の不自由さに嫌気がさし、ジャズの多様な表現と常に形を変えてきたバイタリティーや活力に憧れ、ジャズ音楽家を目指した。ジャズの持つ自由さと一種の反骨精神に心惹かれ、自らをジャズ音楽家と位置付けたいと思っていた。実際に活動を始めてみると、こちらが、ジャズと言うと、それはジャズではないと否定されることが少なくなかった。中には、半ばお怒りになってらっしゃるジャズファンもいた。1990年代にはジャズファンだけではなく、ジャズ音楽家の中にも、ジャズを一つの伝統音楽として形付けようとする動きも出てきた。そのスタイルに収まらなければ、ジャズではないという考え方だ。そうなってくると、こちらもだんだんジャズでなくて結構です、という気になってきた。形に収まらずに常に形を変化させることは、むしろジャズの伝統だ。この雑食性の高い表現は常に多くの民族音楽の特性を組み込みながら、形を変えてきたし、止まることもなかったはずだ。私はそれがジャズの王道だと信じている。正装して「伝統音楽」を演奏することを、否定してジャズ音楽家になった私としては、正装することもジャズを止める一つの表明と思えて、Tシャツでステージに立つ。まあ、大汗をかくので、洗濯が楽な服装の方が現実的ということもあるが。
             
            越境することは、国境でも音楽のジャンルでも、私にとってはいつも魅力がある。民族音楽の音楽家やロックや実験音楽の音楽家と共演することも少なくない。私が知っているロックミュージシャンたちは、ジャンルを聞かれると何の迷いもなく「ロック」と答える。私の持っているジャズへの複雑な思いなんか、彼らがロックと答える時には微塵もない。誇らしげであり、それは音楽だけじゃなくて、生き様まで答えているようだ。正直、とても羨ましい。
             
            ヨーロッパのクラシック界では、東洋人の演奏家たちが多く、日本の角界では、日本人以外の力士が増える。日本人なのにジャズをやっている私は、そういうのは大いに結構なことだと思う。クラシックが、相撲が、ジャズが、ドメスティックではなくインターナショナルになったわけだ。日本人だからって、邦楽だけやっていなくていいわけだ。今や、多くの選択肢がある。日本人のシェフがイタリアでイタリア料理のレストランをやる時代だ。文化はそうやって豊かになってきたのではないか?
             
             
            | エッセイ by 藤井郷子 | 21:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            2015年Tobira北米ツアー
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              by 藤井郷子

              11/14
              朝はホテルの朝食。アメリカの安いチェーンのホテルに泊まると、ほとんど必ずあるワッフルを作る焼き器。たこ焼き器みたいな電化製品で自分でワッフルを焼き、オレンジジュースにベーグルにコーヒー。ホテルのシャトルで空港に向かい、空港でランチにしてから、地下鉄で共演者ジョー・フォンダ宅に向かう。ニューヨークもベルリンも東京の地下鉄のように、オンタイムで頻繁に運行しているわけではないから、移動には余裕を持たないと遅刻する。この日も十分余裕を持たせたつもりなのに、ギリギリになってしまった。ジョーのアパートでエスプレッソを一杯ごちそうになってから、彼の車で今夜演奏するコネチカット州ミドルタウンに向かう。会ったこともないのに、共演を申し出てくれたジョー、噂通りの気さくでオープンなイタリア系おじさん。2時間弱のドライブ中も常にこちらに気を使ってくれて、話がはずむ。
              今夜の会場は、本屋の小さなホール、様々な文化的催しをしていて、今夜はジョーが定期的に組んでいるフェスティバル。私たちの他に、アラン・チェースとドミニク・イーダのデュオ、ジミー・グリーンのサックスソロと3セット。アラン・チェースは、私のニューイングランド音楽院時代のアンサンブルクラスの先生だったので、20年ぶりくらいの再会だ。ジミー・グリーンはお会いしたことはなかったが、共通の友人がいて、コネチカットの小学校乱射事件で、お嬢さんが犠牲になったとの話を以前から聞いていた。ジョーとのデュオを1セット一曲のインプロ。ジョーの演出で、最後に田村が客席後方から吹きながら登場。これが、結構効果的だった。インプロでの初共演は常に刺激的だ。その緊張感もあって、気持ち良い演奏になった。小さな町だが、優秀な大学があるせいか、知的に洗練されているという印象の観客も多いに楽しんでくれた。
              演奏後は、ジョーの車でダイナーに夕食に行く。時間も遅いので、チリコンカルネとイングリッシュマフィンのトーストだけで、軽めに済ます。
              ホテルまで、ジョーに送ってもらう。ジョーはこの街に長く住んでいたことがあり、ここでワダダ・レオ・スミスと会い、ブラクストンと共演を始めた。その後ニューヨークに引っ越したが、お嬢さんが住んでいて、今夜はそこにお泊まりとのこと。
              ジョーに車でホテルに送ってもらい、翌日朝食を一緒にしようと話し、別れる。
               
              11/15
              ジョーの車で街に朝食を食べに行く。カウンターだけの店でアメリカの典型的な朝食。アメリカンコーヒーをガブガブと飲み、私はサニーサイドとイングリッシュマフィンのトースト。常連さん達皆知り合いという感じで、くつろいだ温かい雰囲気。ホテルにいったん戻り、荷物を整理して、今日の公演地、メイン州のポートランドに向かう。
              今日の公演地、メイン州ポートランドに向かう車でミンガスを聞いたり、ヘンリー・スリッドギルを聞いたり。ワダダ・レオ・スミスのとてもおもしろい「間」のコンセプトの話も聞く。アメリカのミュージシャン、オーネットやワダダ・レオ・スミスやヘンリー・スリッドギル、皆独自の理論やコンセプトを持っている。昔どこかで日本の芸術はその理論の確立が希薄なために、ヨーロッパの芸術のような発展、展開をできないという意見を聞いたことを思い出した。聞きかじったワダダ・レオ・スミスの「間」のコンセプト、音と音の間の無音の部分を泊数ではなく、フレーズで感じるというのは、日本の「間」の感覚に近い気がする。勝手に解釈して即興で試すと今までとは違ったものが感じられてとてもおもしろい。
              携帯電話のGPSを頼りに、ポートランドのオーガナイザー、ポールの家に着く。彼とは長い付き合いで、5ヶ月前にもKAZEで来ている。ポールはポートランドで高校生等を対象に夏のミュージックキャンプを行っている。ここから輩出したミュージシャンは、デヴィン・グレイ等、もう一線で活躍している。みんなポールのことを慕っていて、コンサートでポールの写真のTシャツを売っているくらいだ。
              コンサートは町の教会で、今日は2セット。1セット目はジョーとのデュオ、2セット目は田村も加わりトリオで行う。ポールが育てたのはミュージシャンだけでなく、熱心な聴衆もだ。いつもここでは気持ち良く演奏させてもらう。
              終演後は各種のビールを置いてあるレストランで、ビールと軽食。私はカニ肉サンドをいただく。ここは、オマールロブスターの産地。ロブスターレストランに行けないのは、残念だった。
               
              11/16
              朝、ホテルから空港までジョーに送ってもらう。11時過ぎのフライトなので、9時には空港に着くように、8時半にホテルを出た。空港で朝食を済ませ、今日からまたTobiraでのツアーの続きだ。ポートランドからニューアーク空港まで南下し、乗り換えてバッファローまで北上する。行ったり来たりだが、それが一番効率的で安価な航空券。バッファローの空港でニューヨークから別便で先についていたトッドと井谷と合流する。主催者の迎えの車で、ホテルに。会場はポップシンガーのアニー・デフランコが所有するビルにある、小ホール。ここでは、私と田村は7、8年前、ラリー・オックスのバンドで演奏したことがある。コンサート前に近所のメキシコレストランで食事をする。
              主催者のスティーブは本人もサックス奏者で、コンサートを自らとても楽しんでくれた。今日も熱心な聴衆に来てもらって、存分に納得のいく演奏が出来た。終演後は控え室でスティーブが持ってきてくれたビールをいただく。北米の最初のコンサートが無事に終了。
               
              11/17
              スティーブの迎えでホテルから空港まで。今日はニューヨークでの演奏。バッファローからJFK空港に飛び、トッドは自宅に、田村、井谷、私は地下鉄でマンハッタンのホテルに向かう。今回のニューヨークの宿はマンハッタンのユニオンスクエア〜近くにある安宿。いつも安宿だけど、今回はさらに凄い。リノベート中で、きっと改装後は、極端に高いホテルになるんだろう。ニューヨークのホテル料金やアパートの賃貸料の高さは、とんでもない。誰がこんなところに住めるんだろうと思うくらい高いが、それでも住んでいる人がいっぱいいるんだから、お金持ちがいっぱい集まってきているっていうことだろう。ホテルチェックイン後、用意をして今夜のブルックリンの会場に向かう。地下鉄Fラインで乗り換えなしで行ける。ブルックリンの自宅から来たトッドと待ち合わせて、近所で夕食。私はシーザーサラダをいただく。アメリカはサラダが極端に美味しい。しっかりと水切りした新鮮な生野菜にしっかりとこだわりのドレッシングを絡めてある。
              今夜の会場は友人知人が多いニューヨークということもあり、古い友人も含めたくさんの人にいらしていただいた。なんと、ステージより客席の方がミュージシャンが多くて、さすがニューヨーク。ステージ上もいつもとはちょっと違う雰囲気だ。
              北米ではオフは明日18日だけなので、昼間打ち上げをやろうと約束して、トッドは自宅に、田村、井谷、私はマンハッタンのホテルに帰る。
               
              11/18
              お昼11時半に大好きな中華料理屋で打ち上げ。トッドの奥さんのみなこさんも来てくれて、会食。昼間なので、誰も飲まずにひたすら食べました。
              夜は、トッドはビジョンジャズフェスティバルの仕事をしているので、そのオーガニゼーションのパーティーの仕込み、井谷もそのパーティーに出かける。私と田村はニューヨークの旧友と会食。イーストビレッジのお寿司屋さんに出かける。久々に美味しいお寿司と日本酒をいただいて、大満足でホテルまで歩いて帰る。
               
              11/19
              今日は、私だけオフ。メンバー3人はマンハッタンのコアなCDストア、ダウンタウンミュージックギャラリーでインストアライブ。ホテルをチェックアウトし、荷物を預けてから田村、井谷、藤井でランチ。夕方まで、どうしようかと話し、お土産をミッドタウンのデパート、メーシーズまで買いに行こうということになる。雨が降り始める中、歩いてメーシーズまで。買い物が済んで、外に出たら、デパートの前にポリスが3人、機関銃の引き金に指を置いて立っている。数日前のパリでのテロを受けての警戒だとは思うが、なんとも嫌な感じ。2年ほど前にモスクワに行った時、ショッピングモールに警官が銃を持っていてとても嫌な気分になったことを思い出す。
              ホテルまで荷物を取りに歩いて行くが、降りがどんどんと激しくなってきている。途中、雨宿りがてらコーヒーを飲みにカフェで一休み。ホテルで荷物をピックアップしてからタクシーでチャイナタウンにあるダウンタウンミュージックギャラリーに向かう。トッドは、ブルックリンから地下鉄でベースを持って大雨の中、やってくる。田村、トッド、井谷トリオの演奏はものすごく楽しくて、Tobiraでの演奏とはまったく違う音楽を、存分に楽しませてもらう。アンサンブルはコンビネーションだ。田村、トッド、井谷のそれぞれ違う個性が上手く作用しているようだ。終演後は田村、井谷と私で近所のカフェで待っている間にトッドは地下鉄でマンハッタンの知人宅にベースを預かってもらいに行き、カフェに戻ってくる。みんなでそこで夕食。これまた美味しい店で、私はエビのボドカピンクソースのエンジェルヘアパスタ。大雨の中を大荷物を抱え、タクシーを拾いペンステーションに移動。ペンステーションからニュージャージートランジットでニューアーク空港に行き、そこからエアトレインでP4駅に、さらにそこからホテルのシャトルバスで、エアポートホテルに向かう。今夜の宿は、明日からニューアーク空港近くのレンタカーを借りての移動になるので、全員でエアポートホテルをとった。空港ホテルでは一番安価なホテルをとったが、昨日までのマンハッタンのホテルに比べると、高級ホテルに思える。そう思えるのが、ありがたいということかもしれない。
               
              11/20
              ホテルを10時のシャトルバスで出て、エアトレインを乗り換えてレンタカー事務所に向かう。今日、明日、明後日の移動はレンタカー。ドライバーはトッド、田村、井谷の3人を登録。私は免許はあるが、もうずっとペーパードライバー。だいたい運転は嫌いなので、最初からやりませんと宣言してある。車はクライスラーのスタンダードサイズ。カリフォルニア出身のトッドは実は運転好きだそうで、こういう人がいると大助かりだ。ニューアークから1時間半で今夜の公演場所、コネチカット州ニューヘヴンに着く。まずは、私の大好物のアサリのピザを食べにフランク・ぺぺというピザ屋さんに直行。このバンドでは昨年もこのニューヘヴンのクラブ、ファイアーハウス12で演奏したが、その時もここで食べました。前回は4人でミディアムサイズ3枚で多すぎたからというので、ラージ1枚とミディアム1枚を注文。なんとか全部平らげたが、全員満腹で会場でサウンドチェック。
              ファイアーハウス12はレーベルも保有するクラブで、会場は実はレコーディングスタジオ。素晴らしいコンディションのスタインウエイのフルコンがある。名前で分かるように、もともとは消防署のレンガ造りの大きな建物をリノベートして、地下がバー、1階は会場、2階はロフトでアーティストが滞在できるようになっている。どこもかしこも全く妥協せずにリノベートしたというセンスで、一生のうちに一回くらいはこんなところに住んでみたいものだと思う。
              サウンドチェック後、2階でしばらく休憩。そのあと、本番前に食事と思ったが、まだピザでみんな満腹。かといって、演奏後は美味しいレストランはほとんど閉店というので、近所の「味噌」というお寿司屋さんでテイクアウトしようということになる。「味噌」は昨年も行った店で、ここのアメリカン寿司はとても美味しい。
              アメリカ有数の名門大学、エール大学の街だが、昨年演奏した時には学生は一人も来てくれなかった。今年は、学生らしき人も来てくれて、会場は満席。ツアーは大抵そうだが、今回も日数を重ねるほど、演奏が自由でタイトになってきていて、充実してきている。2セット、気持ちよく演奏して、楽屋で階下のバーから持ってきたビールと寿司のテイクアウトで乾杯。今回のツアーは、明日のニューヨーク州トロイを残すのみとなった。
               
              11/21
              トロイまで2時間くらいのはずだが、念のために早めに午前中に出発する。携帯のGPSを頼りに、今夜の会場に着く。トッド以外は初めての街。雰囲気はちょっと荒んだ感じ。会場の界隈は特に寒々した感じだ。主催はこの会場を運営する、インデペンデントのフィルムメーカー。インデペンダントだからこそできるドキュメンタリーフィルムとか作成していて、元教会の建物には、数々の最新の映像機器が並び、後進の指導も行っている。今夜のコンサートは6台のカメラを回すとか、驚くような映像を作るからと、張り切っている。会場でステージのセッティングとサウンドチェックを行う。以前はこの会場にはピアノがなかったらしいが、なんと寄付してくれる人がいて、今ではどんとグランドピアノが置いてある。
              サウンドチェック後は車で今夜の宿となる家に向かう。この家もこの団体がアーティストステイのために所有していて、ハドソン川を前に臨み、夕日が見事と聞いていたが、残念ながら曇ってしまった。
              運営もインデペンデントで、夕飯は会場の地下にあるキッチンで手間暇かけた料理を大きなテーブルでみんなでいただく。どれも外食ではありえない、優しい味で、ツアー3週間の疲れがとれるようだ。
              演奏はステージの上までカメラがいるという普段では考えられない環境で、正直最初は落ち着かなかった。カメラが近くに来るとやっぱりどうしても気になる。それでも2曲目くらいから、だいぶ慣れてきて、このツアー最後の公演、思い切り演奏させてもらった。演奏に関しては言葉でなかなか書けないので、食事のことばかり書いてきてしまったが、もちろん演奏できるからこそ、大変な準備もきつい旅程も乗り切れてきた。演奏することで、共演者と聴衆と深いところで共感できるから、やめられずにやり続けている。
              演奏後は、車でスーパーに寄って、ビールとつまみを買い込み、宿の家で打ち上げ。みんな、本当にお疲れ様でした。いつもより楽な旅程とはいえ、日本から出発して南米までの長いフライトや、大雨の中、ベースを持って地下鉄駅から長いこと歩いての会場への徒歩移動。どうもありがとうございました。
               
              11/22
              車でニューアーク空港に向かう。田村と私は6時過ぎのフライトでベルリンに、井谷は翌日の日本へのフライトのためにニューアークのエアポートホテルでもう一泊、トッドはニューアークから電車でブルックリンの自宅に。トロイから2時間ちょっと、今日はトッドだけではなく井谷も運転。しかもアメリカ人のトッドに言わせてもややこしいニュージャージーの道を迷いながら、空港のレンタカーオフィスに、車を返却してから、エアートレインでターミナルビルに向かい、高いまずいの空港レストランでみんなでランチ。
              来年はどこに行こう、なんていう話をしながら、誰も病気にもならず、怪我もせずに無事にツアーが終了したことに感謝。その上、音楽的にも大満足で幸せいっぱい。
              お疲れ様でした!
               
              追記1、井谷の北京経由羽田行きの翌日のフライト、ニューヨークから北京行きが1時間遅れた上、北京から羽田が欠航。北京で一泊というオチがついちゃいました。空の旅は怖いです。
               
              追記2、ブエノスアイレスジャズフェスティバルの演奏会場に、キンケラ・マーチン美術館のディレクターがわざわざ届けてくれた、美しい絵画のコピー。どうして、こんなプレゼントが、と不思議に思っていたが、北米ツアー中に南米のマネージャーのシルヴィーナからメールが来て、謎が解けた。私が新聞のインタビューで美術館の素晴らしい絵画のことを語り、その記事を読んで、ディレクター自ら会場にいらしていただいたという事だった。
              http://www.lanacion.com.ar/1844229-una-pianista-entre-bill-evans-y-el-heavy-metal
               
               
               
               
               
              | ツアー日記 | 00:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              2015年Tobira南米ツアー 2
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                by 藤井郷子

                11/6
                リベイランプレトはポルトアレグレより北に位置するので、ずっと暖かい。朝から30度近くある。ベルリンの冬モードだった体が溶けていくようで、すっかりリラックス。非常に体調が良好。朝ごはんはホテルで、昼はロビーで待ち合わせてみんなで近所のベジタリアンレストランに行く。台湾人がやっている店は、アジアフレーバーのバイキングスタイルで、好きな料理を好きなだけ取って、重さを測り重量で料金を払う。結構どれも美味しかった。
                ホテルに戻り、ちょっとゆっくりしてから、サウンドチェックは5時から。今夜の会場はブラジルの国からやっている文化スポーツセンター。コンサートのチケットは安価で国が助成している。サウンドチェックは1時間で終わってしまった。8時半からのコンサートにはたくさんの人たちが来てくれて、場所柄、音楽ファンだけに限らない人たちにも聞いてもらえて、嬉しかった。今夜はもっとインプロの多い曲のプログラムにした。
                終演後、メンバー、エージェントのシルヴィーナ、ブラジルのマネージャーのアナと、アナの見つけたレストランに行く。アウトドアの大きなレストランは、ウエイターも民族衣装のブラジル料理の店。ここで食べたブラジル料理が圧巻に美味しかった。エビと白身魚を使ったココナツミルクの料理はちょっとタイ料理のよう。その他にスペアリブや、マッシュドポテトとビーフを重ねてオーヴンで焼いたもの、チャーハンのようなライス料理、みんな美味しかったです。ブラジルの美味しい料理を紹介したかった、アナは誰よりも嬉しそう。美味しい料理といい音楽は、人生には必須です。
                 
                11/7
                今日もコンサートのない移動のみの日。信じられないくらい楽なスケジュールだ。朝11時にホテルロビーに集合して、車で空港まで。そしてまたサンパウロまであの不思議なプロペラジェット機で向かう。どんな楽なツアーでも、予期せぬ出来事で過酷なスクジュールになる時もあるから、眠れるときはひたすら眠る。機中では、私は離陸知らず着陸知らずで寝る。眠れない人も多いから、眠れるのはラッキーな体質だ。あっという間にサンパウロ。今日はここでブエノスアイレスへの乗り継ぎで5時間以上時間を潰さなくてはいけない。ドメスティックのターミナルからインターナショナルなターミナルに移動。ありがたいことに5時間前でもチェックインできて、重たい荷物から解放される。ブラジルのマネージャー、アナとはバイバイして、メンバーとシルヴィーナと一緒に空港の寿司屋に行く。回転寿司もあるが、時間が長いので、居心地の良さそうなテーブルに着く。メニューは、日本人の想像を超える内容。私はしめじを揚げた寿司、サンドライドトマトとルッコラとチーズの寿司などをとる。多くの日本人はこういう寿司もどきに顔をしかめるが、食べてみると結構美味しい。常識にとらわれない新しい文化的試みは、まさに私たちの音楽と同じで、私はむしろ共感を覚える。もちろん、日本のトラディショナルな寿司も大好きですが。アルゼンチンの選挙がもう直ぐなので、政治の話になる。政治家はどこの国でも同じ、直近のことだけで先のことを考えないらしいという結論に落ち着く。せっかくの農業国なのに、後々大きな財産になるであろう自然農法での栽培は考慮されていなくて、直ぐにお金になる農薬を使いまくる農業や遺伝子組み替えにポイントが置かれているらしい。本当に世界中、同じみたいだ。話していてアルゼンチン人と日本人とアメリカ人ですっかり暗澹たる気分になる。
                コーヒーでも飲みましょうと、場所を変えてカフェでさらに時間つぶし。ネットが繋がらないのが辛いが、その分のんびりできる。メンバーは夜7時過ぎのフライトでシルヴィーナは8時過ぎのフライトでブエノスアイレスに向かう。
                時差は1時間、このフライトも眠り続ける。到着後は入国審査。ちゃんとビザもとってきているのに、やたらに時間がかかる。この国はブラジルと違って、かなり神経質に入国審査をしているし、すべての外国人の指紋と写真を撮っている。何かを恐れているのかな?と漠然と感じる。入国後にバッグをピックアップ。その後さらに荷物すべてをX線の機械を通すというのも、他の国ではあまり見たことがない。ようやく出口に出ると、フェスティバルの迎えの可愛いお姉さんがにこやかに迎えてくれた。
                車でホテルに。チェックイン後にホテル近くのレストランに向かう。日本のアルゼンチン大使館領事部でビザを取る時に、その治安の悪さを散々聞かされたので、気分としてはホテルから1ブロック歩くのもサファリパークを無防備で歩く気分。連日ビーフばかりだったので、みんなで軽めにポーク、スパニッシュオムレツ、かぼちゃのマッシュを注文してシェア、ビールで乾杯。大きなレストランはとても賑わっていて、雰囲気も良かった。
                 
                11/8
                ブエノスアイレスでの仕事は11日と12日、それまでの間は他の町の仕事が取れなかったので、連日オフ。これも、普段のツアーではなかなか無いことだ。まあ、せっかくここまで来たのだから、たまには観光。実は私はこれが一番苦手。どうしたらいいかわからない。ブエノスアイレスジャズフェスティバルに昨年出演して、ブエノスアイレスに精通している東京オケでの共演者、早坂さっちゃんにメールして助言を仰ぐ。ありがたい事にすぐに返事が届く。オススメの店や美術館、エリアを教えてもらう。シルヴィーナからの情報も合わせて、ネットであれこれ調べて、ホテルから徒歩で行けるサンテルモとタンゴ発祥の地区、カミニート、そしてカミニート近くにあるキンケラ・マルティンの美術館が面白そう。
                ホテルのフロントで相談したら、カミニートは歩いて行ったら危険な地域だから、タクシーを勧められる。ネットではタクシーもすべて安全なタクシーとは限らないとあったので、それを話すと、安全なタクシーの見分け方を教えてくれる。カミニート、ボカ地区にまずタクシーで行く。車の中から周りを見ていると、見るからに治安のよろしくないところを通過。
                ボカ地区のカラフルな街並みも楽しかったし、タンゴ発祥の地、カミニートでそこら中でタンゴを踊っているのも面白かったけれど、なんといってもキンケラ・マルティンの美術館が圧巻だった。その構図と色合い、カンバスからはみ出すような力強さには感服。絵画も音楽も表現という意味では同じ。ものすごいエネルギーをもらった気分だ。はっきりと彼の独自のスタイルを確立していて、それがまた一貫した主張を持っている。美術館には他の画家の作品もあったが、彼の作品と比べると色あせるような感じだった。
                ランチはさっちゃんオススメのチョリパン。これも結構なボリュームでした。タクシーでサンテルモに向かう。日曜日でマーケットが出ていて、ここまでしか行けないとタクシーを下される。え〜〜〜〜、ここでおろすの???という感じの通りで、道にたむろしている、やばそうなお兄さんの間を通り、マーケットに急ぐ。まあ、こちらは4人連れでしかも日本人ばかりではないので、完全なイージーターゲットというわけではない。歩いても歩いても続くマーケットはものすごい多くの人で賑わっていて、これもバッグを抱きしめながら緊張しながらの散策。ホテルまで歩いたら、すっかり疲れる距離でした。
                夕食は近場で済ませようと、近所のなんでもあるようなレストランで、私はサラダ、田村はピザ、トッドと井谷はパスタ。ピザのチーズの量にびっくり。なかなか軽めの食事は難しいところです。
                慣れない観光で疲れ切った1日でした。
                 
                11/9
                今日も、雑誌と新聞のインタビューとラジオ出演のみ、演奏なしのスケジュール。私たちの通常のツアーでは考えられないような、のんびりスケジュール。昨晩、さっちゃんの紹介で連絡したブエノスアイレス在住の日本人ご夫婦が、アルゼンチン北部の料理のランチを誘ってくださった。
                ホテルからそんなに遠くはないところにある、雰囲気のいいレストラン。野菜や豆の煮込み料理とトウモロコシの皮で包んだ蒸し物は、連日肉料理で疲れていた胃腸には何より。しかもみんな優しい味がして美味しい。定年退職されてから、それまでも何回も訪れ、魅了されたブエノスアイレスに引っ越してこられたというご夫婦に、ブエノスアイレスのお話をいろいろと伺う。音楽にも精通されていて、こちらのシーンについても教えていただいた。話が弾んで、そのあとは楽器店街を歩きながら、私が2、3年前からお付き合いのあるCDストア、Minton’sに向かった。インターネットで2、3年前にCD注文をいただき、店頭に私のCDをたくさんディスプレイした写真をfacebookにあげてもらった、コアなお店。立ち寄ったら、とても喜んでくれた。ニューヨークにダウンタウンミュージックギャラリーという、小さいけれど世界中の面白い(私が思うところの)CDばかり売っている店があるが、Minton’sはそのブエノスアイレス版だ。このお店によく来る音楽ファン、みんな職業はまちまちだが、音楽で繋がっている仲間で、明日は私たちをアサード(バーベキュー)に招待してくれるという。またまた「肉」だ!
                夜は私と田村は10時からのラジオ番組に向かった。インデペンデントなFM局は、古いがやたらにかっこいい建物に入っていて、みんなワインを飲みながらやっている。やたらにハイパーなコマーシャルなラジオ番組とは違い、好きなものを取り上げて放送するというスタンスが居心地よく、ほとんど友人宅に遊びに来てくつろいで話している感じ。すっかり話し込んでしまい、時間が足らなくなってしまった。番組担当で自らも放送で話しているマーチンは、全ての私たちのコンサートに来てくれるという。ホテルに戻ったのは夜中12時過ぎ。井谷とトッドは昼間食事に連れて行ってくださったご夫婦に、ミロンガに連れて行ってもらっていて、不在。オフの日も、盛りだくさんで、ホテルに戻ったら、早速休みました。
                 
                11/10
                今日もまだオフです。でも、今日からはフェスティバルが始まったので、フェスティバルがランチとディナーを提供してくれます。
                1時に、ホテルロビーでフェスティバルの私たちを担当してくれるカミーナというスタッフと会い、レストランまで徒歩で10分。なんとスウェーデン大使館に入っているレストラン。どうやらスウェーデンが、ブエノスアイレスジャズフェスティバルに協賛しているという事。スウェーデン料理ばかりではなく、私はガスパッチョにキノコのリゾットを頂きました。ディナーはアサードに招待されているので、軽めのランチと思っていたのに、あまりの美味しさに完食。ホテルに戻り、明日明後日のフェスティバルでの忙しい仕事の準備。明後日は午前中に90分の即興演奏のワークショップもあるので、作戦を練る。ソロの内容もどうしようかと思案。
                夕方、井谷の友人でブエノスアイレス在住の日本人ケーナ奏者とコーヒーブレイク。ホテル近所のとても渋いカフェに連れて行ってもらった。カウンターだけの店に70歳以上のおじいさんばかりがコーヒーを飲む、やたらに落ち着く店。どうケーナと出会ったかなど、興味深いお話を伺い、楽しい時間を過ごす。
                夜は私のCDを大量に持っているというありがたいファンの方のお宅でのアサードのパーティー。CDストア、Minton’sに行き、そこからMinton’sのオーナーの車とタクシーに分乗して車で走る事40分。一戸建てが並ぶ住宅街に私たちのほかにも続々と総勢18名の音楽ファンが募っての大パーティー。庭にはプールもあり、その脇にある炭火焼き用の大きなバーベキュー焼き器にはすでに大量のビーフとスペアリブが並ぶ。ルーツはモロッコという事もあり、クミンを使った味付け。最高の肉と赤ワインというだけあって、止まらないくらいに美味しい。奥様はベジタリアンとの事で、サラダとトルティーヤ(スペインオムレツ)もこだわりの美味しさ。おじさん、すっかり酔っ払われて、ステレオを大音量でかけながら、うちのピアノを弾いてくれと。こちらもピアノ弾きなので、宴会席ではちょっと弾くわけにはいかない。「井谷くん、およびみたいよ」と押し付けちゃったら、ピアノの前に連れて行かれたらしい。「お疲れ様でした」でも、実は井谷は翌日のコンサートで本当にピアノを弾きました!!
                イタリアやスペイン同様、ディナーは10時すぎからというアルゼンチン、夜中1時でもまだまだ盛り上がったまま。ステレオの大音量と屋外のパーティーの騒ぎで近所から苦情がこないのかと、こちらの方が心配になったが、ラテンの方々にはこれは通常のようだ。途中、シルヴィーナが気を使い、いつでも帰りたくなったら言ってね、と。明日もあるし、そこで、私たちは失礼した。帰りは用意してくれたカーサービスでホテルまで。あの後、まだまだ盛り上がっていたのかなぁ? 集まった音楽ファンの中には、スーツで来た弁護士さんもいて、明日の仕事はどうなるかと余計なお世話の心配までする晩だった。
                 
                11/11
                今日からようやく仕事。今日のランチは車で夜のコンサートの会場近くの雰囲気のいいカフェ。もうとにかく肉以外、私は白身魚の料理をいただく。隣のテーブルのおじさんが、同じ魚料理を食べていて、「美味しいですよ」と日本語で。昔、東京理科大で物理を教えていて、杉並区に住んでいたそうで、今はボストン在住、タンゴに魅せられてブエノスアイレスに時々来られるというお話。
                美味しいランチの後は、そのまま会場でのサウンドチェックに向かう。以前は工場だったという大きなホール、音響もなかなか良くて、気持ち良く演奏できそうだ。サウンドチェックを済ませ、ホテルに戻る。夜の本番まではホテルで休憩。
                夜、ホテルから会場に行き、出演時間を待っていたら、びっくりすることが起きた。スタッフのカミーナが控え室に「キンケラ・マーチン美術館の人がプレゼントを渡したい」と言って来ているという。へ?なんで??美術館の方は英語を話されないので、カミーナが通訳してくれたが、「ようこそブエノスアイレスに。キンケラ・マーチン美術館からのプレゼントです」と紙袋を渡してくれた。中には、キンケラ・マーチンの力強い作品のB5大のプリントが5枚、それに美術館のカタログとスペイン語でのお手紙。どうしてだが未だに謎なのだが、本番前にさらに気持ちが高揚するような出来事。何しろ、数日前にキンケラ・マーチンの作品に心を動かされたばかりだ。
                PAのスタッフも素晴らしくて、とても気持ち良く思い切り納得のいく演奏をさせてもらった。この1時間超のコンサートのために数ヶ月前から山ほどの書類や、メールのやり取りをしてきた。でも、その手間や面倒、すべて足しても、演奏する喜びの方がずっと大きい。もちろん、それだから続けているのだが。
                演奏後は近所のピザ屋に行ったが、徒歩でも5分で行ける、そのレストランに車で行く。治安の良くないエリアなので、フェスティバルはトラブルを恐れているようだ。フェスティバルが用意してくれたディナーは又やステーキ。連日、ステーキでかなり疲れてきたが、肉をグリルしたものは、揚げ物や化学調味料まみれの料理より消化が良いみたいで、体調は崩していない。車の迎えを待ってホテルに戻り寝たのは3時近く。翌日は朝が早いので、早く寝たいが、夕食直後で眠れない。私たちは、普通演奏前に夕食で、演奏後はビールくらいなので、遅い夕食には参っている。
                 
                11/12
                今日は大忙しの日だ。朝9時45分に迎えの車が来て、昨晩とおなじウシナというホールの小ホールでのワークショップに向かう。即興のワークショップということで、参加者はほとんどミュージシャン。会場には楽器も用意され、参加者も楽器持参で来ている。私は教育者ではないので、自らの体験でしか話はできない。私が考える、音楽の作り方、即興の手がかりやアプローチなどを話しながら、少人数のアンサンブルで10分と時間を決めて、実際に即興してもらう。英語でも大丈夫という話だったが、フェスティバルは英語とスペイン語の通訳を付けてくれた。たっぷり90分、私自身も音楽や即興を普段とは違う角度から考えられて、とても面白かった。もともと行為や作品をアナライズするのは好きなので、このワークショップ自体もとても楽しめた。
                12時半のワークショップ終了。ホテルで待っている田村、井谷、トッドと合流して、今日のランチはこれまた肉。初日に来たホテル近くのアサードのレストラン。フェスティバルが用意してくれたランチメニューから、私はウインナシュニッチェル(チキンのカツ)をいただく。ビーフからは逃げられたが、まだまだ肉が続いている。ランチの後、部屋に戻り1時間弱で今度は5時からのソロコンサートの会場に向かう。南米に着いてからずっと天気に恵まれていたが、雨が降り始める。マネージャーのシルヴィーナはコンサートの時はいつもおめかししてくる。ステージに立つミュージシャンより綺麗にドレスアップ。会場はホテルの前にあるテアトロ・コロンの小ホール。ここの大ホールは世界で3つの美しいホールの一つに数えられているということで、ブエノスアイレスの人はみんな誇りにしている。会場の内装とシャンデリアは観光で来てもいいくらいに美しく、会場に入るのも、身分証明書がいるくらいの警備。見た目だけでなく、音の響きも素晴らしくて、昨晩のスタインウエイのフルコンより、こちのヤマハのフルコンの方が美しく聞こえる。今回のソロで演奏する内容は当日会場に入るまで、インプロにするか楽曲も演奏するか散々迷ったが、響きを聞いて弾きなれた楽曲がどんなサウンドになり、それが演奏自体にどう影響するのか興味が湧き、楽曲も織り交ぜることにする。楽屋では寝不足で眠たいし、朝からのスケジュールで疲れ切って鏡の前で居眠りしている隣で、シルヴィーナが念入りにメークしている。
                入れないお客さんもいるくらいの満員の会場で、70分のソロ。響きがいいので、落ち着いて「間」も楽しみながら演奏できた。ソロはアンサンブルでの演奏に比べると、常に自らの音にインスパイアされなくてはいけない、他のミュージシャンに助けてもらえないという大変さと、自らの音のみに集中できるという部分とを持っていて、何れにしてもいつもチャレンジングなフォーマットだ。無我夢中での演奏は、大きな拍手でこたえてもらい、私自身も大満足の内容だった。演奏後はホテルに戻り一休みと思っても、昼寝の苦手な私は結局シャワーを浴びたり、明日発つための荷造りをしたりで、さらにクタクタに。この後、田村トッド井谷のブエノスアイレスのミュージシャンとの演奏を聴きに行くのを中止しようかとも思った。迎えが来てディナーに行ってみたら、結構体力が回復してきて、ありがたいことにディナーは肉でなくて、パスタ。ほっとするような味のトマトソースのニョッキをいただき、会場のクラブにフェスティバルの車で。もう演奏は始まっていて、ここも超満員。初対面セッションの新鮮さは残しながらものびのびとした演奏を聴き、すっかり疲れが取れました。
                翌日空港まで同行できないシルヴィーナに別れを告げ、ホテルに戻る。経済的には問題山積みのこの国の通貨は、海外で両替がほとんどできず、国内でも闇のレートが横行。アメリカ等の大国主導の経済システムから外れてしまっているし、貧富の差が激しくそのための歪みで犯罪も多いらしい。でも、その独自の魅力的な文化で海外からの多くの訪問者が絶えず、人間の幸せっていうのは何なんだろう?と改めて考えてしまった。
                まあ、それよりも何よりも寒いのが大嫌いな私としては、北半球の冬から逃れて、初めての土地の人々に演奏を聴いてもらえたことが大きな成果だった。
                 
                11/13
                田村と私は朝11時の便でパナマ乗り換えでニューヨークに飛ぶ。今回は、初めて乗る航空会社の便が多かったが、この日もパナマの航空会社、COPAでの移動。私は翌日14日にニューヨークから車で2時間弱北上したコネチカット州で仕事が入っているので、なんとか13日中に到着する便をブックした。南米では時間通りに行きませんよ、と散々脅されたが、フェスティバルも見事なくらいに全てオンタイム、フライトも遅れずに無事に到着。機内では、私はもちろんずーっと寝てました。夜中に着く便なので、空港ホテルに泊まる。時差も2時間しかなくて、寝不足も解消。夏から冬に飛び込んだので、やたらに寒く感じた。
                 
                | ツアー日記 | 13:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                2015年Tobira南米ツアー 1
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                  by 藤井郷子
                   
                  11/2
                  前夜はベルリンでのソロコンサート。そして今夜の便でブラジルに飛ぶ。南米に行くのは初めて。なぜだか、ずっと行きたかった南米にカルテット「TOBIRA」で演奏ツアーで行けるのは、ものすごく幸せ。とはいえ、このツアーの準備の段階ですでにカルチャーショックを受けていた。
                  ヨー ロッパ、アメリカ、カナダ、日本で仕事をしていると、想像できないことをいっぱい体験させてもらった。ビザが必要なことは最初から分かっているので、催促 し続けた書類はラストミニッツまで用意されずに、ブラジル大使館でもアルゼンチン大使館でも領事部の人に無理を言って、出発直前に受け付けてもらった。仕 事の決定がなかなか出ずに、出た時にはすでに航空運賃は値上がりしていた。出発の飛行機に乗るまで、一体どうなるのかと気を揉んだ。それでも、南米では世 の中この調子で問題なく(問題あるかもしれないが)動いているのだから、これが彼らの流儀と考えた方がこちらも気が楽になる。とはいえ、なにぶん器が小さ いので、ついイラつく。
                  ベルリンからミュンヘンまで行き、 ミュンヘンからサンパウロまでひとっ飛び。ドイツとブラジルが直行便でつながっているなんて、ちょっと妙な気がするが、12時間のフライトの後に時差がわ ずか3時間、つまりほとんど南下の移動。時差ぼけもなく、とても楽。東京から北京、ニューヨーク経由で飛んできたドラムの井谷は、もう昼だか夜だか何日過 ぎたのかわからない状態。
                  オーバーナイトのフライトで飛んだので、それでなくても飛行機ではよく眠れる私は、ほとんど通常の睡眠時間。映画鑑賞には普段は見せない勤勉さを見せる田村は今回もしっかり鑑賞。私から見れば、映画中毒というレベル。
                   
                  11/3
                  サ ンパウロ到着後、ニューヨークから飛んでくるトッドと井谷の到着を待とうと入国、荷物を取った後に、インフォメーションで到着ゲートを聞く。デスクにいる 満面笑顔のあどけなさが残る若者、実に親切に「インターナショナルの到着ゲートはターミナル3、つまりここだけです。ここで待っていれば着きますよ」と教 えてくれる。でもモニターには便名がないので、それを聞くと、もう到着したものは出ていないかもしれないという説明。どうも調子の良さが不安で、一応携帯 で電話してみる。荷物待ちとのことなので、出口で待っていると伝え、混み合う出口で待つ。でも全然出てこない。どうもおかしい、と思い始めた時にこちらの 携帯が鳴る。「出口ですけど」「エーーー、こっちも出口にいますけど」念のためにターミナルを聞いてみると、ターミナル1に到着したという。仕方なくサン パウロから目的地ポルトアレグレに飛ぶターミナル4のカウンターで待ち合わせということにする。それにしてもどうしてインフォメーションでガセネタを教え るんだろう。ターミナル移動のバス乗り場を聞きに行き、笑顔のお兄ちゃんに違うターミナルに着いたよ、と文句を言う。お兄ちゃん、それはおかしいとパソコ ンでチェック、モニターにはターミナル1とは確かに書いていない。ターミナル2と3とある。でも、どっち??飛行機一機なんだから、ターミナル2か3のど ちらかでしょう?満面の笑顔で「でも、そう書いてあるよ」ブラジル上陸最初の体験でした。
                  バ スでターミナル4に移動。ポルトアレグレ行きのフライトのチェックインカウンターを調べていると、トッドと井谷もやってきた。出発まで4時間近くあるの で、お茶でも飲もうと大荷物を持って移動。私と井谷のトランクが壊れていることに気づく。まあ、今にも壊れそうだったから、仕方ないかと、エアラインカウ ンターには戻らずクレームも出さないことにした。時間になりチェックインカウンターに行く。ここは問題なく事が運んだ。あまりスムースだと不安になる。セ キュリティーを通りゲートに向かう。セキュリティーの甘さにびっくり。ジャケットも脱がなくていいし、コンピューターもカバンから出さなくていい。ゲート でフライト待ち、ここでブラジルのエージェント、モニカに会うはずなのだが、なかなか登場しない。トイレに行ったら、なんとそこでモニカと対面。人の良さ そうな人懐こい表情で満面の笑み。朝のインフォメーションのお兄ちゃんを思い出す。ゲート80とモニターにもボーディングパスにもあるのに、80は違うフ ライト、いきなり何の知らせもなく別のゲートからボーディング開始。もう驚きません。
                  ポ ルトアレグレには、大きなバンで迎えが来ていて、その車でホテルに移動。ホテルチェックイン時にどこかでトランクが買えないかと聞いてみる。タクシーで数 分ほどのショッピングモールだったら、店があるという情報。歩いてもいけるくらいの近所らしい。でも、歩いて行って安全なの?という質問にホテルの人は、 ブラジルは安全なところはほとんどないという正直な返答。すっかりビビって、近所を散歩する代わりに、グーグルマップで近所を散策。なんと、ホテルのすぐ 近くに居酒屋があるようだ。
                  ディナーに行くのに、ロビーで8時の待ち合わせ。ロビーで待っていると、今回の南米ツアーをオーガナイズしてくれたブエノスアイレスのエージェントが到着。シルヴィーナとは数ヶ月前から何回もメールのやり取りをしていて、急ぎの時はSkypeで 話しもしたから、初めて実際に会うのは不思議な感じ。メンバーとモニカとシルヴィーナで、また大きなバンでレストランに向かう。ファンシーなレストラン は、明日のプロモーターが持っていて、その奥さんが切り盛りしているグリルレストラン。機内ではまともなものを食べていなかったから、美味しいご飯は大歓 迎。私と田村はステーキを、井谷とトッドはステーキとポルトガルに良くある干した塩鱈、バカリャウのグリルをシェア。それにみんなで前菜の盛り合わせを頼 む。何を食べても超おいしかった。オープンキッチンにある勢いよく燃えているオーブンの中で、野菜も肉も丸焦げになりそうに焼いている。ステーキは一緒に 温められた石の上に置かれて出てきた。ニューヨークのステーキレストラン、ピータールーガーと同様、熟成させたビーフの味は普通のステーキレストランでは 味わえない美味しさだった。
                   
                  11/4
                  ラン チは、ホテル前にある居酒屋に行くことになる。田村と私は寿司盛り合わせ、井谷とトッドは焼きそば。どれもおいしかった。ランチの後はシルヴィーナに同行 してもらってショッピングモールにタクシー2台で向かう。店先に並ぶ婦人服のセンスにびっくり。色も形も一言で言えば派手。キャリーバッグは大きめで安価 なものを買い、ホテルにタクシーで戻る。タクシーから道路を走行している馬車を見る。ベルリンでも観光客相手の豪華な馬車はよく見るが、この馬車は観光で はなく、乗り物として現役。子供が二人で乗っていて、馬はかわいそうなくらい痩せている。リヤカーをひいているという感じだ。
                  ホテルに戻り「壊れてしまったキャリーバッグはどこに捨てればいいの?」という問いに、シルヴィーナは「部屋に置いていけば?」失礼しました。ここはドイツじゃありません。
                  サ ウンドチェックは5時から。ロビーで待ち合わせて大きなバンで会場に向かう。会場はクラブではなく、カルチャーセンターのような建物にある小さなホール。 音の鳴りがすごくデッドで、みんなうろたえる。ここまでデッドな場所はそうそうお目にかかれない。1時間くらいリハーサルして、そのサウンドに慣れようと するが、まあ、本番になってお客さんが入った時の鳴りはまた別物なので、出たとこ勝負という事で、サウンドチェック終了。
                  楽屋でケータリングのピザやブラジルに着いてからどこでも出てくる丸い小さなチーズパン、日本のコンビニにもよくあるパンをつまむ。本番8時からのワンセット。記念すべき南米デビュー!!
                  「コンサート以外では練習や作曲の他にいつも何しているんですか?」と聞かれる。実は音楽以外のマネージメントの仕事に多くの時間を取られている。この1時間超のコンサートのためには、数ヶ月前からの準備があった。
                  本当に久しぶりのTobiraでのコンサート。演奏することはこんなに楽しいから、面倒な準備でのストレスはいっぺんに解消される。
                  共演者と、準備してくださった方、主催者、協力者、いらしてくださった方々に心から感謝。
                  終了後はブラジル料理のステーキの店に主催者も一緒に食事に行く。地元の人々で賑わう飾らない店で、大きなステーキ2枚、3枚と鉄串に刺してあるものを2つ注文。ワゴンで来るヤムチャ状態のサラダバーで好きな野菜を注文。この2日間で1年分のビーフを食べた気がする。前日の熟成したビーフとは違う、ワイルドなビーフを味わい、満腹でホテルに戻る。
                   
                  11/5
                  今 日は移動日。ポルトアレグレからサンパウロに飛び、乗り換えて、リベイランプレトに飛ぶ。サンパウロで、ポルトアレグレの仕事のマネージャー、モニカとは お別れ、今度はリベイランプレトのマネージャー、アナが同行。サンパウロからリベイランプレトの飛行機がすごかった。仕事柄、飛行機に乗ることは多いが、 こんな機体は初めて。25年ほど前はニューヨークとボストン間をプロペラ機でよく飛んだが、それともちょっと違う。珍しく写真を撮った。
                  リ ベイランプレトに到着後、迎えのバンでホテルに移動。暑い!!嬉しい蒸し暑さ。これだけで既に寒いヨーロッパから南半球に来た甲斐がある。空港ビルから外 に出てびっくり。空港ビルと思っていたのは、なんか掘建小屋みたいで、外は本当に何もない田舎。ホテルまでの移動中も、外の様子にびっくり。なんと形容し たらいいだろうか、、、よく映画に出てくる中南米の混沌とした町の雰囲気。古いバイクや車が走り、子供達が街中で遊び、日差しが強く、そこにいきなり銃声 が鳴り、ストーリーは麻薬の売買とそれをコントロールしているアメリカのギャングや政治家たちの場面へと移っていく。なんか、どんどん空想が湧き上がって くる景色だ。
                  ホテルでしばらく休憩後、ロビーで待ち合わせて みんなで食事に行く。アナが事前に調べたレストランに向かうが、近い方がいいということになり、途中の店に入る。ビーフ以外だったらなんでもいいという私 のリクエストで、魚やチキンもあるレストラン。田村は入るなり「エビ、エビ」と言っていたが、残念ながらエビは品切れ。チキンと魚を注文。店の高齢なウエ イターがいい雰囲気で、レストランの独特なインテリアと重なってまた映画の一コマにいる気分。私はよく冷えたブラジルビールとチキンパルメジャーノをいた だく。イタリアンのブラジルバージョンだ。ホテルに戻ったらまだ10時前なのに、田村はすぐに就寝。すっかりのんびりと過ごせた異動日だった。
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                  | ツアー日記 | 11:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  性格
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                    by 藤井郷子

                    小さい頃、とてもおとなしいシャイな子供だった。今となっては、なかなか信じてはもらえないが。言葉も遅かった事もあり、3歳になる前に、心配した親は、私を大学病院に連れて行き、検査を受けさせた。子供心にも、これはしっかりしないとマズイと思い、先生の質問に一生懸命に答えた事を今でも鮮明に覚えている。正常どころか、年齢よりしっかりしていますよ、と言われ、親も私本人も胸をなでおろした。それでも、やはりおとなしい性格は変わらなかった。幼稚園に入園しても、ほかの子供たちと馴染めなかったり、積極的に付き合う事も出来なかった。幼稚園に行く事自体が苦痛で、行きたくないと訴えた私を、親は幼稚園の代わりにピアノ教室に入れた。姉がすでにピアノ教室に行っていたので、家にはアップライトピアノがあり、ピアノ教室に行く前に、もうピアノで即興して遊んでいたが、譜面を使ったり、教則本を使ったりという勉強は、幼稚園中退がきっかけだった。何をやっても不器用だったので、ピアノもなかなかのびなかったが、楽しかった。小学校に入学しても、答えが解っていても挙手しないおとなしい子供だった。そんな私が劇的に変わったのは、小学校1年の2学期だった。父の仕事の関係で引越しをして、転校した。母は、うつむく私に「クラスのみんなの前できちんと自己紹介できなかったら、これからずっとみんなとは仲良くやっていけないよ」と脅した。もちろん、励ましたつもりだったのかもしれないが、私には「脅し」に聞こえた。それで、一生懸命自己紹介をした。地元の人が多かった街で、ほかの街から引っ越してきた子供は、みんなから好奇心たっぷりの目を向けられたが、自己紹介に好感を持ってもらえたのか、とても暖かく迎えてくれた。そして、それからは、はっきりと自己紹介した私が新しい私となった。
                    引っ越した先の学校では、私はもうおとなしい子供ではなかった。180度変わって、クラスでも特別に積極的な子供となった。それから何十年も経って、私自身どちらが元々の性格なのかわからない。でも、未だにやたらにおとなしくシャイな部分を感じる。人間なんて、ひとつの性格だけで形成されている訳ではないだろうから、もちろんどちらの私も私に違いない。
                     
                    | エッセイ by 藤井郷子 | 20:34 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    2015年Kaze 北米ツアー-4
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                      待望のオフ。のんびりと起きて、ポーチで食事。ジェーンとは20年来の友人で、私たちがニューヨークに住んでいた時は彼女がよく泊まりに来た。今では、2年に一回とかしか会わないけれど、そんなに会わなかったのが嘘のように、一緒にいるとくつろぐ。彼女が以前飼っていたジャスパーという猫は田村の大親友で、ジャスパーが昨年亡くなった時には、田村はジャスパーという曲を書いた。これは、昨年10月に東京オーケストラで録音したので、年内にはリリースできるかもしれない。今は、シェルターから新しい2匹の猫を受け入れて飼っている。朝ごはんを食べて、階下のこれまた友人のパーカッションのタキさん宅に泊まっているピーターとクリスチャンと連絡。みんなでランチに行こうという事になり、タキさんが最近見つけたブライトンのチャイニーズに繰り出す。ジェーンの彼氏のドラムのグラントも一緒で総勢7人。食後はもちろんエスプレッソ。でもって、みんなでホールフーズマーケットに夜のBBQの買い出しに。このオーガニックマーケットは、その品質と品数で圧倒的。タキさんが、買い物をして、私たちはそのお手伝い。もどって、のんびり。夜8時には、料理の達人、タキさんのスペシャルBBQとサラダ。豚肉の下味の絶妙な事、サラダのドレッシングに柚子胡椒をきかせるセンス、本当においしかった。こんなおいしいBBQ、なかなか食べられません。気がついたら、夜中の12時半。ツアーの疲れがすっかりとれるオフでした。
                       
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                      朝11時、ジェーンの車で空港へ。ジェーンはプリウスに乗っていて、今回カナダのプリウスのタクシー1台に全ての荷物が楽々はいったので、大丈夫、と思っていたら、プリウスは4つくらいサイズが違うのがあるらしい。結局、後部座席の3人の膝の上と足元にキャリーバッグをふたつ積む。そうか、ちいさいタクシーでもこうすれば、1台で行ける、なんて話しながらローガン空港に。空港でチェックインし、なんとクリスチャンがタキさん宅の鍵を持ってきてしまった事に気がつく。電話したら、どうせコピーだから、捨てちゃっていいよ、という事で、ほっとする。喫煙者ふたりは、搭乗前の大事な一服。セキュリティー通過後にゲート近くのレストランでランチ。隣の席の人が面白いビールを飲んでいる。ビールにブルーベリーが入っている。ピーターにすすめて、私もちょっと飲んでみる。ブルーベリーのフレーバーがしっかり効いていて、なかなかおいしい。ジェットブルー航空でボルティモアまで1時間半。私の隣の席の女性がものすごい大柄で、肘掛もさげられないくらいこちらにはみ出している。私は比較的小柄なので、大丈夫だったが、大柄の人だったら座れなかっただろうというほどだった。ま、そんな環境でもしっかりと眠り、ボルティモアに到着。はじめてのボルティモアだ。数週間前の暴動はすっかり収まっていて、整然としたかんじの街だ。夜のコンサートは、クラブというよりは、コンサートサロン、開演前にすぐ隣の「天天」というラーメン屋さんで味噌ラーメン。海外でのラーメン、ここ数年で劇的にレベルが上がった。ここの店も、入るなりに「いらっしゃ〜い」という威勢のいい声の割には日本人がひとりも働いていなくてちょっと不安だったが、けっこうおいしくてびっくりコンサートは熱心な人たちが聴きにきてくれて、部屋の鳴りもよく、気持ちよく演奏させてもらった。演奏後は、いつものように、ビールで乾杯。ホテルの前まで行って、もうちょっと飲みたいから飲みに行かない?という若い二人とバイバイして、私たちはさっさと部屋に帰り、休む。
                       
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                      今日もけっこうややこしい移動だ。朝はホテルで朝食。今回は宿が提供される仕事ばかりではなく、こちらで安ホテルをブックしたために、朝食にはアメリカカナダの安ホテルに必ずある、ワッフル焼き機がある。日本のたこ焼き機のような感じだ。2分半で焼けるし、材料は小麦粉を溶いただけだから、きっと安価に違いない。今回のツアーではワッフルはもうたくさんというくらい食べました。朝9時半にロビーに集合、ホテルから1分の無料バスのストップから電車の駅までバスで15分。そこから、歩いて5分でニューヨークに行くバス停。悪い経験もあるし、悪名高いグレイハウンドを避けて、ボルトバスをブックしたはずなのに、なぜかグレイハウンドのバス!でも、運転手はボルトバスにようこそ、と言っている。どうも、グレイハウンドが買収したのか?!でも、バスはwifiもとんでいて、快適。3時間でニューヨークに着く。そこから、歩いて10分、まずはランチ休憩。さらに歩いて5分、Avisのレンタカーオフィスに。以前よく宿泊していたペンシルバニアホテル近所だ。車をピックアップして、今夜の会場、ダウンタウンミュージックギャラリーに向かう。ここは、レコードのプロ、ブルースが20年以上やっているCDストア。昔は、どこのレコード店にも音楽にやたらに詳しくてなんでも知っている人が働いていた。インターネット普及前は、そういう店に行って、情報を得た。彼はそんな人だ。彼の店は私が知っているだけで2回移転し、今はチャイナタウンにある。車を駐車し、荷物を降ろし、まずはコーヒー休憩。私はピアノがないので、今夜は演奏しない。気が楽だ。店にドラムをセッティングしていると、だんだんお客さんがやってくる。みんなブルースの情報で音楽を聴いているような、ここの店の顧客。なんと、ボストンの友人のえりちゃんのお嬢さんのルビーちゃんも来てくれた。彼女は大学がコロンビアユニバーシティーで、アパートは近所とのこと。KAZEマイナスSatoko、素晴らしかったです。楽曲は一切やらずに、インプロで50分。満員のお客さんを魅了しました。店にカバンや楽器などの荷物を預けて近所で夕食。夕食後は車で今夜の宿泊先、コネチカットのミルフォードまで走る。3日前と同様、レンタカーでニューヨークから北に向かう。行ったり来たりのツアーだ。ミルフォードのモテルは、マンハッタンでは考えられない安さ、広さ、快適さで、車で2時間走る価値はある。明日は8時半出発だから、さっさと寝る。
                       
                      5/29
                      朝8時半の出発は、途中友人のえりちゃん宅に寄り、手作りランチをご馳走になるためだ。2週間近くツアーしていると、外食にはほとほとうんざりしてくる。えりちゃんの手料理は絶品なので、早起きなんか厭わない。運転はピーター、ほかは全員ぐっすり。途中工事渋滞もあったが、無事に予定通り11時に到着。午後はピアノの生徒が来てレッスンで忙しいのに、手間をかけた料理、ちらし寿司、ムール貝の味噌汁、ビーフのバルサミコ煮、かぼちゃの煮付け、イカともずくとトマトの和え物、どれも絶品でした!2時間で、ほとんど食い逃げ状態で失礼する。ここからポートランドまでは1時間半はかかる。電話で車の返却場所まで、迎えにきてもらうことを今夜の主催者のポールに伝える。ランチ後の眠たい時間の運転はクリスチャン。ポールと彼の友人のデイブとは、2年ぶりの再会。ポールの家に行き、みんなでコーヒーを飲んでくつろぐ。地下ではポールの息子のジェイクがバンドのリハーサル中。ポールはメインで長年ミュージックキャンプを開催してきて、多くの優秀なミュージシャンを輩出。多くの音楽家に慕われている。夕方、ホテルにチェックイン後、会場の教会に向かう。PAなしの生音だから、セッティングだけ完了すれば準備万端。実はこの晩、とんでもないことが起きた。2セットの演奏だったが、2セット目の一曲目は40分以上かかる田村の楽曲、インスピレーション。これは、インプロを主体にし構成が決められている楽曲なので、どんな展開になるのかは演奏のたびに違う。この晩は、かなり最後が盛り上がり、ピアノもがんがんいっていた。一瞬何が起きたかわからなかったが、ピアノのふたが落ちた!!この晩は小ぶりのスタインウェイのグランドだったが、ふたを本体と繋げている左側の蝶番のひとつのピンがはずれ、もうひとつの蝶番のピンが重さに耐えられずにまがり、ふたを本体の上部に支えている右側のスティックに歪んだ力がかかり、スティックの本体とのジョイントが曲がってしまい、大きな音をあげて、ふたがピアノ本体に落ちてきたのだ。私は、けっこうピアノ内部に手を伸ばし、弦をはじいたりする内部演奏をするのだが、幸運なことにこの時は鍵盤を弾いていて、けがはしなかった。一瞬何が起きたかわからず、共演者もすぐには理解できなかったようだ。ピアノを弾き始めて52年になるが、こんなことははじめて。この日の最後の曲はピアノのふたをそのままにして、演奏した。それにしてもびっくりした。
                       
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                      朝7時半にポールが迎えに来てくれて、空港に向かう。今夜は、今回のツアーの最後のオタワでの公演。
                      ヨーロッパ、北米、日本を行き来していると、それぞれのいいなと思えるところと、妙だと思えるところが浮き彫りになってくる。アメリカとカナダの素晴らしいところは整然と列を作れるところ。空港でもホテルでもトイレでもスーパーでも。日本もきちんとしているが、20年前はけっこうむちゃくちゃだった。もっと前は、電車のあいている席にホームから荷物を放り投げて席をとるなんている凄技もあった。実はヨーロッパはかなりルーズ。マナーが悪いというよりは、みんなリラックスしていて、厳密にだれが先とかこだわらない。のんびりしているというか。こちらが、急いでいる時とかは、けっこういらつく。アメリカ、カナダの妙なところは、冷房の効かせすぎ。冷蔵庫状態にする。2年前の夏、ポートランドのホテルで冷房をがんがん効かせ、ロビーでファイアープレースで火を焚いているというとんでもないのを見た。燃料費が安いせいか、節約の観念もないのかもしれない。飛行機も北米の航空会社の時は、厚着をしていかないとひどい目に合う。でも、アメリカとカナダを一緒に語るのもちょっと雑かもしれない。メンタリティーは全然違うし、アメリカでも西と東、南部、どこも別の国みたいに雰囲気が違う。カナダもケベックは別の国のようだ。
                      ポートランドから北西に向かえばすぐのはずのオタワ。安い航空券では、一旦南に向かいニューヨークまで行く。完全に逆方向だ。まあ、この程度の距離ならまだいいが、時々とんでもない迂回をさせられることがある。燃料代ははるかにかかると思うが、なぜか遠回りの方が安いことがよくある。物の値段というのは謎だ。ニューヨークからオタワに向かう。オタワの仕事は、今までの仕事とはちょっと毛色の違う仕事。音楽業界のコンファレンスでの演奏だ。空港から迎えの車でホテルに向かう、ホテルの前で2年前にシカゴジャズフェスティバルで共演したトランペッターのコーレイ・ウイルケにばったり。彼も今夜別の会場で演奏するらしい。チェックイン後、会場に向かう。今夜の会場は普段はダンスするためのクラブ。メインではいっているのはDJという小屋で、私たちの普段の演奏場所とは全く雰囲気が違う。どうしてもグランドピアノが入れられないということで、今回はツアーでの仕事ということもあり、エレクトリックピアノを用意してもらった。正直、どんな演奏になるのか想像もできない。最近のエレクトリック・ピアノなんて、弾いたこともないし。サウンドチェックはまずまず。これなら、いつも演奏している楽曲もできるかもしれない。本番が始まったら、予想をはるかに超えて、楽しめた。エレクトリック・ピアノとはいえ、最近のものはプリセットでかなりの音色がはいっていて、ピアノの内部演奏同様の音もあった。もちろん、直接空気を振動させる生楽器とスピーカーを鳴らす電気楽器は全く別物だが、これはこれで面白かった。持参したCDTシャツもほぼ売れて、ツアー最終公演、無事終了。ビールで乾杯!お酒好きのピーターとクリスチャンはそれぞれビール3本にテキーラまで飲んで、みんなで上機嫌でホテルに戻る。お疲れ様でした!!
                       
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                      今回のツアーはフランスの2団体から助成金をもらってのツアーだった。そのお金の計算が大仕事。これは、(なぜか!)ピーターと私の仕事で、ふたりでお金の計算。
                      16日間の大移動ツアー、だれも怪我も病気もせずに無事に終了。でも、この日の移動も大変。なにせオタワからトロントに1時間、トロントで4時間待ちトランジット、トロントからパリまで6時間半、パリでこれまた4時間待ちトランジット、で、パリからベルリンまで1時間半。貧乏人は辛い。
                      合計21時間かけて、ベルリンにもどってきました。
                      私たちは、ここで3泊したら、日本ツアー「西に行きます」に突入。こんな商業的でない音楽を演奏する仕事は、本当に物好きでないとできない。演奏したい熱意だけで、どこまででも行く。辛い旅程でも、演奏できれば幸せになってしまう。およそ、理解できない人には到底理解できない世界に住んでいるのかもしれない。理解されないかもしれないけれど、こんな生き方もありなんじゃないかと。
                       
                       
                       
                      | ツアー日記 | 08:11 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |