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なんでもかんでも

2017年5月6月オーストラリアツァー7
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    6月10日(土)

    シドニーのホテルは、アパートメントホテル。キッチンはついているが、今回は2泊だけだし、隣にカフェがあるので、そこで朝食を済ます。若者ばかりでやっているカフェで、感じがとてもいい。オーストラリア人は本当にナイス。今日は今回のオーストラリア1ヵ月滞在の最後のコンサート。ホテルから会場は徒歩3分、入り時間は5時半なので、のんびり過ごせる。部屋に洗濯機乾燥機がついているので、つい洗濯する。もう明日帰国だから必要はないのだが、つい。昼はgoogle mapで近所のレストランを探して、そこに行く。本当に便利な世の中だ。まあ、こちらが情報を色々とゲットできるということは、こちらからも情報を提供しているということなのだが。その部分は忘れて、便利な部分の恩恵だけ受けている気になる。歩いて5分、いい感じのパブで田村はかぼちゃオーブン焼き、私はチキンパルメザン。どちらもすごく美味しいが、とんでもない量。また太る。美味しくて食べ過ぎるのも良くない。午後もつい洗濯。それにマネージメント仕事をする。5時過ぎに会場に。SIMA(Sydney Improvised Music Association)が主催するコンサートに出演するのは、3回目。会場もいつもSeymourというシドニー大学にあるビルのサウンドラウンジというところ。前回2011年よりも若干狭くなり、ステージやバーのレイアウトは変更されていたが、それでも懐かしい。今回のオーストラリア最後のコンサートは、女性ビッグバンドのSirensとのコラボで、私の組曲「FUKUSHIMA」。彼らとのキャンベラでのコンサートが素晴らしく、今夜も素晴らしくなる予感がする。

    女性のビッグバンドというと、何かそれを売りにしていて、見にくる側もそれだから来るような人が多いような気がしていた。このバンドと共演して、そのイメージがすっかり壊れた。確かになんで女性だけ?とは思うが、このバンドはテナーサックスが一人性転換した男性、つまり元女性。ギターは日本人男性と、それに今回は田村も入っているので、男性にも門戸を開いている。UNSWの先生でもあるサンディー・エヴァンスが女性の音楽家を育てようと長年行ってきた女性対象のインプロのワークショップの成果のようなこのビッグバンド、音楽に対してもオープンで、トラディショナルなジャズビッグバンドではない。

    リラックスした雰囲気でサウンドチェックもすみ、開演前に食事の時間がないので、軽食を売っている店で寿司をテイクアウト。終演後にホテルで夕食になりそうだ。1セット目は、田村藤井デュオ。インプロで最後の部分に私のオリジナル曲を入れた。2セット目の開始時間が決まっていて、それまで結構時間がある。Sirensの皆さんは、もうすでにワインボトルが1本開いて、いい雰囲気。だいたいお酒に強い方々なので、こんなもんじゃ酔っ払わない。一緒になって飲んだらえらいことになる。私たちの楽屋にあるワインをホテルで飲もうと田村がバッグにしまう。2セット目開始前にSirensのメンバーみんなが身につけている、彼らの友人のアーチストが製作したオリジナルアクセサリーの話になる。Sirensのテーマ色が白黒青橙で、その組み合わせでアクリル板を使ったネックレスやイヤリングやブローチ。SatokoNatsukiもつけたら?ということになり、二人ともネックレスを借りる。のりは完全に女子会。すっかりリラックスの楽屋雰囲気とは一転、ステージはみんなすごい集中力でキャンベラをさらに凌ぐような名演だった。終演後たくさんのお客さんがステージに来てくれて、ハグされたり手を握りしめられたり、皆さん「本当に素晴らしかった。またシドニーに来てください」、はい、もちろんまた来ます!幸せに全てのコンサートが終了。ワインと寿司を持ってホテルに戻り、田村と乾杯。ワインは美味しかったけど、寿司はひどかった。何日冷蔵庫にあったの?という感じの乾燥したボソボソご飯。明日は夜便なので、日本から来ている田村友人夫妻と昼間クルーズに行こうか、美術館に行こうかなどとメールで話しながら、1時に就寝。

     

    6月11日(日)

    ついにオーストラリア最終日、フライトは夜なので昼間は遊べる、が、遊ぶのは苦手。朝ごはんはホテル隣のカフェですませて、友人が泊まっているホテルまでタクシーで11時頃に行く。そこで私たちの荷物も一緒に預けてもらい、友人夫妻とサーキュラーキーまで電車で行く。彼らはここからフェリーに乗ってマンレイビーチまで行くというが、根性のない私たちは近くを散策することにする。現代美術館周辺は観光エリアでもあるようで、マーケットが出ていた。それを回ってみたりして、ちょっとだけお土産を買う。だいたい、二人とも観光と買い物が大の苦手。1時にアリスターとスーと待ち合わせて、近所のタイレストランでランチ。今回は何もかもこの二人にお世話になりっぱなしだった。昼間っから四人で赤ワインを開けて、乾杯。食事後、フェリーから戻った友人夫妻も合流してスーがオススメのクラフトストアに。なんと昨晩のコンサートの司会もしたSIMAのマネージャーと彼女のお嬢さんとばったり。世の中は狭い。アボリジニのアートが見たいという私たちをスーが専門店に案内してくれる。ここでもちょっとだけお土産を買う。これから用事があるというアリスターとスーとここでお別れをし、ウォーターフロントでお茶してから、荷物を取りにホテルに戻り、タクシーで空港に。マイルドな天候のシドニーは気持ちまでマイルドになる。

    さて、これから梅雨の日本に飛ぶ。

     

    6月12日(月)

    朝、帰国。思ったほど、暑くない。というか、冬のシドニーとあまり変わらない。実は2011年の6月もオーストラリアツアーから帰国した際、同様に感じた。その時も日本に数泊でトロントに飛んでいる。実は今回も全く同じで、今週末土曜日にトロントに飛ぶ。2011年はトロントの仕事がドタキャンで大変だった。2011年のオーストラリアと北米がma-doでの最後のツアーとなってしまった。2011年9月にベースの是安さんが急逝されたからだ。6年前のことを思い起こしながら、今度はKAZEでの北米ツアーの準備だ。

    今度は同じ北半球。季節ではなく時差13時間の時間を旅する。

     

     

     

    | ツアー日記 | 17:12 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    2017年5月6月オーストラリアツァー6
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      6月5日(月)

      ホテルのリーズナブルな朝食後、部屋にこもりコンピュータで仕事。私たちはマネージャーがいないので、演奏していないときはひたすらマネージャーの仕事。ツアーの細かい準備や、CD製作、チラシ製作等、やらなくちゃいけないことはやってもやっても無くならない。ランチは、外の空気を吸いに繁華街の方まで歩いて行ったら、以前友人に美味しいと教えてもらったショロンポー屋さんを発見。隣がラーメン屋。どちらも長蛇の列。ショロンポー列加わり、でも回転が早いのか5分くらいで店内に案内される。ショロンポーに春巻きに青菜炒め。ショロンポーが絶品でした。田村はあまり好きではなかったのに、このショロンポーは今までで一番美味しかったらしい。ホテルに戻りまた午後の部の仕事。田村は、部屋でちょっとトランペットの練習も。自分の楽器が持ち運べる人が羨ましい。こちらは、楽器の置いてあるところまで出向かないと演奏できない。

      夜は、旧友で共演者でもあるジム・ブラックのコンサートに。オーストラリアのミュージシャンがサイドでのバンド。テナーは10年前にメルボルンのオーケストラと演奏した時にバンドにいたジュリアン。ホテルから徒歩で行ける会場で、チャイナタウンにある。繁華街で嬉しい。終演後はジムとジュリアンに挨拶して、ホテルに戻る途中でコリアンレストランに。パジョンとブルゴギで美味しい夕食。ついに明日からは忙しくなる。今夜は早めに12時前に就寝。

       

      6月6日(火)

      さて、今日からちょっと忙しい。朝食をホテルで済まし、荷物をまとめてホテルの前で9時45分に来るはずのフェスティバルの迎えを待つ。寒い。迎えが来ない。最初の予定は自力で今日から泊まるホテルに移動するはずだったが、私がフェスティバルに頼んで、迎えに来てもらうアレンジをしてもらった。9時55分に、不安になり始め担当者に電話してみる。留守電応答。ホテルの前で待ってるんですが、とメッセージを残す。すぐにコールバック。「遅れていてごめんなさい。今、そちらに向かっている途中ですから5分待ってください」蕎麦屋の出前です。もちろん10分後に到着。年配のおじさん登場。今日から宿泊するフェスティバルが用意してくれた高級ホテルに向かう。これが、私たちの常。いいホテルに泊まるのが目的でツアーしているわけではない。バッグパッカーが泊まるようなホテルの翌日は超高級ホテルだったりする。もちろん高級ホテルは快適だが、演奏できるのだったらどこにでも行って、よほどのひどい状態でなければどこのホテルにでも泊まる。金銭で価値を測っている多くの人たちからみると、奇異に映るに違いない。今回は、たまたまフェスティバルが素晴らしいホテルをとってくれた。ホテルに着いたら、今回の共演者のトニー・バックが待っていた。荷物だけホテルに預け、すぐに別の車でリハーサルスタジオに向かう。今回のバンドは、田村、藤井、アリスターにドラムのトニーのカルテット。このフェスティバルのために組んだバンドだ。曲も全て新曲をそれぞれが持ち寄った。リハーサルスタジオまで結構遠い。アリスターはシドニーから飛んで来て、メルボルンの空港から直接来る。11時過ぎから新曲を演奏してみる。なかなか面白くなりそう。このバンドの組み合わせは初めてだが、みんな顔なじみ。田村はトニーとベルリンで共演したことがあるが、私は初めて。なんか、やたらにいい雰囲気でリハーサルが進む。1時半には、もう終了。明後日が本番だが、明日もリハーサルの予定。スタジオのオーナーがアメリカ人で日本に年2回野球選手のスカウトに行くという話で盛り上がる。

      フェスティバルの車を呼んで、ホテルに戻りチェックイン。部屋に荷物を置いて、遅いランチに出る。ホテル隣のモールのフードコートで、私は中華を食べる。

      部屋に戻り仕事をしていたら、アリスターからメールが入る。今夜7時からアリスターの友人が演奏するから、行かない?会場は昨晩のジムの会場と同じ。つまり中華街の近く。どうせ夕食に出かけなくてはだから、二つ返事で誘いにのる。歩いて20分ほどだが、寒いのでタクシーを呼ぶ。この運転手がひどかった。こちらが、知らないと思ったのか、遠回りをしているようだ。何せ今時は電話のGPS機能で、初めての街でもどこにいるのか把握できる。「あれ、これ反対方向じゃない?」しかもやたらに混んでいる。「混んでいるから、歩いた方がいいのかな」と言ったら、「その方が俺にもあんたにもいい」とすごい感じの悪さ。ついに、オーストラリアで感じの悪い人間を見た。なにせ、みんなすごいナイスなので、ちょっと不気味ではあった。とんでもないやつと思いながら、こんな人もちゃんといるじゃんと意味不明に嬉しくなる。散々遠回りで到着。

      アリスターの友人のバンドはBFKというボーカル、ピアノ、テナーのトリオ。ゲストでルクセンブルクのバイブが入る。終始美しく、精巧で非の打ち所のない工芸品のよう。全てが額の中に収まるような表現に、途中から奇妙な気分になる。これって、常にナイスなオーストラリア人そのもの?本音を聞きたい気分になる。田村は、ブレない方向性で気に入った様子。いつもは、クリティカルな田村なのに。私はいつもなんでも気に入るのに。コンサートのあと、アリスターが知っているギリシャレストランに。これがまた超美味しかった〜〜。ホテルに徒歩で戻り、12時過ぎに就寝。

       

      6月7日(水)

      今日もリハーサル、高級ホテルの朝食は、やっぱり素晴らしい。並んでいる料理もバラエティ豊かだが、そのどれもが美味しいというのがすごい。味噌汁だけは美味しくなかった。こういうホテルで朝食をとると、つい食べ過ぎてしまって、気がつくと体重が増えてしまっている。10:20にホテルに迎えの車がきて、今日もリハーサルスタジオでリハーサル。ホテルからスタジオまで40分近くかかる。しっかりとリハーサルして、3時過ぎにホテルに戻り、また近くのモールで遅いランチ。4時半に電話でシドニーのラジオインタビュー。5時に車が迎えに来て、今度はリハーサルスタジオと逆方向、南に5、6キロ。雑誌の編集部があるところで、フェスティバル企画の「ジャズにおける女性」のパネルディスカッション。正直、女性だからということで、嫌な思いを一度もしたことはないので、何を話したらいいのかわからない。日本は欧米に比べれば、確かに圧倒的に女性の社会的活動もまだまだだし、様々な弊害もあるし、女性も含めて社会全体が持っている女性に対してのイメージと要求される役割は、女性の社会的な活動を制約することは事実だ。でも、そんな社会や職場の中で、ジャズは女性としての差別をほぼ全く受けないところだと思う。男性のミュージシャンも女性のミュージシャンも性差は考えていないと思う。音を出していいかどうかが全てだ。パネリストは私も含めて四人だったが、皆ミュージシャン。そのうち、三人が私とほぼ同じ経験。一人だけ差別や待遇の違いが存在すると非難した人がいた。そうかなぁ….と思いつつ、ディスカッションは終了。すでに7:15。迎えの車に飛び乗って、ホテルに行く。ここで田村とアリスターをピックアップして同じ車で友人が待っているレストランに。これが、朝リハーサルしたスタジオと同じ、ホテルから北に30分ほどのところにあり、今日は北に40分、南に30分、北に1時間、と移動だけでも大変。友人とはスリランカからの難民がやっているレストランで会食。すっかり待たせてしまって、申し訳なかった。前菜は、まるで日本の野菜のかき揚げ。何もかも美味しくいただき、田村は完食!Uberを呼んでもらってホテルまで戻る。Uberを待っている間、アリスターは深刻な表情で電話で話している。どうしたのか聞いたら、シドニーの自宅が大雨の漏水で電気が止まってしまっているらしい。ただの停電ではなく、漏水で自動的にブレーカーが降りたとなると、ショートしたりしても大変だし、心配だ。メルボルンは晴れているのに。シドニーはここ数日、スコールのような大雨だそうだ。この国の大きさを思い出す。

       

      6月8日(木)

      今日はメルボルン・ジャズ・フェスティバルのコンサート。ほぼ同時刻に別の会場でカーラ・ブレイがオーストラリアで初めてのコンサートとあって、お客さんがこちらにも来てくれるか心配。朝食は、ホテルで済まし、昨晩メルボルンに日本から到着した田村の旧友ご夫妻と連絡を取り合う。ランチを先日アリスターと行ったギリシャレストランで食べることにして12時前にそこで待ち合わせる。アデレイドから25時間鉄道の旅でシドニーまで行き、そこからメルボルンに飛んで来た。シドニーの雨と雷の影響で飛行機が遅れ、大変だったそうだ。ホテルから会場に向かう車の迎えが1時半なので、早々に失礼してホテルに戻る。またまた渋滞もあり、1時間近くかかって会場に到着。アリスターがPAエンジニアをとても信頼できる人に頼んでくれて、サウンドチェックも順調、安心。彼はネックスのエンジニアでもあり、彼らのツアーには同行するらしい。昨年のネックスの日本のツアーにも同行していたという。羨ましい限り。私は、PAは最小限しか使わないが、ピアノという楽器の特性上、どうしてもマイクで拾わないと無理という楽器編成の場合が多い。ドラムが入っていて、会場が200人以上のキャパだったら、まず絶対マイクが必要になる。それでも、モニターには何も返してもらわない場合が多いが、会場にどんな音でピアノがなっているのかは、エンジニアを信頼するしかない。せっかく、生のピアノを鳴らしているのだから、電気ピアノのような音にされたら悲しい。信頼できるエンジニアに常に同行してもらえて、任せられるマネージャーがいて、理解してくれるピアノ調律師がいれば、人生はもっともっと楽になるのに。

      サウンドチェックも済んで、みんなで近所のカフェにコーヒーを飲みに行く。どこのカフェでもコーヒーが美味しいオーストラリアはいい国だ!!

      会場に戻り、楽屋でみんなでのんびり。ドラムのトニーに結成30年のネックスの誕生経緯とか聞く。とても面白いし、考えさせられる内容だった。音楽とかジャズとかについて根本から見直す気分になった。

      フェスティバルのアーティスティックディレクター、メラニーの紹介で、演奏を始める。4曲、それぞれ持ち寄った新曲のフェスティバル委嘱プロジェクト。メンバーも聴衆も主催者も大満足の演奏となった。これだけでこのプロジェクトが終わってしまうのは、なんとも悲しい。なんとかどこかで再演したい。同じクラブで次はネックスの演奏。その前に日本からの友人夫妻とアリスター、フェスティバルの担当者で近所のメキシコタコス屋に。ワインとタコスをクイックでいただき、会場に戻る。ネックスはここの会場で4日間毎晩演奏しているが、地元オーストラリアでも大人気。結成30年でも全くぶれない美意識。彼らの演奏を楽しみ、フェスティバルの車でホテルに戻る。アリスターと田村とホテルのバーでタスマニアのウイスキーを楽しむ。日本のウイスキーがスコッチを凌ぐのと同様に、タスマニアのウイスキーは今や世界でも有名。なるほど、一杯24ドルの価値のある美味しさ。もしかすると、今まで飲んだウイスキーの中で一番美味しかった。

       

      6月9日(金)

      ホテルで朝食。10時半にアリスターと待ち合わせて徒歩5分のABCラジオに。2007年に初めてオーストラリアに来た時に、インタビューしてくれた現代作曲家のアンドリュー・フォードの番組出演。といっても、アンドリューはシドニーの放送局にいて、私はメルボルンの放送局でヘッドフォンをつけてインタビュー。彼自身が音楽家だけあって、話が楽だ。

      http://www.abc.net.au/radionational/programs/musicshow/satoko-fujii/8605514

      (ここで聞けます)

      20分ほどですみ、ホテルに戻る。12時にホテルをチェックアウト、荷物をホテルに預け、3時過ぎまで時間を潰さないといけない。アリスターと田村と3人で近所のカフェに行き、コーヒー飲んで、ランチ食べて、のんびりしてホテルに戻る。これからアリスターとのトーク。司会はゲーリー・コッシ。2011年にma-doで来た時にABCラジオで取り上げてくれた評論家。1時間のトークにもたくさんの方にいらしていただいた。終わってから、ステージに話に来てくれたのはパースのジャズフェスティバルにも来てくれたジャズファン。パースでは、メルボルン・ジャズ・フェスティバルのカーラ・ブレイのコンサートに行くから私たちのコンサートには無理かもしれないと話していたが、タクシーを飛ばして両方行ったらしい。えらい!!

      この英語力で、トークなんかするんだから大変。演奏よりはるかに緊張。その割には喋り捲っているらしいが。音楽の話しや日本のシーン話しや、文化全体にも話が及ぶ。終了後はフェスティバルの車で空港に。今週末は祝日で休みが長くなるということで、大渋滞。フライトに間に合うのか?心配してもどうしようもないので、さっさと眠らせていただく。1時間前に着いて、チェックイン、ゲート近くで食事。なにせ、これを逃したら今夜は食事抜きかも、ということで、空腹でもないのに食べる。そんな状況が多く、どんどん太る。8時のフライトが30分遅れ、到着もしっかり遅れて、ホテルに入ったのは夜11時近かった。でも、メルボルンよりはずっと暖かいシドニーにホッとする。

       

      | ツアー日記 | 09:36 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      2017年5月6月オーストラリアツァー6
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        5月29日(月)

        荷物をまとめて、10時半にメースに空港まで送ってもらう。途中、パースの炭鉱でもうけまくっている大金持ちの超バブリーな家を見る。まるでホワイトハウス。パースは炭鉱の町。美術館やホワイトハウスのような家に夫婦二人だけで住んでいたりするらしい。想像しようとしても、どうもイメージがわかない世界だ。掃除が大変だろうなんて思うのは、私が庶民だから?

        空港でゲートに向かう。またペットボトルの水をセキュリティーでバッグから出し忘れたが、お咎めなし。オーストラリアは軍隊を国外に出していて、テロも怖がって難民の受け入れも厳しいのに、なんでこんなにチェックが甘いのかは謎。

        シドニーまでは4時間。気流のせいか、帰りの方が早い。シドニーの空港のゲートにアリスターが迎えに来ていて、びっくり。そういえば、セキュリティーチェックを通ってゲートまで入るときに搭乗券を見せなかった。つまり誰でもゲートまでこれるわけだ。これもなんか不思議。

        アリスター宅にチェックイン。荷物を置いて、歩いて近所のタイレストラン。ここに連れて来てもらうのは3回目。私たちの大好きな店だ。どれを食べても美味しい。幸せにアリスター宅に戻る。

         

        5月30日(火)

        アリスターとスー夫妻は年代も私たちとほぼ同じで、生活パターンも似ている。朝は7時半とか8時に起床。しっかり朝食をいただく。素晴らしいエスプレッソマシンを持っていて、美味しいコーヒーを入れてもらえるのが嬉しい。さあ、今日から3日間ほぼオフ。どうしようかと困惑。アリスターとスーの勧めで動物園に行くことに。スーが付き合ってくれる。電車に乗り、フェリーに乗り、オペラハウスを右手に見ながら動物園に。フェリーの後は、ケーブルカーで丘の上まで。動物園入り口は丘の上。そこからフェリー乗り場まで降りてくる形で動物園のコースができている。私は、ワニの大ファン。なにせ怖い。そんな顔しなくてもって顔してるし。大きな口も迫力ある。ワニはミスできない。動物園は象の赤ちゃんが生まれたばかりで、これもハイライト。というわけで、ワニや蛇、トカゲ、象、コンドル、鳥類ばかり見ていて、カンガルー、コアラ等のオーストラリアの動物はパス。前回、そういう動物は見て回ったので、もういいかなぁと思い、ジェラシックパークのようなオーストラリアの雰囲気を楽しむには、最高のコース。前回、動物園に行ったのは15年くらい前?ツアー先のセントルイスで同じプロジェクトで来ていたグルジアのミュージシャンと一緒に動物園を回った。グルジアの大男たちは大はしゃぎだった。

        フェリーと電車を乗り継ぎ、疲れ果てて、帰宅。今夜は、私たちが天ぷらでも作りますということで、スーパーに買い物に。寿司に使えるコメとのり、わさびを見つけて、急遽手巻き寿司に変更。寿司ダネはアボカド、田村の卵焼き、きゅうり、スモークサーモン、オイルサーディン。大成功!とても美味しかった。

        食後は疲れ果てて、熟睡。

         

        5月31日(水)

        オフ2日目。午前中はメールの返事等に終われる。昨晩のレフトオーバーで寿司ランチにして、午後はアリスターとスーの9月の来日時の打ち合わせ。アリスターは学校で博士論文の仕上げをしている間、スーと私たちで、日本のスケジュールをたてる。彼女のような優秀な人がマネージメントしてくれるアリスターはすごい幸運。羨ましい。でも、スーが真剣なのは、ツアーが終わってからの2日間のフリータイム時の温泉旅行。

        洗濯もさせてもらって、充実の一日。アリスターが学校から帰宅して、今夜は彼とスーでステーキディナーを作ってくれる。オージービーフってこんなに美味しいのというくらい、美味しいステーキ。アリスターの焼き加減の素晴らしさに感動。そういえば、一歩も外出しなかった。

         

        6月1日(木)

        オフ3日目、とはいえ、午後は2時間レッスンが入っている。大学で指導したアンサンブルクラスのピアノの子がプライベートレッスンを希望して、レッスンすることになった。午後はバスで大学に行き、2時間レッスン。クラシックピアノとジャズピアノをデュアルメジャーでとっている大学4年生。卒業後はアメリカで修士課程を取りたいという。オーストラリア生まれだが、チャイニーズの長身の東洋美人。4年生なので、さすがにジャズの基礎的な理論とか方法みたいなものは知識としてあるが、まだまだ身にはついていない様子。こればかりは、時間をかけて習得するしかない。色々と話していたら、実はクラシックやジャズの他に、一番好きなのは自分でコンピューターでサンプルした音を使ったり、ピアノの演奏を録音して加えたり、歌ったトラックを加えたりしながら、オリジナルをコンピューターのソフトを使って作ることとか。今まで作ったトラックを聞かせてもらった。かっこいいクラブっぽい音楽だが、どこそこにオリジナリティーが感じられて、素晴らしい。なーんだ、もう自分の音楽を作り始めているんじゃない、と言ったら、これは、遊びで楽しくてやっているだけだと言う。この国の教育も、辛いことを続ける努力するのが一番大切というものらしい。こう言う音楽でまずは、自分の作品として、CDを一枚完成することを進める。目がキラキラ、将来に不安とときめきを持っている、素敵な女性の彼女が最後にびっくりすることを言った。「今、こんな風に一生懸命やっているけど、私は女性だから、結局はすべて実らないんじゃないかと時々不安になる」正直、腰が抜けた。私も女だけど、今までそんなこと考えたこともなかった。音楽を始めてから、女性だからということでマイナスに感じたことは一度もなかった。体力や生理的には、女性は確かに厄介な部分はある。女性であることや日本人であることを音楽をやる上で、特別に考えたり感じたりすることはなかった。もちろん、アフロアメリカンの男でないとジャズはできないと思っている前時代の方はいらっしゃるかもしれないが、そんなこと言ったら、呆れられるのがオチだ。「そんなことは、全く考えない方がいいと思う。人生は思い描いて進めば、そうなるのだから」と話したが、なぜそんなことを感じたのかが、とても気になった。

        アリスターの車でアリスター宅に帰宅。みんなでインディアンレストランへ。インド料理でも、ちょっと今風、インディアン・ヌーベル・キュイジーヌ。明日は、マイナス4度まで冷え込んでいるキャンベラに移動だ。

         

        6月2日(金)

        朝9時15分、アリスターにバス停まで送ってもらう。10時のバスでキャンベラに向かう。昨年1月のKAZEのツアーも同じコースだった。3時間半の予定が渋滞もなく3時間でついてしまう。途中、牛や羊が放牧されていて、他は何もないという土地ばかり。広々と広がる地平線、人々がのんびりしているのはこの広々に起因しているのかも。

        キャンベラのバス停には、今夜のコンサートを主催してくれるStreet Theaterの人が迎えにきてくれていた。彼女の車で会場の場所を通りながらホテルに向かう。昨年もびっくりしたが、この街はやたらに整然としていてゴミが全く落ちていない。ホテルで遅いランチをしてちょっと休んでから、徒歩で会場に。歩いて5分とか言われたけど、10分近くかかる。その上、寒い。会場には、シドニーからSirens Big Bandのメンバーが車に分乗して到着。ステージのセッティングとサウンドチェック。舞台監督の女性が、下町のおばちゃんみたいで、おばちゃんがステージで指示出しているのが、いい雰囲気。

        オーストラリアは日本並みにPAを使う。アメリカやヨーロッパではアコースティックなジャズだったら、よほど大きな会場でない限りドラムにマイクなんて立てない。ドラムからしっかりサウンドチェック。2週間前に1回リハ開いただけなので、ソロを短めで頭から最後までランスルーのリハをする。2週間前のリハより、私もレデイースバンドの前に立つことに慣れたし、みんなも随分と打ち解けてきていて、いい感じだ。

        控え室は私と田村だけ別の部屋にしてくれたのだが、みんなの部屋に行ってピザのデリバリーを一緒にご馳走になる。体育館のように大きな控え室で、みんなで車座になって床に座り、話しながらピザを食べていると、なんかすごく楽しい。「女子会」だ。

        1部は田村—藤井のデュオ。気持ちよく演奏させていただく。2部は組曲「FUKUSHIMA」を50分超演奏する。正直、ノックアウトされました。素晴らしいバンドだ。メンバー全員が心底音楽に入り込み、全身全霊で演奏してくれた。終演後、CDもやたらに売れて、幸せな晩。なぜか主催者は全て帰ってしまっていて、田村と二人で徒歩でホテルに。途中開いていたチャイニーズレストランで餃子、チャーハン、青菜炒めにビール。餃子がすごく美味しくて、さらに幸せに。

         

        6月3日(土)

        ホテルの朝食は29ドルだそうで、もちろんパスして、近所のカフェに。軽くすませて、荷物を整理し、11時にチェックアウト。ホテルのフロントに荷物を預け、ロビーでネットに繋いで仕事。12時半に日本大使館の文化担当の方と待ち合わせ、一緒にホテルでランチの予定。昨晩は大使館のスタッフのイベントで私たちのコンサートに来れないからと、わざわざリハーサルを夕方に覗きにきてくださったくらいに熱心な方。お話が面白くて、やたらに盛り上がり、オーストラリアの様々な情報も教えていただく。なるほど、今のオーストラリアの物価の異常な高さは、バブル状態らしい。物価が高いということは、給料も高いということだ。このまま上がり続けるわけにはいかないだろうから、ちょっと怖い気がする。食後、ホテルでタクシーを呼び、空港に。ドライバーは20年前にエチオピアから移住してきた人で、エチオピアジャズの話で盛り上がる。キャンベラは首都ではあるが、人口は40万でそれも郊外まで含めての人口だそうだ。空港についても、ほとんど人がいなくて驚く。人間50年以上やっていると、色々と気がつくことがある。人口的に作った街が成功する場合が少ないということも、多々見てきた。ここもある意味、そんな街みたいだ。人間は社会動物だから、放っておけば集って街を自然に作る。

        メルボルンまで飛んで1時間ちょっと。空港にはフェスティバルのスタッフが迎えにきてくれている。オーストラリアのすごいところは空港のゲートまで出発だろうと到着だろうと搭乗券のない人が入れる。迎えのお兄さんと預けたカバンが出てくるのを待ち、ドライバーが待っているところに。なんとBMWの新車。BMWがスポンサーということらしい。ドライバーのおじさんも迎えのお兄さんもボランティアスタッフ。海外のフェスティバルは、そういう形で市民を巻き込んで成立させている。大渋滞の中心地にあるホテルに到着。フェスティバルが絡むのは火曜日からなので、それまでの3泊は自費。ということは当然、安ホテル。チェックインしてから、すぐに近所に食事に出かける。ホテルの近所にインド料理、和食居酒屋、タイ料理、色々とあって楽しい。和食居酒屋に行ってみる。揚げ出しとうふ、ナス田楽、アボカドサラダ、ガーリックチャーハン、どれも美味しかった。ウエイトレスのチャイニーズのお姉さんが、「私たち日本からだけど、どれも美味しかった」と言ったら、大喜び。店には誰も日本人はいないけれど、日本からのお客さんに褒められたら、みんな大喜びすると喜んでくれた。

        安ホテルは慣れているが、エアコンをつけても部屋がなかなか暖まらない。外は息が白いくらい寒いので、これは辛い。フロントに電話してチェックに来てもらう。エアコンは壊れていないが、部屋の広さに比べパワーがなくて暖まらないらしい。満室で今夜は他の部屋に移れないという。諦めて、シャワーで温まりベッドに入る。明日、部屋を変えてもらおうと話しながら就寝。

         

        6月4日(日)

        朝までエアコンを強でつけていたら、部屋がだいぶ暖かくなった。まあ、これならいいかと、朝食に。ここのホテルの素晴らしいところは、朝食が6ドル!キャンベラのホテルの朝食が29ドルだったから、いかにホテルのランクが違うのかというのは歴然。この6ドルの朝食、コーヒーを除けば悪くない。アメリカや日本の安いホテルの朝食よりはずっと手作りできちんとしている。朝食後は、たまったメールの返事とかを片付ける。今日は、アメリカボストンのニューイングランド音楽院時代の友人にランチに誘われている。ジョナサンは、ブリスベーン出身のトロンボーン、ベース、タブラをこなす優秀で優等生な音楽家。当時、バークリーの学生だったギタリスト、イラン生まれのマスタネと結婚して、今は2児の父。メルボルンの大学で教鞭をとりながら、今はPhD、ドクターを取るために勉強もしている。オーストラリアのミュージシャンはみんなドクターを懸命に取得する。ドクターがあれば、大学で3日か4日働けば生活できるようになるそうだ。アリスターもサンディーもメースもみんなドクター。日本ではジャズミュージシャンがドクターを取るという発想自体ないし、取得したところでそんなに仕事があるとはとても思えない。ジョナサンもマスタネも菜食主義。ごちそうになったのは、手作りのフムスにひじきと切り干し大根の和え物。それにマスタネ手作りのイラン料理。くるみを潰して、ざくろのジュースで伸ばし、見た目はカレーみたいだが、もっとリッチで美味しい。二人の子供は10歳と8歳くらいの兄妹。ふたりとも本当にいい子で、黙って一人で遊んでいる。食事をごちそうになり、会話を楽しんだら、また車でホテルまで送ってもらった。

        夕方からは私たちの木曜日の会場でもあるJazz Labというクラブにビル・フリーゼルを聴きに行く。サザンクロス駅から電車で6駅。降りてみたら何もない郊外。クラブには今夜はsold outとある。エーーー、はるばる来て入れないの?フェスティバル出演者だからどのショーにも行けるパスはあるのだが、それはもちろん入れる余裕がある場合のみ。でも、ここまで来て悔しい、と一応クラブに入ってみる。開場は6時半だが、まだ5時半。出てきたお兄さん、アーティストパスでは入れない?と聞くと、「今夜はいっぱいで無理ですね。あれサトコ?」へ?お知り合いですか?「2007年にベネッツレーンでビッグバンドで演奏した時にバーにいたスタッフだよ」10年前!「6時半にくれば、黙って潜り込ませてあげるよ」まさかメルボルンで顔がきくとは思ってもみなかった。長く生きているといいこともある。近所のスポーツバーでコーヒーを飲みながら、オーストラリアラグビーを観て時間を潰す。6時半に会場に戻ったら、長蛇の列。なんとか後部の階段に座れるところを見つけて二人で座る。立ち見がいっぱいでステージは何も見えないが、立っているよりは楽。まったりと1時間、およそフェスティバル受けを計算していない淡々とした音楽を楽しむ。駅に行ったら電車が出たばかりで、30分待たないといけない。電車を待たずに乗れるのは、東京の銀座線と丸ノ内線くらいです。なぜか、満員だった聴衆は誰も駅にはやってこない。みんな車?トラム?

        もう結構な時間。ホテルの隣のインドレストランがまだあいていたので、飛び込む。メニュー見て、びっくり!インドチャイニーズというコーナーがある。確かにあったって不思議じゃない。行ったことはないけれど、インドにだって中国料理店はあるに違いない。田村はおとなしくベジタリアンビリヤーニ、私はインドチャイニーズの焼きそば。なんと、これがカレー味で美味しかった。文化は融合だ!爆発だ!

         

        6月5日(月)

        ホテルのリーズナブルな朝食後、部屋にこもりコンピュータで仕事。私たちはマネージャーがいないので、演奏していないときはひたすらマネージャーの仕事。ツアーの細かい準備や、CD製作、チラシ製作等、やらなくちゃいけないことはやってもやっても無くならない。ランチは、外の空気を吸いに繁華街の方まで歩いて行ったら、以前友人に美味しいと教えてもらったショロンポー屋さんを発見。隣がラーメン屋。どちらも長蛇の列。ショロンポー列加わり、でも回転が早いのか5分くらいで店内に案内される。ショロンポーに春巻きに青菜炒め。ショロンポーが絶品でした。田村はあまり好きではなかったのに、このショロンポーは今までで一番美味しかったらしい。ホテルに戻りまた午後の部の仕事。田村は、部屋でちょっとトランペットの練習も。自分の楽器が持ち運べる人が羨ましい。こちらは、楽器の置いてあるところまで出向かないと演奏できない。

        夜は、旧友で共演者でもあるジム・ブラックのコンサートに。オーストラリアのミュージシャンがサイドでのバンド。テナーは10年前にメルボルンのオーケストラと演奏した時にバンドにいたジュリアン。ホテルから徒歩で行ける会場で、チャイナタウンにある。繁華街で嬉しい。終演後はジムとジュリアンに挨拶して、ホテルに戻る途中でコリアンレストランに。パジョンとブルゴギで美味しい夕食。ついに明日からは忙しくなる。今夜は早めに12時前に就寝。

         

         

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        2017年5月6月オーストラリアツァー5
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          5月25日(木)

          さて、今日は今回の大学の客員で一番大変な日。演奏ではなく、トークが予定されている。朝はホテルでパンとコーヒー、昼はシーフード屋さんで白身魚のバラムンド、ホタテ、イカ、タコを焼いてもらう。サラダも中国野菜炒めも皆美味しい。部屋に戻ったら、掃除がまだで、仕方なくコンピューター持参でネットが繋がるカフェでお茶しながら仕事の続き。昼間は日差しが暑いほどで、外の日当たりのいいところは暑い。部屋に戻り、用意をして大学に。まずは、4時から6時までアドバンスド・アンサンブルのクラス。明日のコンサートのリサイタルの最終リハーサル。4曲、私と田村の難しい曲ばかりのプログラム。先週の授業で、「失敗を恐れないで」と言ったせいか、演奏に勢いが出た。ずーっと楽しい!!田村は全曲に参加、私はピアニストの学生にたくさん演奏してもらいたいので、一部分だけソロをとらせてもらう。早めに授業が終わり、アリスターと学内のカフェで夕食。7時からのトークの会場近くのマレーシア・カフェで、私はマレーシアラーメンのラクサ、田村はクリアヌードルの焼きそばをいただく。結構美味しいです。

          7時前に会場に行くと、先日のコンサートのセッティングとはうって変わり、テレビのトークショーみたいなセッティング。立派な椅子が二つにステージ後部には花の飾りまで。これは、恥ずかしい。冗談で、シャンデリアは?ミラーボールは?と言ったら、本当にシャンデリアまでセットされちゃった。7時にドアが開き、7時半までレセプション。お客さんと飲み物と軽食で歓談という仕立てだ。田村と私はもっとも苦手とするところだ。わずか5分で、笑顔が固まって、シワが増えた。すぐに楽屋に逃げ込む。田村は、トークには参加しない。ずるい!!彼は、客席後方でCD売り!でも、しっかり売ってくれた。7時半に学部長のご挨拶、アリスターが簡単に私のことを紹介してくれて、まずは、ソロ演奏。このシチュエーションは緊張します。何も考えないでピアノの前に行き、インプロ。演奏し始めると落ち着く。短めのインプロソロのあと、インタビュー形式のトーク。アリスターは数年前からドクターを取るために研鑽を積んでいる。彼の研究の中にユニークと思うミュージシャンを取り上げ、そのスタイルやバックグラウンドなどを分析して論文にまとめるというのがあり、私はその中のミュージシャンに入っている。お影で、彼は私のことを全て把握していて、インタビューの内容もとても面白いし、答えやすい。トークは、想像したよりもずっと順調に進み、いらしていただいた学内外の多くのお客さんにも楽しんでいただいたようだ。まずは胸をなでおろす。アリスターにホテルに送ってもらう。さー、大学ではあと1日。

           

          5月26日(金)

          大学レジデンシーの最終日。すっかり日常になったホテルでの朝ごはん。洗濯も済ませ、10時半にアリスターがホテルに来てくれる。明日から2泊でパースに行くのに、彼に大きなスーツケースを一つ預けて行く。

          クージーでの最終日のランチは、インドレストランでカレーとナン。美味しかった。ホテルの部屋に戻り、パソコン開いて、仕事を済ませる。大学最終日の今日は締めくくりのコンサート。4時半からサウンドチェックなのでバスで大学に。コンサートの出番の順番通りのリハーサル。まずは、私の曲3曲と田村の曲をやるアドバンスド・アンサンブル。田村は今日はずっとステージ、私はこのアンサンブルではほんの一部分でしか演奏しない。簡単なサウンドチェックを済まし、次はビッグバンドのサウンドチェック。場所決めやマイクチェック。私としてはマイクは使いたくないが、学生はマイク無しに慣れていなくて、結局ソロマイクだけ使う。先生方とのフリーセッションはサウンドチェック無しで、本番前に夕食に飛んで行く。キャンパス内で初めて行くメキシコ。ブリートを食べて、腹ごしらえ。

          7時に本番スタート。田村が引っ張って、目一杯鼓舞させて、エキサイティングなアンサンブルとソロを引き出してくれた。こんな風に演奏することは、初めてだったんだと思う。みんな、紅潮して興奮気味。そのセットの後、すぐに先生たちによるセッション。田村がいきなり声を使い出す。なんとサックスのサンディーも声を使う。しかも、かなり刺激的なボイス。後で聞いたら、彼女は昔パンクバンドで歌っていたそうだ。人に歴史あり!

          最後のセットはビッグバンド。もう数ヶ月取り組んで来てくれた「FUKUSHIMA」。私がリードして、棒を振る。50分超の熱演。最初から最後まで、素晴らしい緊張感が持続して、アンサンブルもソロも素晴らしい出来。演奏する喜びを覚えちゃうとやめられない。これに代われるものは何もないと思う。今夜も幸せです。

          アリスターにホテルまで送ってもらう。明日は、5時間のフライト、パースまで飛んでリハーサルに直行というハードスケジュールが待っている。

           

          5月27日(土)

          朝5時半起き。用意をしてチェックアウト、タクシーで空港に。8時のフライトでパースに向かう。ドメスティックだし、預ける荷物もないし、インターネットチェックインしてボーディングパスも持っているから、そんなに早く行かなくてもいいのだが、空港での悪い体験から、常に早めに空港に行くようにしている。セキュリティーチェックが緩い。ジップロックに入れていた液体物を鞄から出すのを忘れていたのに、まるでひっかからない。ゲートに向かう途中で朝食。クロワッサンとコーヒー。ゲートに行き、定刻で搭乗。割と空いている。席に着いた途端に爆睡。知らない間に飛んでいて、機内サービスで起きる。2度目の朝食。でも、この後いつ食べられるかわからないから、無理していただく。映画のプログラムを見たら、新作でボストンマラソンのテロの映画がある。ボストンは、トータルで5年住んだ街だし、このテロの時、犯人が捕まったウォータータウンに住んでいるパーカッションの益子高明さんとちょうどドイツでツアー中だった。そんなわけで、この事件はものすごく気になっていた。隣の田村もすぐにその映画を見始めた。マンチェスターでのテロ直後ということもあり、とても考えさせられた。ベルリンの壁が壊され、冷戦の時代が終わった時に、ついに「平和」が定着すると思った。ところが、すぐに東欧で民族紛争になった。それが落ち着いたら、今度はどこそこでテロ。もちろん、その間ずっと世界中のどこかで戦火が絶えることはない。人間っていうのは、学習しないのだろうか。

          パースに着陸。空港にメースが迎えに来てくれている。メース・フランシスとは、本当に不思議な縁で、友人になった。2011年にma-doというバンドでオーストラリアツアーした時にパース・ジャズ・ソサエティーという団体を紹介してもらった。パースでコンサートを主催している団体だが、そこの人が大編成をやっているのならば、メース・フランシスが何かやってくれるかもしれないと返事して来てくれた。そのやりとりをしている時、ちょうどニューヨークのスタジオでミックスの作業中だった。隣の部屋からやたらにかっこいい大編成の演奏が聞こえる。誰のバンドなの?と聞いたら、オーストラリアのメースだった。すぐに隣の部屋に会いに行った。二人ともあまりの偶然にびっくり。その数ヶ月後に彼のオーケストラに私が曲を持参し、田村と是安さん、堀越さんがそのビッグバンドに入って、初めてのコラボレーションが実現した。彼は、私の音楽よりはずっとジャズよりのコンテンポラリージャズっぽい作曲家だ。でも、音楽的にも人間的にもオープンで、私のような音楽も大丈夫な人だ。彼の教えているパースの音大と日本の昭和音大が提携を結んでいるらしく、彼は頻繁に昭和音大に来ている。今回は、オーストラリアの他の日程が決まってから、パースでも何かできないかなあ?とメールしたらすぐに動いてくれて、彼のオーケストラとの共演で、パース・ジャズ・フェスティバルをとってくれた。空港の駐車場に行き、彼の車にびっくり。GMのオールドファッションの大きなアメ車。GMは2、3年前までオーストラリアに工場があって、これはGMでもオーストラリア製らしい。「1978年車だから、僕と同じ年。」う〜ん、私の息子くらい?まずは、リハーサルに直行。羨ましいことにレギュラーのリハーサル場所を他のビッグバンドと持っている。持っていると言っても、町の使っていなかった公民館を交渉して使わせてもらうようにしたらしい。事前に譜面を送ってみてもらっていたので、リハーサルは簡単に済む。メースの車でメース宅に。車で10分、すごい高級住宅地、スワン川という美しい川の前に彼の住まいがある。びっくり!!なんでも、作曲家に1年間無償でこの家を貸すというプログラムに申請して今年の1月から住んでいるとの話。大きな家で、2階はベッドルームが3つ、1階はリビング、ダイニング、キッチン、そのほかにもう一部屋。2階のベッドルームを一つ使わせてもらう。彼は、すぐに今日から始まっているフェスティバルに向かう。私と田村はこの大きな家に二人残される。奥さんのギャブは、何時に帰ってくるかわからないということで、預かった鍵で歩いて10分のところに食事に行く。昼を食べていないし、シドニーよりずっと寒いしで、すっかり体が冷えてしまった。4軒並ぶレストランの一軒に入る。二人とも、体が冷えているので、暖かくて体温が上がりそうな肉料理を注文。私のポークも田村のラムもとても美味しかった。赤ワインのおかげもあって、体が温まった。帰りも川沿いの超高級屋敷街を通って帰る。すごい家ばかりだ。これ、美術館ですか?みたいな大きさだ。空にこんなに星があったっけ?というような美しい星空。呆れるような住環境だ。家に戻ってから、しばらくメールの用事をしたりしていたが、全く家主が帰ってこない。すっかり眠くなってしまって、10時にはもう寝ることにする。まあ、シドニーの12時だから、通常の時間だ。それにしても、二人ともどこに行っちゃったの?家が大きいからちょっと怖い。

           

          5月28日(日)

          8時に起床。夜遅くに2回ドアの音がしていたから、二人とも帰っているはずだ。歯を磨き、顔を洗い、支度をして、階下に降りて行く。キッチンで奥さんのギャブと初対面。とても感じのいい明るい奥さん。私たちとメースのオーケストラの今日のコンサートのことは何も知らない。「変わっているでしょう?これで新鮮な関係でいられるの」まじですか?!私たちは真逆。いつもずーっと一緒にいて、お互いのスケジュールもほぼ全部、というか、だいたいいつも二人とも同じスケジュール。うちの場合、あまり離れていると、最近の健忘ぶりもあって、お互いのことを忘れてしまいそうだ。

          コーヒーを入れてもらって、家の前の美しいリバービューの椅子でくつろぐ。家で、朝食を食べる習慣もないみたいで、彼女はサーフボードを抱えて今日はサーフィンの予定と出かけて行った。メースはいつまでも起きてこないし、また昨日の4軒並んでいたカフェにブランチに行こうと、川沿いを歩く。日曜日は多くの人が散歩したり、川沿いのグラウンドでサッカーしたり。カフェで、フレンチトーストとクロックムッシューを食べて、家に戻るとメースが起きていた。12時に家を出て会場に向かう。パースの街中のビル群の中の会場。サウンドチェックの途中でもう開場になってしまい、一旦楽屋に戻る。2011年に来た時、コンサートに来てくれたおじさんに声をかけられる。彼はそれ以来、インターネットでCD注文もよくしてくれる。

          今日も「FUKUSHIMA」組曲。ダイナミックスが極端に小さい音から大きい音まで、演奏者だけではなく聴衆にも集中力を要求するような曲なので、半分屋外のようなこういう会場は難しい。ところが、演奏開始したら、聴衆は真剣に聞いてくれるし、演奏者は集中して緊張感が途切れることもなく、50分。こんな機会をくれたメースに心から感謝。終わってから、持参したCD21枚がほとんど売れて、さらに嬉しかった。フェスティバルではまだ演奏が続いていたが、田村がちょっとのんびりしたいということで、メースに家まで送ってもらう。メースは、フェスティバルの委員でもあるので会場に戻る。シャワーを浴びてパソコンで仕事をして、6時過ぎにまた食事に行こうと川沿い10分徒歩で、イタリアンレストラン。二人ともパスタをいただく。打ち上げということで、デザートも頼む。どれも美味しかった。パースはシドニーより物価が安いとはいえ、日本やベルリンから比べるとやはり高い。家に戻り知らない間に寝てしまう。家が大きいので、ホテルに泊まっているみたい。いつ誰が戻ったかも、よくわからない。

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          2017年5月6月オーストラリアツァー4
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            5月22日(月)

            朝ごはんは部屋で、田村は11月の海外ツアーのために助成金申請書類を作成、私は6月の北米ツアーの移動やホテルの確認。あー、まさに日常。昼はカフェで私はミーゴレン、田村はチョリソのチリコンカーン風。どちらも美味。外のテーブルに移り食後のコーヒー。日差しが気持ちいい。日本を出発するとき、これから寒くなるオーストラリアに向かうのはちょっと悲しかったが、ここシドニーはカリフォルニア南にいるように暖かく気持ちの良い天気だ。なぜか「雨」との予報がことごとく晴れて、私はすっかり「雨女」返上。今でも海水浴を楽しんでいる人がたくさんいる。

            部屋に戻り、仕事の続き。今日は夜7時半から学校でサイレンス・ビッグバンドとリハーサル。サイレンス・ビッグバンドはシドニーで活動する優秀な女性演奏家のビッグバンド。女性ばかりなのに、なぜかサックスに一人男性がいる。その上、田村が今回このバンドに入り共演する。サックスの男性は、かつては女性だった方が性転換して男性になったそうで、女性の時からメンバーだったのでそのまま在籍している。なんとなくいい話のような気がする。今回は、彼らと私の曲「Fukushima」をキャンベラとシドニーで演奏する。このビッグバンドに話をつなげてくれたのは、今回全てセットしてくれたアリスター。彼が7時にホテルに迎えに来てくれる。リハーサルが終わるのは遅くなるから、リハーサル前に夕食。今夜は隣のタイレストランでグリーンカレーと野菜炒め。野菜をたっぷりと補充。アリスターの車で学校に。女性ばかりのビッグバンド!ちょっと緊張する。音楽活動を始めてから、多くの場合圧倒的に男性の共演者が多い。女性には、あまりきついことが言いにくい。男性よりも傷つきやすい気がする。おそらく気のせいだけだろう。リハーサルに行ってみたら、もう一人男性がいた。ギタリストが日本人男性。演奏のレベルも表現のレベルも流石の高さ。簡単な説明だけで、見事に演奏。わがままを言えば、上手すぎて破綻しないところが残念。これ以上のリハーサルの必要はないので、来週のリハはなしで、6月2日のキャンベラのコンサートに望むことにする。そういえば、私は、高校は女子校だった。全員女子!男子がいないと、ある意味とてつもなくのびのび。寒い日は制服のスカートの下にジャージを履き、早弁も毎日。レディースバンドも慣れれば楽に違いない。コンサートでどこまで演奏の振幅を広げられるかは、私のリードの仕方にかかっている。リハーサルの休憩でみんなと歓談。日本で「Fukushima」を演奏して、原発推進派の非難を受けないのかと聞かれる。別に政治的発言をしているわけではないから、非難されることもないと説明。日本の状況にはみんな興味津々。リハ後はベースのジェシカがホテルまで車で送ってくれた。

            ホテルについて、譜面の整理をしていたら、ホテルのアラームが鳴り出した。その上、焦げ臭い。パジャマになる前でよかった。貴重品を持ち、階段で1階に降り、ホテルのロビーに向かうと、道路に消防車が見える。こういうこと、昔ありました!札幌のホテルでサイレンがうるさいから窓から外を見たら、野次馬がこちらのビルをみんなで指差している。まじ〜?それでもホテルの客室から出てくる人はいない。私たちは急いで1階まで行ったら、ボヤで大事には至らなかったが、皆さん部屋でお休みになっていたのか、度胸が座っている。今夜もロビーでホテルの従業員が「トースターの焦げた煙でアラームが鳴っただけで大丈夫です。部屋に戻ってください」と説明。一日が刺激的に終わる。

             

            5月23日(火)

            いつもの朝ごはん。パンにピーナッツバター、オレンジジュースとコーヒー。朝のメールチェックとその返事。朝8時に起きると、だいたいこの作業が終わると昼ごはんの時間。今日のランチは、行ったことのないカフェで、田村はBLTサンドイッチ、私はスパゲッティ、ガーリック・ジンジャー・チリを頂く。先日、ジャズクラブで食べたスパゲッティーがクタクタのオーバークックだったので、スパゲッティーは避けていたが、今回のは、ちゃんとアルデンテ。ペペロンチーネにジンジャーが入っているというクリエイティブなスパゲッティーは結構美味しかった。食後はスーパーで朝食用のパンとオレンジジュースとみかんを買って帰る。4時からのジャズ・コンポジションの授業。先週もあったが、実はこれが結構難しい。学生のレベルやバックグラウンドがまちまちで、求めているものも違う。学生の作曲した楽曲を2曲音出しして、全員でコメントを出し合う。私の日常的な作曲の作業について説明する。「なんでもいい」ということがなかなか理解してもらえないようで辛い。具体的に色々なアプローチでの作曲を説明したが、わかってもらえたのか? セメスター最後の授業らしいから、何か一つでも伝えられていればいいが。授業終了後、来月のメルボルン・ジャズ・フェスの委嘱作品をアリスターと打ち合わせ。バス停まで歩いていく途中、可愛い声のカエルが鳴き、空をすごい声をした鳥が飛び交う。そういえば、ここではカラスもとんでもない声をだす。植物は見たこともないようなものがいっぱいだし、オーストラリア、まるでジェラシックパークです。バスでホテルに戻り、夕食はインドカレー屋さんへ。テイクアウトがメインの店で、あまり流行っているように見えなかったのだが、行って見たらびっくり。休みなくお客さんが来て、料理もすごく美味しい。あと、三日のクージー滞在中にもう一回は来なくちゃ。ホテルで譜面整理とマネージメントの仕事。明日は長い一日になりそうなので、12時前には、おやすみなさい。

             

            5月24日(水)

            今日は久しぶりに忙しい1日。朝ごはんを済ませ、10時半には学校に向かう。12時前に軽いランチを学校のカフェで食べてから、受付のレイチェルに押さえてもらった、ピアノのある教室で練習。私は、6月のKAZEの北米ツアーに用意した新曲を書き直し、軽く指鳴らし。ピアノが素晴らしいスタインウェイのD。どこの教室のピアノもかなり状態が良くて、酷使されていないのがわかる。私は1時半にアリスターとの打ち合わせにカフェに行く。部屋に残った田村に、学生ビッグバンドのピアノの子が「セッションさせてください」と。彼は、科学とクラシックの作曲科をデュアルメージャーでとっている、非常に優秀な学生。いわゆるジャズピアニストではないが、作曲専攻だけあって、素晴らしいインプロバイザー。学生の中では傑出して独自の美意識を確立させているように思える。田村は、セッションをすごく楽しんだらしい。

            アリスターとの打ち合わせは、明日木曜日に予定されている、学内での私のインタビュー。アリスターがインタビュアーで、デモ演奏も含めて予定されている。公開インタビューなんていうのは、それだけで緊張する上、英語なので、ドッキドキ。アリスターにわかるように話してね、とお願いする。彼から事前に予定しているインタビューの内容を見せてもらう。20項目もあるが、どれもなかなか濃密で全部に答えていると大変なことになりそうだ。

            2時から3時まで、金曜日の学内コンサートのリハ。アリスター、サンディー、田村、私の他にやはり先生のチェリスト、ジョンが入る。まあ、インプロなので、リハというよりは顔合わせとセッティングの打ち合わせ。

            3時から4時までは空き時間で、カフェでサンディーとお茶をする。彼女のご主人も音楽家で共演者でもあったのだが、ずいぶん前に神経系統の病気になり、音楽活動を断念。今は、自宅で療養しながら、月曜日に共演者を自宅に招いてのセッション。そのプロジェクトでCDもリリースしているとの話。音楽はあらゆる形で活動を続けられるのが、素晴らしいところだと思う。それでも、ご夫婦が音楽家で共に活動してきたのに、一人が病気ということで通常の活動を断念せざるをえないのは、どんなに辛いことかと思う。サンディーもきっと色々と大変に違いないが、彼女はそんな辛さを一つも見せない。

            4時から6時までは先週リサイタルを終えた中級アンサンブルクラス。クラシックギターアンサンブルのクラスも一緒にインプロワークショップとなった。田村が主導。10人程度のクラスを小さなグループに分けて5分と時間を決めてインプロする。田村が3つだけ簡単なサインを決め、それで指示を出す。合図でみんな同じフィールで演奏、次の合図はそれぞれ違うフィールでの演奏。そして、エンディングを作って終わってくださいというサイン。最初は楽器を使ってやったが、若い方は結構保守的で、なんとかスタイルを使って演奏しようとする。ブルースっぽくしたり、ボッサっぽくしたり。そこで、田村は学生に楽器を使わないインプロをさせる。つまり、歌ったり手を叩いたりするのだが、みんな最初は恥ずかしそう。表現するという意味がよくわかってない様子だったが、わずか2時間で、自分の耳で聞いて音を出すという作業が驚くほど上達した。聞いているだけで、勉強になりました。

            6時から8時は、私の「FUKUSHIMA」を演奏する学生ビッグバンドの授業。もう先週、問題なくできていたから、最終確認とランスルーをすることにした。みんな上手なのに、弾けないところがなんとももどかしい。田村もバンドに入って演奏するが、どうして学生のおじいちゃんくらいの年齢の田村が一番元気なの?サンディーが、テナーの子に思い切りブローさせる。なぜか続かない。これって大変なの?私はいつも自分のビッグバンドで、みんなとにかく元気で弾ける演奏ばかり聴いているから、おとなしいのにびっくり。サンディーにホテルまで車で送ってもらってから、今日はまだ行っていない中華料理屋に行く。海老餃子蒸したのと、レタス炒め、麻婆豆腐をいただく。どれも美味しい。麻婆が豚肉のひき肉の他にエビとイカの細切れも入っていて、こんなの初めて。クージーのレストラン街、わずか100メートルほどの間に小さな店がたくさんあり、どれも美味しくて、とても楽しめた。ここでのステイはあとふた晩。


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            2017年5月6月オーストラリアツァー3
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              5月20日(土)

              なんと土日、学校は休みです!こんな生活は、長いことしていないから二人で朝から落ち着かない。まずは部屋で朝ごはんを簡単に済ませる。今日はあいにくの雨模様との予報。晴れたらブルー・マウンテンにピクニックに行こうとアリスターが誘ってくれたが、昨晩の大雨にめげて早々にキャンセル。ところが、どんどんといい天気になってくる。午前中はツアー中で一番大事な仕事であるお洗濯。このホテルはアパートメントホテルなので、ありがたいことに洗濯機も乾燥機も使い放題。洗濯が終わって乾燥機に突っ込んでから、いつも行くCoogeeの街とは反対方向のRandwickの街を目指す。徒歩で15分もかからないが、上り坂なので、ハーハーと息が上がる。魚屋さんの店先でフィッシュ&チップスの安いランチを食べ、隣のカフェでお茶していると、青空が広がって来た。これは、今日しかない、と二人でBondi Beachまで歩いて行くことにする。片道7キロ弱、ずっと海岸沿いを歩くことになるので坂も多い。先ずホテルに戻り乾燥機の洗濯物を部屋に置いてから、Coogee beachに。さっき15分歩いただけでハーハーの二人が7キロ歩くんだから大変なことだ。土曜日でビーチにもいつもよりたくさんの人がいる。さあ、太平洋沿いに北上だ。いい天気で暖かいとはいえ、20度くらいの気温。およそ、海水浴の温度ではないが、結構多くの人が泳いでいる。みなさん、お元気。私は荷物を持って歩くと腰が痛くなる人なので、手ぶらで歩いた。途中、サーフィンスポットがあったり、海に面した広大な墓地があったり、高級住宅街があったり。7キロもずっと海岸沿いにしかもビーチが多い場所を歩けるのは、他であまり見たことがない。ベンチを見つけると休んで、無理しないように歩いたら2時間以上かかった。Bondiはライフ・セイバー発祥の地だそうで、今日もドローンが安全確認で飛んでいた。

              もちろん、帰りはバス。出かけにインターネットで調べて来たが、出先でも使えるGPSのアプリでバスの乗り換えもうまくいき、迷子にならずに帰れた。二人ともクタクタで、食欲なし。でも、とにかく何か食べようとクージーの街に。結局、ハンバーガーにコーラ。これもたまには美味しい。

              こんなに働かない1日というのは、うちにいたらありえない。

              でも、食後は我慢できずにメールを開く。

               

              5月21日(日)

              さてさて、今日もお休み。途方に暮れる。快晴でカラッとしていて素晴らしい天気。部屋で朝ごはんを食べてから早速コンピューターで仕事を始める。マネージャーがいない私たちは、演奏が休みの日もマネージメントの仕事が山積み。新譜の準備やこれからの仕事の準備に忙しい。昼ごはんは海岸沿いのカフェでサンドイッチ。部屋に戻り、仕事の続き。気分転換にカフェに行きたいという夫の意見を尊重。カフェでコーヒー。目の前にある容器の中に美味しそうなボールドーナッツ。直径4センチほど。あまり甘いものを食べない私たちが二人でシェアするにはちょうど良さそう。カウンターのお姉さんに「これ一つ食べたいけど、いくら?」「5ドルです」田村が動転する。「これが5ドル?! ありえない。」日本語でもジェスチャーで動転ぶりがウエィトレスに伝わる。私は平静を装い、「ひとつください」田村は「まじ〜?」恥ずかしいからやめて!5ドルで焦るな!だいたいオーストラリアドルは安い。が、オーストラリアは物価が高い。二人できゃあきゃあいいながら頼んだ割には美味しくなくて、少し残してしまった。

              ホテルに戻り仕事の続き。続くイベントは晩御飯。

              夫の希望で街一番のイタリアンレストラン。先日のパスタ経験が悪くて、今日は前菜のタコの焼いたのとルッコラサラダとマルゲリータピザを注文。もちろん赤ワインも。どれも美味しかった。食後はエスプレッソで幸せにホテルに戻る。

              基本的に美味しい食事があれば、それだけで幸せになれる。

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              2017年5月6月オーストラリアツァー 2
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                5月15日(月)

                朝10時にアリスターが迎えに来てくれて、大学をざっと案内してくれる。キャンパスは巨大なので、音楽部のビルだけまわる。ついでに校内のスタジオをとってもらい、11時から12時半まで私たちは軽く練習もさせてもらった。練習室に、どーんとやたらに大きいコンサートグランドが置いてある。スチュアート & サンズというオーストラリアの手作りのピアノで、鍵盤が97鍵ある。ベーゼンドルファー以外でこういうピアノは初めて見た。癖がなく鳴らしやすいピアノで、気持ちよく練習させてもらう。

                学部の受付のお姉さんに世話になり、バスで使えるオパールカードも購入。アリスターは新譜のミックスに飛んで行き、私たちは大学のカフェでランチ。聞いてはいたが、学生の東洋人の多さにびっくり。半分は東洋人と聞いていたが、もっと多い気がする。

                バスでホテルに戻る。ホテルの部屋がちょっと暗いので、上階の部屋に変えてもらい、お引越し。すっかりいい天気になったので、クッジービーチを散歩する。

                通常のツアーと違い、のんびりと過ごし、ちょっと気が抜け気味。夜は隣のタイレストラン。リカーライセンスがないお店みたいで、お客さんはみんなお酒持参。こちらは手ぶらで行ったので、今夜はお酒なしの日になった。夜9時15分にアリスターが迎えに来て、ラジオ収録に向かう。レコーディングエンジニアでもあるプレゼンターのピーター・ネルソンは昨年1月に私とアリスターのコンサートを録音してくれた人だ。リラックスした雰囲気で、大学でのコンサートや木曜日のクラブでのコンサートの告知もしてもらう。ラジオを聞いている人は結構いるそうだ。ホテルに送り届けてもらい、1時までに就寝。

                 

                5月16日(火)

                今日は大学でのワークショップの初日。授業は夕方4期からだが、午前中11時にアリスターと学校のスタジオで待ち合わせてメルボルン・ジャズ・フェスティバルでの新プロジェクトの打ち合わせ。メンバーは、田村(Tp)藤井(Piano)アリスター・スペンス(Fender Rhodes)トニー・バック(Drs)で、今回は全て新作でのワールドプレミアの委嘱となる。それぞれが曲を持ち寄り数回のリハーサルで成立させる予定。私たちはリハーサルが1回なんていうのはよくある話なので、数回リハーサルができるのは、とても助かる話だ。田村、藤井は新曲を準備して行ったが、アリスターは6月末の博士論文に追われていて、まだ未完。イメージや楽曲をざっと話し合い、12時に終了。さて、4時まで大学で時間を潰さないと。まずは大学のカフェでランチ。アメリカで学校に通った私たちにとっては、オーストラリアの大学のカフェはとてもレベルが高い。もちろん、アメリカの大学のカフェの今の状態は知らないので、なんとも言えないが。とにかく、野菜がたっぷりと食べられるのが嬉しい。ランチ後、学部の受付に直行、どこかで練習ができないかきいてみる。残念ながらピアノがある部屋は全てすでにサインアップされていて、じゃあ、トランペットの音が出せるだけでもと相談して、部屋に案内してもらう。大きな映画上映もできそうな部屋で、田村は練習、私はパソコンで6月下旬のKAZE北米ツアー用の作曲。ピアノなしで作曲することは少ないので、これはいい機会。新しい試みだ。

                4時にジャズ・コンポジションの授業に。クラシックの学生やジャズ初心者の学生も含んだ6人クラス。さて、何から話そうか。私の基本スタンスは、音楽はなんでもあり、という姿勢。あれはダメこれはダメのようなアプローチは絶対にしたくない。作曲ということに関しては、とにかくたくさん作曲するのが一番の作曲上達方法と伝えたい。これは、私の経験から。まず、音楽は何で出来ているのか、「音と静寂」そして、その静寂の部分がいかに大事でたくさんのことを語れるか。そして実際に作曲するときの簡単なヒントとかを持参した楽曲で説明して行く。熱心に聞いてくれているが、彼らが一体どんなバックグラウンドだか不安になり、一人づつ好きな音楽を聞いてみた。びっくりしたことに、「ロックが好き」と答えたのは一人だけ。今までほとんどクラシックしか聞いてないという子が二人もいた。1970年代にティーンエージャーだった私としては、びっくり!こちらがカルチャーショックを受けた。授業後半は彼らの作曲の音出し。手書きの譜面はゼロ。全員、ノーテーションソフトでの譜面。ソフトに頼っての譜面なので、譜面が伝える意味が今ひとつ理解できていない記譜が残念。初日の授業は無事終了。バスでホテルに戻り、荷物を置いてから夕食に出かける。気になっていたブラジルステーキ屋さんに。こちらがストップをかけるまで、鶏肉、豚肉、牛肉、羊肉のBBQがどんどん運ばれてくる。若者じゃないからそんなにはいただけない。あっという間にストップ。満腹でホテルに戻り、メールチェックして就寝。

                 

                5月17日(水)

                朝ごはんは部屋でパンとジュース、コーヒー、ランチは近所のシーフード屋さん。カジュアルな店で並んでいるシーフードから選んでその場で調理してもらう。これが、むちゃくちゃ美味しかった。田村は帆立貝とえび、私はバラムンドという魚を焼いてもらう。それにトウモロコシもバーベーキュー。どれも美味しかったが、このバラムンドという魚に感動。海水でも淡水でも住める大きな白身の魚で、この辺りでは一般的な魚らしい。ここは、また来なくちゃ。

                大学2日目の今日は2クラス、4時から2時間の中級アンサンブルと6時から8時のビッグバンドアンサンブル。両クラスともサックス奏者、サンディ・エヴァンスが先生。3時に打ち合わせるために彼女と会う。彼女とは、2013年夏にカナダのグエルフ・ジャズ・フェスティバルで会っている。私たちのコンサートの後に声をかけてくださったのだが、その時の印象とは違って、気分は初対面。学生の説明とかを聞き、4時からの授業に。小編成のアンサンブルと思ったら、9人もいるしサックスなんか4人もいる。女の子たちがとてもおとなしく内気だと聞いていたが、全くその通りで、びっくり。オーストラリアの女の子は日本人並みにおとなしいです。大勢の中で自己主張はなさらない。アメリカとえらい違い!

                私のオリジナル曲の「ナインピン」と田村の「マサイの舞」を選んでリハーサルをしてきてくれた。早速「ナインピン」を演奏してもらった。カウントオフでテーマ、アドリブ、セカンドテーマ、テーマとジャズ常套フォームでの演奏。まずはそのディスカッションから始める。カウントオフ以外のイントロが作れないか、サックスが4人もいるのにみんなでユニゾンだけじゃなくてテーマを繰り返す時に別れたらどうか、アドリブの時に同じグルーブを続けている必要があるのか…etc. ジャズの演奏家はインプロバイザーであり、作曲家、編曲家でもあるから、常にそういうことを考えて音楽を面白くしてほしい。このアンサンブルでは今週金曜日に学内のホールでのコンサートがあるので、みんなの意見を拾いながら、結局私がアレンジを決めた。2曲目のマサイは、田村の奇才ぶりを発揮する楽曲。ホーンプレーヤーは全編マウスピースだけで演奏。イントロでは、造語を使って声を出さなくてはいけない。学校内でも外でもそんな事やった事ないから、みんな目が点になる。でも、声を出しているうちに、みんなの目がキラキラしてきた。何と言っても、楽しいわけで、やっぱりそれこそが音楽の原点。この曲を選んだサンディーもさすがだなぁと思う。音楽は、気をつけないとその楽しさを時に忘れてしまう。特に勉強や練習に熱心になると、とても危険な一面がある。この「楽しさ」のために勉強したり練習したりしているのを忘れないでほしい。金曜日のコンサートが楽しみだ。

                6時のビッグバンドのクラスでは、私の「FUKUSHIMA組曲」をリハーサルしてきてくれた。音を出してびっくり。素晴らしいバンドだ。ソロではジャズの定番リックにとらわれずに表現をきちんとできるプレイ。もし何かかけているとすれば、一歩はみ出す演奏。つまりもっと枠を広げるようなパワーがほしい。例えば、音の大小のレンジももっと大きく。大きな音はもっと大きく、小さな音はもっと小さく。普段の授業では伝統的なジャズビッグバンドレパートリーを演奏しているらしいが、トランペットの子が箏が弾けるから、ソロでは箏を使ったり、バリトンの子がエレクトロニクスを使ったりと実にクリエイティブ。このビッグバンドのコンサートは学内のホールで来週金曜日、ものすごく楽しみだ。

                4時間ぶっ続きの授業終了後、サンディーが車でホテルまで送ってくれる。慣れない教える仕事でふたりとも疲れた。ホテルに荷物を置き、まだ行っていない近所のタイレストランで夕食。私が出発前にひいた風邪は悪くも良くもならずに、喉だけチリチリと痛い。その上、ビッグバンドの授業でデスメタルボイスやっちゃったので、声もかすれちゃった。自重せねば。

                 

                5月18日(木)

                ランチはなんと回転寿司!寿司鯉という、日本ではありえないネーミング。入店すると従業員が「いらっしゃいませ!」、でもよく聞くと「〜〜〜〜〜ませ」てごまかしている従業員がほとんど。回転しているのは、日本では絶対見れない寿司。私たちは心が広いので、結構楽しめます。なんたって、カルチャーショック!エビ天が乗った握りは、すし飯の酢が少ないので、まるで天むすみたい。これはこれで美味しい。文化というのは、定型を守るだけじゃなくて、思い切った試みでさらに発展するもんだと思う。海外の寿司を否定したら、私たちのジャズも否定されても仕方ないと思う。

                大学3日目。4時から6時までアリスターが指導するアドヴァンスドアンサンブル。つまり上級者コース。3時半にアリスターのオフィスで打ち合わせのはずが、バスが来なくて約束の時間に遅れる。やっぱりバスはあてにならない。海岸沿いのバス停で気を揉みながら、ビーチや歩道の木々を見る。オーストラリアに来ると、毎回北半球とは違う植物や動物に驚かされる。日本や欧米では見たこともない木々を見ているとSF映画のようだ。

                アンサンブルはサックス3人、ピアノ、ギター、アコースティックベースにエレクトリックベース、ドラムという編成。これも結構大編成。ここ数ヶ月、私と田村のオリジナル曲を練習してきてくれた。楽曲は、私たちにも難解な「Alligator In Your Wallet」「Spiral Staircase」「Spring Storm」「Tatsu Take」。まずは、聴かせていただく。みんな上手に何事もなく演奏。早速、こちらで崩しにかかる。アリスター、ごめんなさい。こういう難解な楽曲をきちんと演奏したら、ただそのテクニックをひけらかしているだけだと思う。まず、そのリスキーな部分が伝わらないと楽曲の魅力は半減、というのが私の持論。演奏不可能なテンポまであげる。これだけでかなりおもしろくなる。4曲のリハーサルで2時間はあっという間。

                授業終了後、アリスターと3人で今夜のコンサート会場のVenue 505に行く。今夜はここでアリスター、私、田村とシドニーのドラマーサイモン・バーカーで演奏。私たちはサイモンとは初演。2007年に初めてシドニーに来た時に、ドラムの堀越彰さんにドラムセットを貸してくれ、その時に彼のCDも頂いた。何年かして、彼の韓国のシャーマン音楽とのコラボレーションがNHKの特集番組で紹介され、それもとても面白かった。ちょっと前には彼とスコット・ティンクラー(オーストラリアのとても個性的なトランペットプレーヤー)とのCDを手に入れ、ますます共演したくなった。アリスターに頼んで、4人でのコンサートが実現した。まず、びっくりしたのは、その集客。全編インプロビゼーションの内容で、こんなにお客さんが来るの?そういえば、今までシドニーで演奏してお客さんが少なかったことはあまりなかった。もちろん、アリスターやクラブが十分にプロモートしてくれたからだが、お客さんの数にも、その多様性にもびっくりした。たくさんのお客さんが、静かに熱心に聴いてくれる。演奏が悪くなるはずはない。1セット目は田村とサイモンのデュオ。私も客席後ろから聞いていたが、客席とステージが一体となった緊張感が気持ちよく、一瞬も飽きることなく聞き入った。途中で入って来た若い東洋人のカップル、バーで飲み物を買ってから空席に座り、言葉を交わしていたら、同じテーブルのおじさんがジェスチャーで「黙って」と。すぐに二人とも話をやめた。注意する方もされる方もストレスなく自然な行為で、なかなかこういうことが自然に起きない日本人には驚きの光景だった。2セット目は、私とアリスターのローズのデュオ。アリスターはローズの内部演奏+エフェクターを繋ぐというユニークなアプローチをする。彼とのこの編成のデュオは昨年1月のシドニー以来で、2回目になる。私も鍵盤よりは、内部演奏を多用した演奏になる。昨年の録音を聞いたら、私としては、課題は鍵盤の演奏部分。それまでの宇宙からいきなり平均律の古典にスライドするのは、とても難しい。このデュオは9月にアリスターが来日するときも何本か考えていて、できれば録音もしたい。3セット目は4人での演奏。初めての顔合わせとは思えないハプニングの演奏となり、アンコールも一曲。最前列にいた高齢のおばあちゃん、大興奮でノリノリ。楽屋にも飛んで来て、「素晴らしい」を連発してくれた。ビールを飲んで、タクシーでホテルに戻る。やっぱり、教えるよりは演奏の方が発散できて、気持ちいい。

                 

                5月19日(金)

                朝はいつも通りに部屋で。ランチは、一昨日に行った魚レストランに。今日は、私の大好物のタコを焼いてもらう。柔らかくて美味しい。近所にこんな店があって、本当に嬉しい。パン屋さんにパンを買いに行き、そこでコーヒータイム。オーストラリアのコーヒー文化は充実していて、基本はフランスと同じエスプレッソ。日本でいうレギュラーコーヒーはエスプレッソをお湯で薄めたロング・ブラック。

                昨日、バスがなかなか来なかったので、今日は早めにホテルを出る。学内コンサートの今日はサウンドチェックの5時に間に合えばいいのだが、金曜日の夕方のせいか道がかなり混んでいて、結局ちょうどいいくらいの時間に。大学のホールというよりは、街のクラブのようにバーもある。音響のスタッフもプロで、今日の学生コンサートもなんとチケットを売っている。その売り上げでこのホールを運営しているようだ。リハーサル後、キャンパスの中のマレーシアレストランで夕食。大学もここまで大きくなると、もう街みたいだ。

                水曜日のサンディーのクラス中級アンサンブルでの今夜のコンサートでは、田村の「マサイの舞」と私の「ナインピン」も演奏。田村の「マサイの舞」は田村が自ら指揮をする。楽器を使わないで、声やおもちゃを多用、ついにダンスまで。学生たちは、水曜日のクラスの時よりは解放されて来たようだが、まだまだおとなしい。まあ、彼らにしてみれば、こんな恥ずかしいことはできないっていうのが、あるのかもしれない。私は楽屋にいて、見れなかったが、映像を撮っていたらしいので、それが楽しみ。「ナインピン」は私も演奏に参加。サンディーのアイデアで、アルトサックスのおとなしい女の子のソロを、途中からピアノと二人だけのフリーソロにした。美しいアプローチに感心した。無事にコンサートは終了。

                 

                 

                 

                 

                 

                | ツアー日記 | 10:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                2017年5月6月オーストラリアツアー 1
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                  coogee beach

                   

                  By 藤井郷子

                   

                  2017年5月13日(土)

                  昨晩から喉が痛い。またまた悪いタイミングで風邪をひいたようだ。体の節々もちょっと痛かったので、インフルエンザでなければいいと祈りつつ、緊急事態の栄養ドリンクとビタミンドリンクを飲んで就寝。今朝起きても高熱ではないので、今日は予定通り飛べそう。夏樹が元気なのが、救いだ。昼間は、どうしても必要な用事だけ済ませ、おとなしく過ごす。夜10時の羽田からのフライトでシドニーまでひとっ飛び。昨年1月のクアラルンプール経由に比べれば嘘のように楽。大雨の中を羽田に向かう。チェックインして、保安検査。手荷物のバッグに入れたことをすっかり忘れていた栄養ドリンク、なぜかまるで引っかからずに、出国。ゲート近くで寿司を食べ、搭乗。10時発が預け入れ荷物のチェックとかで遅れて、飛び立ったのは11時半。こちらの力の及ぶところではないので、ひたすら眠る。

                   

                  5月14日(日)

                  4回目のオーストラリアに入国。最初に来たのは2007年だったが、この10年で入国はすごく簡単になった。入国は機械でパスポートの写真ページを開いて行い、チケットを受け取る。そのチケットで通るゲートで自動写真撮影だけ。入国後も荷物を開けられていたのが、今回は誰も開けられている様子はなく、ノーストレス。飛行機は出発が遅れた割には、到着は1時間程度の遅れで、運ちゃん途中で飛ばしたらしい。

                  飛行機の中で目が覚めたときに、喉が痛いと言い出した夏樹が心配。二人で風邪をひいての到着だ。

                  出口で友人、共演者のアリスターの出迎えを受ける。今回の1ヶ月に及ぶプロジェクトは、彼が豪日ファンデーション助成申請を受け、実現するものだ。もう10年の付き合いになるが、彼と夫人のスーの人柄は長く付き合えば付き合うほど、感服する。常に自由でとらわれることなく自身の音楽を勇気を持って変革させて来たそのあり方は、音楽家としても感服する。

                  ホテルまで30分ほどで着く。クッジービーチの近くのホテルにチェックイン。早めに部屋を用意してくれるということで、ランチ後、12時に部屋に入れる。ここに2週間ステイして、ニューサウスウェルズ大学での講義とシドニーでのコンサートの予定。部屋は一階なので、ちょっと暗いのが悲しい。オーストラリアでは多い、小さなキッチン付きのアパートメントホテル。物価の高いオーストラリアではキッチン付きは助かる。でも、調理器具は電子レンジのみなので、しっかり料理ができるわけではない。

                  夜はアリスターとスーと4人で近所のタパスレストラン。オーストラリアワインを楽しみ、楽しい時間を過ごす。とにかく、睡眠!私は10時には就寝。テレビの映画に負けて、夏樹は12時頃まで起きていた。

                  | ツアー日記 | 21:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  あれもこれも
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                    by 藤井郷子

                    2017年1月9日、ピットインで昼夜続けてのライブを敢行した。こんな無謀な企画に答えてくれるピットインと、理解して付き合ってくれる仲間たち、そして長時間こちらの音楽に向かい合ってくれる聴衆の皆さんに心から感謝。最近はこういう企画の準備段階の時に海外ツアーの時が多く、友人の力を借りて、フライアーの制作や宣伝告知を行なっている。動いてくれている友人たちにも心から感謝。

                    前回、同様の企画を2010年1月9日にピットインで行なっているので、7年ぶりになる。でも、つい先日に感じる。時の経つのは早い。ますます早い。

                    2010年はGato Libre, First Meeting + Nels Cline, Satoko Fujii ma-do, Satoko Fujii Orchestra Tokyoの4バンドだったが、今回はMaho Quartet, Satoko Fujii Orchestra Tokyo, Tobira-one, Toh-Kichi, Satoko Fujii Quartetの5バンド、開始時間も1時間半ほど早く、ますます過激な企画だ。私たちはPit Inn以外でも、1997年と2007年に新宿のシアターモリエールで「帰国記念コンサート」「帰国10周年コンサート」と同様のコンサートをやっている常習犯だ。こういう企画は、いっぺんにたくさんのバンドを聞けるという面白さがあると思ってやるのだが、やはり大阪、新潟、湯河原、水戸などの遠方からいらしてくださる方たちもいて、励まされる思いだ。

                    回を重ねると、思い出も重なり、感慨深いものがある。2010年出演のGato Librema-doのベースの是安則克さん、ギターの津村和彦さん、First MeetingFujii Orchestra Tokyoのギターのケリー・チュルコさんは、亡くなってしまい、もう共演できない。一緒に音を出す、音楽をする仲間は、一般の社会的なお付き合いとはまた違い、どこか深いところでコミュニケートしている、繋がっているという感覚がある。言葉をたくさん重ねても、一緒に音楽するつながりに置き変えることはできない気がする。

                    最初の企画が1997年だから、もう20年前になる。Fujii Orchestra Tokyoは1997年の結成時からほとんどメンバーが変わっていないというのもうれしい。みんな20歳年取ったってことだ。20年は経ってしまえばあっという間だけど、20年先を考えるとめまいがする。とはいえ、これもまたあっという間だろう。そんなことを考えると、ますます今この時を懸命に生きなくてはと感じる。

                    私たちは音楽することで、生きている喜びをさらに感じられる。どうしてそうなるかはわからないが、音楽をすると心が躍動する。ミュージシャンになった頃は、音楽をやりたくてその道を選んだ。無我夢中でやっているうちに、もう他のことはできない状態になり、音楽しかできません、みたいな時期もあった。今は、やめられませんという状態だ。こんな楽しいこと、もうやめられません!!

                    同様の企画でのコンサートが次回いつできるかはわからないが、それぞれのプロジェクトでは、各地でコンサートをやっている。私たちの音楽を聞いたことがない方達にどうやってアプローチしたらいいのかは、本当に難しくてわからないのだが、是非ともテレビやラジオでは聞けない音楽を「生」で一度体験してもらいたいと思う。お気に召さなかったら、残念だが、もしかしたら素敵な出会いかもしれない。

                    お待ちしています!

                    | エッセイ by 藤井郷子 | 18:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    2016北米ツアー
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                      北米ツアー2016
                      by 田村夏樹

                       
                      2016年5月、13日の金曜日仏滅に羽田を出発してトロント経由でニューヨークへ。よりによって13日の金曜日に出発とは。こちとらキリスト教徒ではないが、気分の良いものではない。そのせいかどうかトロントで乗り換える時、アメリカ入国手続きをやるのだが、藤井が引っかかってしまい別室に行かされる。以前ベルリンの空港でパスポートも入ったカバンを盗まれて以来、何故かアメリカ入国の時だけイミグレーションで、やたら色々訊かれたり時間がかかったり、本当に面倒臭い。他の国では何処も全く引っかからないのが不思議だ。アメリカのシステムがそれだけ優秀ということなのか?あるいはパスポートを盗まれた記録があるが、この人物は問題ないということが何度も入国しているのに更新されないダメなシステムなのか?
                      別室で待たされはしたが、特別何を訊かれる訳でもなく名前を呼ばれて「はい、行っていいよ」頭にきた藤井が「一体何が問題なんだ?」と質問するとその警官は「別にパスポートの盗難とは関係ないよ。ただ精査しただけだ」と答えた。
                      それってもっと面倒じゃないですか、何か精査されるリストに載ってるってこと?
                      日本からの飛行機が予定より30分早く到着して、時間は少し余裕があったから良かったが、これがタイトな乗り継ぎだったら焦りまくるところだ。
                      でもまあ一応無事にニューヨークに到着。
                      寒い!!これは寒い!!
                      いやあセーター持ってきて良かったあ。荷物が結構重いので地下鉄の階段を避ける為、タクシーでブルックリンのホテルへ向かう。この時期マンハッタンのホテルは信じられない程高くて、とてもとても泊まれません。
                      ブルックリンの4thアヴェニュー25丁目なんて一昔前は怖くて(特に夜は)歩けないようなエリアだった。今でもそれ程いい雰囲気になった訳ではないが、夜でもヤバイ感じは全く無くなった。しかもホテルのすぐ近くに美味しいペルーレストランがあった。何を食べても美味しくて連日通ってしまった。そのすぐ手前にも美味しいケバブ屋があって大助かり。反対側にはスーパーも在るし、地下鉄R駅の目の前だし、アメリカの安ホテルの不味い朝食と違って、ベーグルやデニッシュなど割と美味しいパンなどもあって、なかなか良いホテルだった。
                      14日はいきなりオフ日という豪華な予定。昼間マンハッタンの楽器屋と銀行で用事を済ませ、どこかでお茶休憩しようかと歩いていたら、次の角で5人編成でストリート演奏をやっているバンドが居た。へえっと思って近づいて行くと、ゲゲッ、アルトサックスを吹いているのは何と小黒さんじゃないですか!
                      その昔(40年前)コンソレーションやニューハードというバンドで一緒だった小黒さんとバッタリ。小黒さんとは以前ニューヨークで度々会って食事したり、ライブに来てくれたりしているが、ここ数年会っていなかったので、バッタリ出会うって嬉しい。演奏後コーヒーを飲みながら、いろんな話をして過ごした。その時話題に上がっていたニューハードのリーダー、宮間利之さんがつい先日亡くなった。
                       
                      1日置いた15日にブルックリンに在るなじみのスタジオ「システムズ2」でデュオとピアノソロのレコーディング。このスタジオは部屋も音もピアノも素晴らしいが、またその仕事ぶりが凄い。時間通りに行くと全ての準備がビシっと用意されていて、全くロスが無い。スタジオに着いて2階に用意されているコーヒーを飲んだら直ぐにスタートだ。午後から始めたが、5時前には終了。
                      エンジニアのマックスが直ぐだからと車でホテルまで送ってくれた。ブルックリンのホテルで良かった。
                      夕食はやっぱりペルーレストラン。藤井はペルー料理の定番グリーンソースのスパゲッティ、僕は海老料理。どちらもすごく美味しかった。その上安くて幸せ。
                      昨日はその店で藤井がヒラメ、僕がアンガスビーフのステーキを食べたがどちらも凄く美味しかった。
                       
                      16日は午後1時に藤井が電話インタビューを受け、夕方マンハッタンへ。クイーンズに長年住んでる友人とマンハッタンの職場の近くで食事。キューバン・チャイニーズ料理という珍しいレストランだが、とても流行っていてお客さんがいっぱい。「CALLE DAO」という店だが珍しくアペタイザーがイマイチでメインが美味しいという店だった。焼きそば、ビーフステーキ、ポークとキヌワ(キノワ?)の煮込みを3人でシェアー。どれも美味しくてなるほど流行るわけだと思った。
                       
                      17日は朝から近くのコインランドリーで洗濯。ツアー中の大事な仕事です。
                      地下鉄で2駅マンハッタンよりにある「I Beam」へ。ニューヨーク・オーケストラの仕事で夕方5時から8時までリハーサル、8時半からコンサートの予定だ。久しぶりの面々が集まってくる。皆元気そうだ。しかし今回のレコーディングは今までと違って、ドラムのアーロン・アレキサンダーが足を怪我して急遽チェス・スミスに変わり、トランペットのスティーブン・バーンスティンとアルトのブリガン・クラウスがヨーロッパ・ツアー中のため参加できない。今まで奇跡的に不動のメンバーでレコーディングしてこれたが、考えたらそちらの方が不思議なくらいだ。15人の売れっ子ミュージシャンが毎回揃うなんて。
                      今回はギターのネルス・クラインにも参加してもらった。
                      リハーサルも順調にサクサクと進み、2時間ほどで終了。心配していた夕食も食べる時間ができて良かった。近くのホールフーズというオーガニックスーパーでキノコのスープを食べる。これも美味しい。メンバーの多くが近くのバーで飲んでいるが、こちらの連中は滅多に酔っ払わない。顔も赤くならないし、基本的にアルコールに強いので安心。
                      8時半から本番だが、お客さんが入りきれなくて、関係者や聴きに来たミュージシャンは外に居たそうだ。フェローン・アクラフやジム・ブラックもその中に居た。ありがたいことだ。
                      演奏は勿論素晴らしかった。みなさん流石です。この晩の演奏はここでレビューしてもらえた。
                      https://newyorkmusicdaily.wordpress.com/2016/05/18/satoko/
                       
                      18日は朝10時からレコーディング。また「システムズ2」に向かう。少し前に到着したが、全てビシッと用意してある。それぞれのサウンドチェックが終わり、1テイク目をレコーディング開始。素晴らしい内容でエンディングへ。
                      みんな満足げだ。最初は2テイク録音する予定だったが、もうこれでいいんじゃないかということになり、1テイクだけでレコーディング終了。またまた名盤誕生。
                      スタジオを後にして地下鉄でマンハッタンへ。夜はストーンでエレクトロニクスのイクエ・モリさんがキューレートする週間に出演。1セット目はイクエさんと藤井郷子とネッド・ローゼンバーグが演奏する予定だったが、ネッドが都合で急遽できなくなり、他の日に出演予定のデンマークのサックス奏者ロッテ・アンカーが急遽参加。
                      2セット目はイクエさん、藤井郷子、僕、ジム・ブラックのカルテット。
                      ジムとはあちこちのフェスティバルなどで、よく顔を合わせるのだが、一緒に演奏するのは久しぶりだ。なんと長年ベジタリアンだったジムが今や朝から寿司を食べたり、最近ではステーキも食べるそうだ。びっくり!
                      この日も楽しく演奏させていただきました。イクエさん、ありがとう。
                      やはりブルックリンに住んでるジムとタクシーをシェアーしてホテルに戻る。
                       
                      19日は移動日。ホテルを朝7時に出てカーサービスでラガーディア空港へ向かう。そのカーサービスの運転手がまあウルサイのなんの。ほとんど英語が通じないのだが、お構いなしに片言英語で「こっちの道は混んでる、飛行機に間に合わないといけないから高速を避けていくから。あんたらのために。」「あんたら中国人か中国放送入るぞ。」「いや、僕たちは日本人ですよ。」と言っても、こっちの話などお構いなし。空港に着くまでずっと中国語のラジオを聞かされた。
                      ヒューストンで乗り継ぎ、夕方5時過ぎにサンフランシスコに到着。BARTという電車でベイエリアに向かう。ダウンタウン・バークレー駅で下車。歩ける距離だが、荷物が結構あるのとキャリーバッグの車輪が具合悪く、うまく転がらないので駅前からタクシーに乗った。場所を言うと、「ええっ?そこじゃあ歩いてもすぐだよ。タクシーなんか必要ないよ」と嫌そうにしながら運転。「結構待ってこんな客かよ」というのが見え見え。ホテルに着き、こちらもちょっと悪いなと思ったからチップを少しはずんだ。運ちゃんコロッと態度が変わって名刺を出して、「タクシー呼びたいときは俺に電話してくれ。すぐ来るから」
                      調子のいいこと。
                      ベルリンのタクシーは本当に質が高い。おしゃべりではなく、感じがよく、安心して乗っていられる。
                      夕食はホテルから2軒隣のヌーベルクイジーン風のしゃれた店に行った。結構賑わっていて、何となくいけそうだった。藤井はスペアリブを、僕はチキンを食べたが、ジューシーで凄く美味しいチキンだった。食後のエスプレッソも美味しくて満足。
                       
                      20日は夜共演するパーカッショニストのジーノ・ロベアーとランチを食べることになっている。しかしツアー途中から喉が痛い、鼻水が出ると言い始めた藤井がここに来てちょっとダルくもあるから夜に備えて部屋で寝ていることになった。仕方なく僕とジーノだけでランチに出かけた。旨いカレー屋があるんだけど、そこでいいか?というので、カレーは大好きだと答える。行ってみてびっくり。なんだか何かの倉庫のような建物で、だだっ広いフロアに大勢の客がまるで学校なんかの食堂みたいな感じで食べている。最初は凄く小さな店だったらしいが、大当たりして、どんどん店を移って大きくしていき、遂に倉庫か体育館みたいなスペースになってしまったそうだ。
                      なるほどこんな雑多な感じなのに味はたいしたものだった。
                      帰り道、コーヒーはどうだ?というので「いいねえ」と言ってカフェに寄る。そこのエスプレッソも凄く美味しかった。いやあアメリカのコーヒーも美味しくなったもんだ。昔は茶色いお湯のようなコーヒーがほとんどだったが。しかし僕はあのサラッとしたアメリカンダイナーのコーヒーも結構好きなんだけど。
                      夜はバークレーにあるBerkeley Art Centerでコンサートだ。
                      具合がいまいちの藤井がサックスのラリーに電話してホテルまで迎えに来てもらうことにした。
                      ガランとした感じの会場だが、バークレーの街中で結構良いロケーションに在る。
                      1セット目がラリー・オックスsax、スコット・ウオルトンbass、ジョーダン・グレンdrums、のトリオ。2セット目が藤井郷子piano、田村夏樹trumpet、ジーノ・ロベアーdrumsのトリオ。3セット目は全員でやった。ジーノとのトリオの演奏、素晴らしい出来だったみたい。1セット目のミュージシャンや聴きに来てくれていたミュージシャンの良かったという言い方や表情でもそれが確認できる。
                      アメリカに行った当初は、アメリカ人のやたら褒めまくるやり方に慣れなかった。まあ口先ばっかりで本当はそう思ってないんだろうって感じられた。でもそのうちにこれは一つの文化であって、あながち悪くもないかと思うようになった。自分のやってる事にあまり自信が持てず不安を感じてる時など、褒められまくると「そうかなあ?こんなんでも大丈夫か、よしよし」という気になってきて、人と違うやり方などでも思い切って踏み込める。日本社会で浮いてたり沈んでたりする人もアメリカだとしっくりと馴染んで暮らせるかも。
                      聴きに来てくれていた友人の本田素子さんに車でホテルまで送ってもらう。彼女はピアニストで23日に演奏するロサンゼルスの仕事をオーガナイズしているロッコの奥さんでもある。
                      昼間おとなしくしていたお陰か、藤井がだいぶ楽になってきたようだ。部屋に荷物を置いて、真夜中の夕食に出かける。ホテルの斜め向かいにあるアメリカンダイナーがまだ営業している。藤井はホットドッグとオニオンリングを僕はハンバーガーを食べた。しかしここは美味しくないアメリカンダイナーだった。まあハンバーガーはあまり当たり外れがないので、そこそこだったが。
                       
                      21日は藤井のピアノソロ。バークレーでも山手の高級住宅街にある有名なMaybeck Studioでの仕事。
                      行きはきつい上り坂なのでタクシーで行くことにした。午後1時に到着すると感じの良いオーナーのジャックさんが出迎えてくれた。後で聞いた話だが、何年も待ってやっと念願のこの家を手に入れたそうだ。ご存知の方も居ると思うが本当に素晴らしいホールだ。キャパは4〜50人と大きくはないが、アメリカ杉(セコイア)で作られた、美しくて柔らかな響きが素晴らしい。藤井も気持ち良さげに演奏している。お陰様でこのホールの常連さんたちで満席状態だった。演奏終了後、ロバ・サキソフォン・カルテットのスティーブ・アダムスと久しぶりの対面で話がはずむ。折りたたみ椅子を片すのを手伝って、ホールを後にする。帰りはずっと下り坂だし、藤井の体調も随分良くなったのでホテルまで歩いて帰った。
                       
                      22日今日も移動日。朝9時にホテルをチェックアウトして、タクシーでラリーの家に向かう。6、7分で到着。ラリーが借りてきた車にドラムのウラジミール・タラソフも同乗しロサンゼルスに向かう。朝10時に出発し、途中食事休憩くらいで、6時間かけてLAに到着した。ラリー達が泊まるダウンタウンのホテル前で別れ、タクシーで自分たちのホテルへ。ダウンタウンからは少し離れたところ(この辺りはもうほとんど公用語はスペイン語状態だ)にある安ホテル、スーパ−8だ。チェックインして部屋に荷物を置き、夕食を兼ねBlue Whaleのあるリトル東京にバスと徒歩で行く。
                      Blue Whaleに入る前に同じビルの1階下に入ってるレストランに行った。藤井はラーメン、僕はビーフと野菜の炒め物を食べたが結構美味しかった。硬めだけど旨みのある肉だった。
                      朝からずっと運転してきたラリーは今夜Blue Whale で演奏。お疲れ様です。車で一緒に来たドラムのウラジミールとサンディエゴに住んでいるベースのマーク・ドレッサーとのトリオだ。マークとは久しぶりに会う。つい先日はニューヨークでジム・ブラックと久々に共演したし、なんだかSatoko Fijii Fourの同窓会みたい。
                      帰りは、オーガナイザーのロッコに頼んでウーバーを呼んでもらった。契約しているロッコがスマホを持って通りまで来なくてはいけない。スマホの画面の地図を見せてもらったが、まるでゲームみたいだった。「プリウスが来るそうだ」「あっ、この運転手迷ってる。そっちじゃない右だよ」「ああ一方通行だから回り込んでるんだ」「もう少しもう少し」すると左手からプリウスがやってきた。ロッコにお礼を言って乗り込むと、「水飲みますか?」と聞かれ、「ええっ?いや今水は要りません」と答えたが、後から聞いた話だとネットで乗った感想を報告する項目があって、運転者の評価成績に繋がるからサービスがいいそうだ。ホテルに着いたのでお金を払おうとすると、「いえいえ、料金はもう自動で落とされていただいてます」とのこと。「えっ?じゃあ明日ロッコに返さなくちゃだ」契約者のpaypalで自動で支払われるから、現金の授受はないそうだ。まあ多少チップを渡しても良いそうだが。しかし安い!タクシーの半額から3分の1くらいだ。ウーバーが流行るわけだ。
                       
                      23日は自分たちがBlue Whaleに出演する日。しかしアメリカの安ホテルの不味い朝食。何とかしてほしい。オレンジジュースも薄めすぎでその上妙な甘みをつけてる。パンもコーヒーも不味い。近くにカフェなど無い所なので仕方なく食べますけど。
                      昼食はフロントのお姉さんに聞いて、メキシカンに行くことにした。違う道を入ってきたのかと不安になり、通りがかりの人に尋ねると、「ああこれまっすぐ行ってもあるし、そこの坂下った所にもメキシカンあるわよ」とのことで直進。「なんだか違うなあ、これはメキシカンじゃあないよね」違う道をホテル方面に歩いていくと立派なメキシコ料理屋さんがあった。中に入るとちゃんとしてそう。サルサ、エンチラーダなかなか美味しかった。ちょっと歩いた甲斐があった。
                      夕方またバスと徒歩でリトル東京へ。今夜共演するドラムのアレックス・クラインとBlue Whale の近くのレストランでカレーを食べる。アレックスはベジタリアンで、さっき食事してきたからとお茶だけ飲んでいた。アレックスはニューヨークで共演したギターのネルス・クラインの双子の弟さん。大の日本文化好きで、長いこと「茶道」を習っていたそうだ。「お点前頂戴いたします」なんてフレーズを聞いたのは、何年前だろう。
                      彼のセッティングなかなか面白くて、フロアタムの代わりにマーチングバンドで使うような大太鼓を持ってきて、その上に小さなシンバルなどいっぱい並べて叩いたりしていた。今夜も楽しく演奏終了。
                      楽器をしまったりしてる間にロッコが帰ってしまったので、今日はウーバーどうしようと思ってたら、店のスタッフのツヅキさんが親切に外まで来てくれてウーバーを呼んでくれた。今日はオデッセイだった。もう仕組みが分かったので少しチップを渡す。
                       
                      24日はLAからベルリンへ。昼頃ホテルを出て路線バスでユニオンステーションにあるロサンゼルス空港行きのバス停まで行く。切符売り場でチケットを買うのだが、現金お断りでクレジットカードしか使えない。世の中クレジットカードが無いと、本当に不便になってきた。
                      あとはAir Berlinでデュッセルドルフ経由でベルリンに到着。しかしこのAir Berlin、座席が前の席とやたら近くないですか?限られた空間に詰め込めるだけ詰め込もうという魂胆ですね。トイレの数まで少ない。
                      デュッセルドルフでの入国はすごく楽で全く何も訊かれず、スタンプ、ポン。
                      ツアー、お疲れさまでした。
                       
                       
                       
                       
                       
                       
                       
                       
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