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なんでもかんでも

2017年5月6月オーストラリアツァー5
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    5月25日(木)

    さて、今日は今回の大学の客員で一番大変な日。演奏ではなく、トークが予定されている。朝はホテルでパンとコーヒー、昼はシーフード屋さんで白身魚のバラムンド、ホタテ、イカ、タコを焼いてもらう。サラダも中国野菜炒めも皆美味しい。部屋に戻ったら、掃除がまだで、仕方なくコンピューター持参でネットが繋がるカフェでお茶しながら仕事の続き。昼間は日差しが暑いほどで、外の日当たりのいいところは暑い。部屋に戻り、用意をして大学に。まずは、4時から6時までアドバンスド・アンサンブルのクラス。明日のコンサートのリサイタルの最終リハーサル。4曲、私と田村の難しい曲ばかりのプログラム。先週の授業で、「失敗を恐れないで」と言ったせいか、演奏に勢いが出た。ずーっと楽しい!!田村は全曲に参加、私はピアニストの学生にたくさん演奏してもらいたいので、一部分だけソロをとらせてもらう。早めに授業が終わり、アリスターと学内のカフェで夕食。7時からのトークの会場近くのマレーシア・カフェで、私はマレーシアラーメンのラクサ、田村はクリアヌードルの焼きそばをいただく。結構美味しいです。

    7時前に会場に行くと、先日のコンサートのセッティングとはうって変わり、テレビのトークショーみたいなセッティング。立派な椅子が二つにステージ後部には花の飾りまで。これは、恥ずかしい。冗談で、シャンデリアは?ミラーボールは?と言ったら、本当にシャンデリアまでセットされちゃった。7時にドアが開き、7時半までレセプション。お客さんと飲み物と軽食で歓談という仕立てだ。田村と私はもっとも苦手とするところだ。わずか5分で、笑顔が固まって、シワが増えた。すぐに楽屋に逃げ込む。田村は、トークには参加しない。ずるい!!彼は、客席後方でCD売り!でも、しっかり売ってくれた。7時半に学部長のご挨拶、アリスターが簡単に私のことを紹介してくれて、まずは、ソロ演奏。このシチュエーションは緊張します。何も考えないでピアノの前に行き、インプロ。演奏し始めると落ち着く。短めのインプロソロのあと、インタビュー形式のトーク。アリスターは数年前からドクターを取るために研鑽を積んでいる。彼の研究の中にユニークと思うミュージシャンを取り上げ、そのスタイルやバックグラウンドなどを分析して論文にまとめるというのがあり、私はその中のミュージシャンに入っている。お影で、彼は私のことを全て把握していて、インタビューの内容もとても面白いし、答えやすい。トークは、想像したよりもずっと順調に進み、いらしていただいた学内外の多くのお客さんにも楽しんでいただいたようだ。まずは胸をなでおろす。アリスターにホテルに送ってもらう。さー、大学ではあと1日。

     

    5月26日(金)

    大学レジデンシーの最終日。すっかり日常になったホテルでの朝ごはん。洗濯も済ませ、10時半にアリスターがホテルに来てくれる。明日から2泊でパースに行くのに、彼に大きなスーツケースを一つ預けて行く。

    クージーでの最終日のランチは、インドレストランでカレーとナン。美味しかった。ホテルの部屋に戻り、パソコン開いて、仕事を済ませる。大学最終日の今日は締めくくりのコンサート。4時半からサウンドチェックなのでバスで大学に。コンサートの出番の順番通りのリハーサル。まずは、私の曲3曲と田村の曲をやるアドバンスド・アンサンブル。田村は今日はずっとステージ、私はこのアンサンブルではほんの一部分でしか演奏しない。簡単なサウンドチェックを済まし、次はビッグバンドのサウンドチェック。場所決めやマイクチェック。私としてはマイクは使いたくないが、学生はマイク無しに慣れていなくて、結局ソロマイクだけ使う。先生方とのフリーセッションはサウンドチェック無しで、本番前に夕食に飛んで行く。キャンパス内で初めて行くメキシコ。ブリートを食べて、腹ごしらえ。

    7時に本番スタート。田村が引っ張って、目一杯鼓舞させて、エキサイティングなアンサンブルとソロを引き出してくれた。こんな風に演奏することは、初めてだったんだと思う。みんな、紅潮して興奮気味。そのセットの後、すぐに先生たちによるセッション。田村がいきなり声を使い出す。なんとサックスのサンディーも声を使う。しかも、かなり刺激的なボイス。後で聞いたら、彼女は昔パンクバンドで歌っていたそうだ。人に歴史あり!

    最後のセットはビッグバンド。もう数ヶ月取り組んで来てくれた「FUKUSHIMA」。私がリードして、棒を振る。50分超の熱演。最初から最後まで、素晴らしい緊張感が持続して、アンサンブルもソロも素晴らしい出来。演奏する喜びを覚えちゃうとやめられない。これに代われるものは何もないと思う。今夜も幸せです。

    アリスターにホテルまで送ってもらう。明日は、5時間のフライト、パースまで飛んでリハーサルに直行というハードスケジュールが待っている。

     

    5月27日(土)

    朝5時半起き。用意をしてチェックアウト、タクシーで空港に。8時のフライトでパースに向かう。ドメスティックだし、預ける荷物もないし、インターネットチェックインしてボーディングパスも持っているから、そんなに早く行かなくてもいいのだが、空港での悪い体験から、常に早めに空港に行くようにしている。セキュリティーチェックが緩い。ジップロックに入れていた液体物を鞄から出すのを忘れていたのに、まるでひっかからない。ゲートに向かう途中で朝食。クロワッサンとコーヒー。ゲートに行き、定刻で搭乗。割と空いている。席に着いた途端に爆睡。知らない間に飛んでいて、機内サービスで起きる。2度目の朝食。でも、この後いつ食べられるかわからないから、無理していただく。映画のプログラムを見たら、新作でボストンマラソンのテロの映画がある。ボストンは、トータルで5年住んだ街だし、このテロの時、犯人が捕まったウォータータウンに住んでいるパーカッションの益子高明さんとちょうどドイツでツアー中だった。そんなわけで、この事件はものすごく気になっていた。隣の田村もすぐにその映画を見始めた。マンチェスターでのテロ直後ということもあり、とても考えさせられた。ベルリンの壁が壊され、冷戦の時代が終わった時に、ついに「平和」が定着すると思った。ところが、すぐに東欧で民族紛争になった。それが落ち着いたら、今度はどこそこでテロ。もちろん、その間ずっと世界中のどこかで戦火が絶えることはない。人間っていうのは、学習しないのだろうか。

    パースに着陸。空港にメースが迎えに来てくれている。メース・フランシスとは、本当に不思議な縁で、友人になった。2011年にma-doというバンドでオーストラリアツアーした時にパース・ジャズ・ソサエティーという団体を紹介してもらった。パースでコンサートを主催している団体だが、そこの人が大編成をやっているのならば、メース・フランシスが何かやってくれるかもしれないと返事して来てくれた。そのやりとりをしている時、ちょうどニューヨークのスタジオでミックスの作業中だった。隣の部屋からやたらにかっこいい大編成の演奏が聞こえる。誰のバンドなの?と聞いたら、オーストラリアのメースだった。すぐに隣の部屋に会いに行った。二人ともあまりの偶然にびっくり。その数ヶ月後に彼のオーケストラに私が曲を持参し、田村と是安さん、堀越さんがそのビッグバンドに入って、初めてのコラボレーションが実現した。彼は、私の音楽よりはずっとジャズよりのコンテンポラリージャズっぽい作曲家だ。でも、音楽的にも人間的にもオープンで、私のような音楽も大丈夫な人だ。彼の教えているパースの音大と日本の昭和音大が提携を結んでいるらしく、彼は頻繁に昭和音大に来ている。今回は、オーストラリアの他の日程が決まってから、パースでも何かできないかなあ?とメールしたらすぐに動いてくれて、彼のオーケストラとの共演で、パース・ジャズ・フェスティバルをとってくれた。空港の駐車場に行き、彼の車にびっくり。GMのオールドファッションの大きなアメ車。GMは2、3年前までオーストラリアに工場があって、これはGMでもオーストラリア製らしい。「1978年車だから、僕と同じ年。」う〜ん、私の息子くらい?まずは、リハーサルに直行。羨ましいことにレギュラーのリハーサル場所を他のビッグバンドと持っている。持っていると言っても、町の使っていなかった公民館を交渉して使わせてもらうようにしたらしい。事前に譜面を送ってみてもらっていたので、リハーサルは簡単に済む。メースの車でメース宅に。車で10分、すごい高級住宅地、スワン川という美しい川の前に彼の住まいがある。びっくり!!なんでも、作曲家に1年間無償でこの家を貸すというプログラムに申請して今年の1月から住んでいるとの話。大きな家で、2階はベッドルームが3つ、1階はリビング、ダイニング、キッチン、そのほかにもう一部屋。2階のベッドルームを一つ使わせてもらう。彼は、すぐに今日から始まっているフェスティバルに向かう。私と田村はこの大きな家に二人残される。奥さんのギャブは、何時に帰ってくるかわからないということで、預かった鍵で歩いて10分のところに食事に行く。昼を食べていないし、シドニーよりずっと寒いしで、すっかり体が冷えてしまった。4軒並ぶレストランの一軒に入る。二人とも、体が冷えているので、暖かくて体温が上がりそうな肉料理を注文。私のポークも田村のラムもとても美味しかった。赤ワインのおかげもあって、体が温まった。帰りも川沿いの超高級屋敷街を通って帰る。すごい家ばかりだ。これ、美術館ですか?みたいな大きさだ。空にこんなに星があったっけ?というような美しい星空。呆れるような住環境だ。家に戻ってから、しばらくメールの用事をしたりしていたが、全く家主が帰ってこない。すっかり眠くなってしまって、10時にはもう寝ることにする。まあ、シドニーの12時だから、通常の時間だ。それにしても、二人ともどこに行っちゃったの?家が大きいからちょっと怖い。

     

    5月28日(日)

    8時に起床。夜遅くに2回ドアの音がしていたから、二人とも帰っているはずだ。歯を磨き、顔を洗い、支度をして、階下に降りて行く。キッチンで奥さんのギャブと初対面。とても感じのいい明るい奥さん。私たちとメースのオーケストラの今日のコンサートのことは何も知らない。「変わっているでしょう?これで新鮮な関係でいられるの」まじですか?!私たちは真逆。いつもずーっと一緒にいて、お互いのスケジュールもほぼ全部、というか、だいたいいつも二人とも同じスケジュール。うちの場合、あまり離れていると、最近の健忘ぶりもあって、お互いのことを忘れてしまいそうだ。

    コーヒーを入れてもらって、家の前の美しいリバービューの椅子でくつろぐ。家で、朝食を食べる習慣もないみたいで、彼女はサーフボードを抱えて今日はサーフィンの予定と出かけて行った。メースはいつまでも起きてこないし、また昨日の4軒並んでいたカフェにブランチに行こうと、川沿いを歩く。日曜日は多くの人が散歩したり、川沿いのグラウンドでサッカーしたり。カフェで、フレンチトーストとクロックムッシューを食べて、家に戻るとメースが起きていた。12時に家を出て会場に向かう。パースの街中のビル群の中の会場。サウンドチェックの途中でもう開場になってしまい、一旦楽屋に戻る。2011年に来た時、コンサートに来てくれたおじさんに声をかけられる。彼はそれ以来、インターネットでCD注文もよくしてくれる。

    今日も「FUKUSHIMA」組曲。ダイナミックスが極端に小さい音から大きい音まで、演奏者だけではなく聴衆にも集中力を要求するような曲なので、半分屋外のようなこういう会場は難しい。ところが、演奏開始したら、聴衆は真剣に聞いてくれるし、演奏者は集中して緊張感が途切れることもなく、50分。こんな機会をくれたメースに心から感謝。終わってから、持参したCD21枚がほとんど売れて、さらに嬉しかった。フェスティバルではまだ演奏が続いていたが、田村がちょっとのんびりしたいということで、メースに家まで送ってもらう。メースは、フェスティバルの委員でもあるので会場に戻る。シャワーを浴びてパソコンで仕事をして、6時過ぎにまた食事に行こうと川沿い10分徒歩で、イタリアンレストラン。二人ともパスタをいただく。打ち上げということで、デザートも頼む。どれも美味しかった。パースはシドニーより物価が安いとはいえ、日本やベルリンから比べるとやはり高い。家に戻り知らない間に寝てしまう。家が大きいので、ホテルに泊まっているみたい。いつ誰が戻ったかも、よくわからない。

    | ツアー日記 | 10:05 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    2017年5月6月オーストラリアツァー4
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      5月22日(月)

      朝ごはんは部屋で、田村は11月の海外ツアーのために助成金申請書類を作成、私は6月の北米ツアーの移動やホテルの確認。あー、まさに日常。昼はカフェで私はミーゴレン、田村はチョリソのチリコンカーン風。どちらも美味。外のテーブルに移り食後のコーヒー。日差しが気持ちいい。日本を出発するとき、これから寒くなるオーストラリアに向かうのはちょっと悲しかったが、ここシドニーはカリフォルニア南にいるように暖かく気持ちの良い天気だ。なぜか「雨」との予報がことごとく晴れて、私はすっかり「雨女」返上。今でも海水浴を楽しんでいる人がたくさんいる。

      部屋に戻り、仕事の続き。今日は夜7時半から学校でサイレンス・ビッグバンドとリハーサル。サイレンス・ビッグバンドはシドニーで活動する優秀な女性演奏家のビッグバンド。女性ばかりなのに、なぜかサックスに一人男性がいる。その上、田村が今回このバンドに入り共演する。サックスの男性は、かつては女性だった方が性転換して男性になったそうで、女性の時からメンバーだったのでそのまま在籍している。なんとなくいい話のような気がする。今回は、彼らと私の曲「Fukushima」をキャンベラとシドニーで演奏する。このビッグバンドに話をつなげてくれたのは、今回全てセットしてくれたアリスター。彼が7時にホテルに迎えに来てくれる。リハーサルが終わるのは遅くなるから、リハーサル前に夕食。今夜は隣のタイレストランでグリーンカレーと野菜炒め。野菜をたっぷりと補充。アリスターの車で学校に。女性ばかりのビッグバンド!ちょっと緊張する。音楽活動を始めてから、多くの場合圧倒的に男性の共演者が多い。女性には、あまりきついことが言いにくい。男性よりも傷つきやすい気がする。おそらく気のせいだけだろう。リハーサルに行ってみたら、もう一人男性がいた。ギタリストが日本人男性。演奏のレベルも表現のレベルも流石の高さ。簡単な説明だけで、見事に演奏。わがままを言えば、上手すぎて破綻しないところが残念。これ以上のリハーサルの必要はないので、来週のリハはなしで、6月2日のキャンベラのコンサートに望むことにする。そういえば、私は、高校は女子校だった。全員女子!男子がいないと、ある意味とてつもなくのびのび。寒い日は制服のスカートの下にジャージを履き、早弁も毎日。レディースバンドも慣れれば楽に違いない。コンサートでどこまで演奏の振幅を広げられるかは、私のリードの仕方にかかっている。リハーサルの休憩でみんなと歓談。日本で「Fukushima」を演奏して、原発推進派の非難を受けないのかと聞かれる。別に政治的発言をしているわけではないから、非難されることもないと説明。日本の状況にはみんな興味津々。リハ後はベースのジェシカがホテルまで車で送ってくれた。

      ホテルについて、譜面の整理をしていたら、ホテルのアラームが鳴り出した。その上、焦げ臭い。パジャマになる前でよかった。貴重品を持ち、階段で1階に降り、ホテルのロビーに向かうと、道路に消防車が見える。こういうこと、昔ありました!札幌のホテルでサイレンがうるさいから窓から外を見たら、野次馬がこちらのビルをみんなで指差している。まじ〜?それでもホテルの客室から出てくる人はいない。私たちは急いで1階まで行ったら、ボヤで大事には至らなかったが、皆さん部屋でお休みになっていたのか、度胸が座っている。今夜もロビーでホテルの従業員が「トースターの焦げた煙でアラームが鳴っただけで大丈夫です。部屋に戻ってください」と説明。一日が刺激的に終わる。

       

      5月23日(火)

      いつもの朝ごはん。パンにピーナッツバター、オレンジジュースとコーヒー。朝のメールチェックとその返事。朝8時に起きると、だいたいこの作業が終わると昼ごはんの時間。今日のランチは、行ったことのないカフェで、田村はBLTサンドイッチ、私はスパゲッティ、ガーリック・ジンジャー・チリを頂く。先日、ジャズクラブで食べたスパゲッティーがクタクタのオーバークックだったので、スパゲッティーは避けていたが、今回のは、ちゃんとアルデンテ。ペペロンチーネにジンジャーが入っているというクリエイティブなスパゲッティーは結構美味しかった。食後はスーパーで朝食用のパンとオレンジジュースとみかんを買って帰る。4時からのジャズ・コンポジションの授業。先週もあったが、実はこれが結構難しい。学生のレベルやバックグラウンドがまちまちで、求めているものも違う。学生の作曲した楽曲を2曲音出しして、全員でコメントを出し合う。私の日常的な作曲の作業について説明する。「なんでもいい」ということがなかなか理解してもらえないようで辛い。具体的に色々なアプローチでの作曲を説明したが、わかってもらえたのか? セメスター最後の授業らしいから、何か一つでも伝えられていればいいが。授業終了後、来月のメルボルン・ジャズ・フェスの委嘱作品をアリスターと打ち合わせ。バス停まで歩いていく途中、可愛い声のカエルが鳴き、空をすごい声をした鳥が飛び交う。そういえば、ここではカラスもとんでもない声をだす。植物は見たこともないようなものがいっぱいだし、オーストラリア、まるでジェラシックパークです。バスでホテルに戻り、夕食はインドカレー屋さんへ。テイクアウトがメインの店で、あまり流行っているように見えなかったのだが、行って見たらびっくり。休みなくお客さんが来て、料理もすごく美味しい。あと、三日のクージー滞在中にもう一回は来なくちゃ。ホテルで譜面整理とマネージメントの仕事。明日は長い一日になりそうなので、12時前には、おやすみなさい。

       

      5月24日(水)

      今日は久しぶりに忙しい1日。朝ごはんを済ませ、10時半には学校に向かう。12時前に軽いランチを学校のカフェで食べてから、受付のレイチェルに押さえてもらった、ピアノのある教室で練習。私は、6月のKAZEの北米ツアーに用意した新曲を書き直し、軽く指鳴らし。ピアノが素晴らしいスタインウェイのD。どこの教室のピアノもかなり状態が良くて、酷使されていないのがわかる。私は1時半にアリスターとの打ち合わせにカフェに行く。部屋に残った田村に、学生ビッグバンドのピアノの子が「セッションさせてください」と。彼は、科学とクラシックの作曲科をデュアルメージャーでとっている、非常に優秀な学生。いわゆるジャズピアニストではないが、作曲専攻だけあって、素晴らしいインプロバイザー。学生の中では傑出して独自の美意識を確立させているように思える。田村は、セッションをすごく楽しんだらしい。

      アリスターとの打ち合わせは、明日木曜日に予定されている、学内での私のインタビュー。アリスターがインタビュアーで、デモ演奏も含めて予定されている。公開インタビューなんていうのは、それだけで緊張する上、英語なので、ドッキドキ。アリスターにわかるように話してね、とお願いする。彼から事前に予定しているインタビューの内容を見せてもらう。20項目もあるが、どれもなかなか濃密で全部に答えていると大変なことになりそうだ。

      2時から3時まで、金曜日の学内コンサートのリハ。アリスター、サンディー、田村、私の他にやはり先生のチェリスト、ジョンが入る。まあ、インプロなので、リハというよりは顔合わせとセッティングの打ち合わせ。

      3時から4時までは空き時間で、カフェでサンディーとお茶をする。彼女のご主人も音楽家で共演者でもあったのだが、ずいぶん前に神経系統の病気になり、音楽活動を断念。今は、自宅で療養しながら、月曜日に共演者を自宅に招いてのセッション。そのプロジェクトでCDもリリースしているとの話。音楽はあらゆる形で活動を続けられるのが、素晴らしいところだと思う。それでも、ご夫婦が音楽家で共に活動してきたのに、一人が病気ということで通常の活動を断念せざるをえないのは、どんなに辛いことかと思う。サンディーもきっと色々と大変に違いないが、彼女はそんな辛さを一つも見せない。

      4時から6時までは先週リサイタルを終えた中級アンサンブルクラス。クラシックギターアンサンブルのクラスも一緒にインプロワークショップとなった。田村が主導。10人程度のクラスを小さなグループに分けて5分と時間を決めてインプロする。田村が3つだけ簡単なサインを決め、それで指示を出す。合図でみんな同じフィールで演奏、次の合図はそれぞれ違うフィールでの演奏。そして、エンディングを作って終わってくださいというサイン。最初は楽器を使ってやったが、若い方は結構保守的で、なんとかスタイルを使って演奏しようとする。ブルースっぽくしたり、ボッサっぽくしたり。そこで、田村は学生に楽器を使わないインプロをさせる。つまり、歌ったり手を叩いたりするのだが、みんな最初は恥ずかしそう。表現するという意味がよくわかってない様子だったが、わずか2時間で、自分の耳で聞いて音を出すという作業が驚くほど上達した。聞いているだけで、勉強になりました。

      6時から8時は、私の「FUKUSHIMA」を演奏する学生ビッグバンドの授業。もう先週、問題なくできていたから、最終確認とランスルーをすることにした。みんな上手なのに、弾けないところがなんとももどかしい。田村もバンドに入って演奏するが、どうして学生のおじいちゃんくらいの年齢の田村が一番元気なの?サンディーが、テナーの子に思い切りブローさせる。なぜか続かない。これって大変なの?私はいつも自分のビッグバンドで、みんなとにかく元気で弾ける演奏ばかり聴いているから、おとなしいのにびっくり。サンディーにホテルまで車で送ってもらってから、今日はまだ行っていない中華料理屋に行く。海老餃子蒸したのと、レタス炒め、麻婆豆腐をいただく。どれも美味しい。麻婆が豚肉のひき肉の他にエビとイカの細切れも入っていて、こんなの初めて。クージーのレストラン街、わずか100メートルほどの間に小さな店がたくさんあり、どれも美味しくて、とても楽しめた。ここでのステイはあとふた晩。


      | ツアー日記 | 22:07 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      2017年5月6月オーストラリアツァー3
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        5月20日(土)

        なんと土日、学校は休みです!こんな生活は、長いことしていないから二人で朝から落ち着かない。まずは部屋で朝ごはんを簡単に済ませる。今日はあいにくの雨模様との予報。晴れたらブルー・マウンテンにピクニックに行こうとアリスターが誘ってくれたが、昨晩の大雨にめげて早々にキャンセル。ところが、どんどんといい天気になってくる。午前中はツアー中で一番大事な仕事であるお洗濯。このホテルはアパートメントホテルなので、ありがたいことに洗濯機も乾燥機も使い放題。洗濯が終わって乾燥機に突っ込んでから、いつも行くCoogeeの街とは反対方向のRandwickの街を目指す。徒歩で15分もかからないが、上り坂なので、ハーハーと息が上がる。魚屋さんの店先でフィッシュ&チップスの安いランチを食べ、隣のカフェでお茶していると、青空が広がって来た。これは、今日しかない、と二人でBondi Beachまで歩いて行くことにする。片道7キロ弱、ずっと海岸沿いを歩くことになるので坂も多い。先ずホテルに戻り乾燥機の洗濯物を部屋に置いてから、Coogee beachに。さっき15分歩いただけでハーハーの二人が7キロ歩くんだから大変なことだ。土曜日でビーチにもいつもよりたくさんの人がいる。さあ、太平洋沿いに北上だ。いい天気で暖かいとはいえ、20度くらいの気温。およそ、海水浴の温度ではないが、結構多くの人が泳いでいる。みなさん、お元気。私は荷物を持って歩くと腰が痛くなる人なので、手ぶらで歩いた。途中、サーフィンスポットがあったり、海に面した広大な墓地があったり、高級住宅街があったり。7キロもずっと海岸沿いにしかもビーチが多い場所を歩けるのは、他であまり見たことがない。ベンチを見つけると休んで、無理しないように歩いたら2時間以上かかった。Bondiはライフ・セイバー発祥の地だそうで、今日もドローンが安全確認で飛んでいた。

        もちろん、帰りはバス。出かけにインターネットで調べて来たが、出先でも使えるGPSのアプリでバスの乗り換えもうまくいき、迷子にならずに帰れた。二人ともクタクタで、食欲なし。でも、とにかく何か食べようとクージーの街に。結局、ハンバーガーにコーラ。これもたまには美味しい。

        こんなに働かない1日というのは、うちにいたらありえない。

        でも、食後は我慢できずにメールを開く。

         

        5月21日(日)

        さてさて、今日もお休み。途方に暮れる。快晴でカラッとしていて素晴らしい天気。部屋で朝ごはんを食べてから早速コンピューターで仕事を始める。マネージャーがいない私たちは、演奏が休みの日もマネージメントの仕事が山積み。新譜の準備やこれからの仕事の準備に忙しい。昼ごはんは海岸沿いのカフェでサンドイッチ。部屋に戻り、仕事の続き。気分転換にカフェに行きたいという夫の意見を尊重。カフェでコーヒー。目の前にある容器の中に美味しそうなボールドーナッツ。直径4センチほど。あまり甘いものを食べない私たちが二人でシェアするにはちょうど良さそう。カウンターのお姉さんに「これ一つ食べたいけど、いくら?」「5ドルです」田村が動転する。「これが5ドル?! ありえない。」日本語でもジェスチャーで動転ぶりがウエィトレスに伝わる。私は平静を装い、「ひとつください」田村は「まじ〜?」恥ずかしいからやめて!5ドルで焦るな!だいたいオーストラリアドルは安い。が、オーストラリアは物価が高い。二人できゃあきゃあいいながら頼んだ割には美味しくなくて、少し残してしまった。

        ホテルに戻り仕事の続き。続くイベントは晩御飯。

        夫の希望で街一番のイタリアンレストラン。先日のパスタ経験が悪くて、今日は前菜のタコの焼いたのとルッコラサラダとマルゲリータピザを注文。もちろん赤ワインも。どれも美味しかった。食後はエスプレッソで幸せにホテルに戻る。

        基本的に美味しい食事があれば、それだけで幸せになれる。

        | ツアー日記 | 12:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        2017年5月6月オーストラリアツァー 2
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          5月15日(月)

          朝10時にアリスターが迎えに来てくれて、大学をざっと案内してくれる。キャンパスは巨大なので、音楽部のビルだけまわる。ついでに校内のスタジオをとってもらい、11時から12時半まで私たちは軽く練習もさせてもらった。練習室に、どーんとやたらに大きいコンサートグランドが置いてある。スチュアート & サンズというオーストラリアの手作りのピアノで、鍵盤が97鍵ある。ベーゼンドルファー以外でこういうピアノは初めて見た。癖がなく鳴らしやすいピアノで、気持ちよく練習させてもらう。

          学部の受付のお姉さんに世話になり、バスで使えるオパールカードも購入。アリスターは新譜のミックスに飛んで行き、私たちは大学のカフェでランチ。聞いてはいたが、学生の東洋人の多さにびっくり。半分は東洋人と聞いていたが、もっと多い気がする。

          バスでホテルに戻る。ホテルの部屋がちょっと暗いので、上階の部屋に変えてもらい、お引越し。すっかりいい天気になったので、クッジービーチを散歩する。

          通常のツアーと違い、のんびりと過ごし、ちょっと気が抜け気味。夜は隣のタイレストラン。リカーライセンスがないお店みたいで、お客さんはみんなお酒持参。こちらは手ぶらで行ったので、今夜はお酒なしの日になった。夜9時15分にアリスターが迎えに来て、ラジオ収録に向かう。レコーディングエンジニアでもあるプレゼンターのピーター・ネルソンは昨年1月に私とアリスターのコンサートを録音してくれた人だ。リラックスした雰囲気で、大学でのコンサートや木曜日のクラブでのコンサートの告知もしてもらう。ラジオを聞いている人は結構いるそうだ。ホテルに送り届けてもらい、1時までに就寝。

           

          5月16日(火)

          今日は大学でのワークショップの初日。授業は夕方4期からだが、午前中11時にアリスターと学校のスタジオで待ち合わせてメルボルン・ジャズ・フェスティバルでの新プロジェクトの打ち合わせ。メンバーは、田村(Tp)藤井(Piano)アリスター・スペンス(Fender Rhodes)トニー・バック(Drs)で、今回は全て新作でのワールドプレミアの委嘱となる。それぞれが曲を持ち寄り数回のリハーサルで成立させる予定。私たちはリハーサルが1回なんていうのはよくある話なので、数回リハーサルができるのは、とても助かる話だ。田村、藤井は新曲を準備して行ったが、アリスターは6月末の博士論文に追われていて、まだ未完。イメージや楽曲をざっと話し合い、12時に終了。さて、4時まで大学で時間を潰さないと。まずは大学のカフェでランチ。アメリカで学校に通った私たちにとっては、オーストラリアの大学のカフェはとてもレベルが高い。もちろん、アメリカの大学のカフェの今の状態は知らないので、なんとも言えないが。とにかく、野菜がたっぷりと食べられるのが嬉しい。ランチ後、学部の受付に直行、どこかで練習ができないかきいてみる。残念ながらピアノがある部屋は全てすでにサインアップされていて、じゃあ、トランペットの音が出せるだけでもと相談して、部屋に案内してもらう。大きな映画上映もできそうな部屋で、田村は練習、私はパソコンで6月下旬のKAZE北米ツアー用の作曲。ピアノなしで作曲することは少ないので、これはいい機会。新しい試みだ。

          4時にジャズ・コンポジションの授業に。クラシックの学生やジャズ初心者の学生も含んだ6人クラス。さて、何から話そうか。私の基本スタンスは、音楽はなんでもあり、という姿勢。あれはダメこれはダメのようなアプローチは絶対にしたくない。作曲ということに関しては、とにかくたくさん作曲するのが一番の作曲上達方法と伝えたい。これは、私の経験から。まず、音楽は何で出来ているのか、「音と静寂」そして、その静寂の部分がいかに大事でたくさんのことを語れるか。そして実際に作曲するときの簡単なヒントとかを持参した楽曲で説明して行く。熱心に聞いてくれているが、彼らが一体どんなバックグラウンドだか不安になり、一人づつ好きな音楽を聞いてみた。びっくりしたことに、「ロックが好き」と答えたのは一人だけ。今までほとんどクラシックしか聞いてないという子が二人もいた。1970年代にティーンエージャーだった私としては、びっくり!こちらがカルチャーショックを受けた。授業後半は彼らの作曲の音出し。手書きの譜面はゼロ。全員、ノーテーションソフトでの譜面。ソフトに頼っての譜面なので、譜面が伝える意味が今ひとつ理解できていない記譜が残念。初日の授業は無事終了。バスでホテルに戻り、荷物を置いてから夕食に出かける。気になっていたブラジルステーキ屋さんに。こちらがストップをかけるまで、鶏肉、豚肉、牛肉、羊肉のBBQがどんどん運ばれてくる。若者じゃないからそんなにはいただけない。あっという間にストップ。満腹でホテルに戻り、メールチェックして就寝。

           

          5月17日(水)

          朝ごはんは部屋でパンとジュース、コーヒー、ランチは近所のシーフード屋さん。カジュアルな店で並んでいるシーフードから選んでその場で調理してもらう。これが、むちゃくちゃ美味しかった。田村は帆立貝とえび、私はバラムンドという魚を焼いてもらう。それにトウモロコシもバーベーキュー。どれも美味しかったが、このバラムンドという魚に感動。海水でも淡水でも住める大きな白身の魚で、この辺りでは一般的な魚らしい。ここは、また来なくちゃ。

          大学2日目の今日は2クラス、4時から2時間の中級アンサンブルと6時から8時のビッグバンドアンサンブル。両クラスともサックス奏者、サンディ・エヴァンスが先生。3時に打ち合わせるために彼女と会う。彼女とは、2013年夏にカナダのグエルフ・ジャズ・フェスティバルで会っている。私たちのコンサートの後に声をかけてくださったのだが、その時の印象とは違って、気分は初対面。学生の説明とかを聞き、4時からの授業に。小編成のアンサンブルと思ったら、9人もいるしサックスなんか4人もいる。女の子たちがとてもおとなしく内気だと聞いていたが、全くその通りで、びっくり。オーストラリアの女の子は日本人並みにおとなしいです。大勢の中で自己主張はなさらない。アメリカとえらい違い!

          私のオリジナル曲の「ナインピン」と田村の「マサイの舞」を選んでリハーサルをしてきてくれた。早速「ナインピン」を演奏してもらった。カウントオフでテーマ、アドリブ、セカンドテーマ、テーマとジャズ常套フォームでの演奏。まずはそのディスカッションから始める。カウントオフ以外のイントロが作れないか、サックスが4人もいるのにみんなでユニゾンだけじゃなくてテーマを繰り返す時に別れたらどうか、アドリブの時に同じグルーブを続けている必要があるのか…etc. ジャズの演奏家はインプロバイザーであり、作曲家、編曲家でもあるから、常にそういうことを考えて音楽を面白くしてほしい。このアンサンブルでは今週金曜日に学内のホールでのコンサートがあるので、みんなの意見を拾いながら、結局私がアレンジを決めた。2曲目のマサイは、田村の奇才ぶりを発揮する楽曲。ホーンプレーヤーは全編マウスピースだけで演奏。イントロでは、造語を使って声を出さなくてはいけない。学校内でも外でもそんな事やった事ないから、みんな目が点になる。でも、声を出しているうちに、みんなの目がキラキラしてきた。何と言っても、楽しいわけで、やっぱりそれこそが音楽の原点。この曲を選んだサンディーもさすがだなぁと思う。音楽は、気をつけないとその楽しさを時に忘れてしまう。特に勉強や練習に熱心になると、とても危険な一面がある。この「楽しさ」のために勉強したり練習したりしているのを忘れないでほしい。金曜日のコンサートが楽しみだ。

          6時のビッグバンドのクラスでは、私の「FUKUSHIMA組曲」をリハーサルしてきてくれた。音を出してびっくり。素晴らしいバンドだ。ソロではジャズの定番リックにとらわれずに表現をきちんとできるプレイ。もし何かかけているとすれば、一歩はみ出す演奏。つまりもっと枠を広げるようなパワーがほしい。例えば、音の大小のレンジももっと大きく。大きな音はもっと大きく、小さな音はもっと小さく。普段の授業では伝統的なジャズビッグバンドレパートリーを演奏しているらしいが、トランペットの子が箏が弾けるから、ソロでは箏を使ったり、バリトンの子がエレクトロニクスを使ったりと実にクリエイティブ。このビッグバンドのコンサートは学内のホールで来週金曜日、ものすごく楽しみだ。

          4時間ぶっ続きの授業終了後、サンディーが車でホテルまで送ってくれる。慣れない教える仕事でふたりとも疲れた。ホテルに荷物を置き、まだ行っていない近所のタイレストランで夕食。私が出発前にひいた風邪は悪くも良くもならずに、喉だけチリチリと痛い。その上、ビッグバンドの授業でデスメタルボイスやっちゃったので、声もかすれちゃった。自重せねば。

           

          5月18日(木)

          ランチはなんと回転寿司!寿司鯉という、日本ではありえないネーミング。入店すると従業員が「いらっしゃいませ!」、でもよく聞くと「〜〜〜〜〜ませ」てごまかしている従業員がほとんど。回転しているのは、日本では絶対見れない寿司。私たちは心が広いので、結構楽しめます。なんたって、カルチャーショック!エビ天が乗った握りは、すし飯の酢が少ないので、まるで天むすみたい。これはこれで美味しい。文化というのは、定型を守るだけじゃなくて、思い切った試みでさらに発展するもんだと思う。海外の寿司を否定したら、私たちのジャズも否定されても仕方ないと思う。

          大学3日目。4時から6時までアリスターが指導するアドヴァンスドアンサンブル。つまり上級者コース。3時半にアリスターのオフィスで打ち合わせのはずが、バスが来なくて約束の時間に遅れる。やっぱりバスはあてにならない。海岸沿いのバス停で気を揉みながら、ビーチや歩道の木々を見る。オーストラリアに来ると、毎回北半球とは違う植物や動物に驚かされる。日本や欧米では見たこともない木々を見ているとSF映画のようだ。

          アンサンブルはサックス3人、ピアノ、ギター、アコースティックベースにエレクトリックベース、ドラムという編成。これも結構大編成。ここ数ヶ月、私と田村のオリジナル曲を練習してきてくれた。楽曲は、私たちにも難解な「Alligator In Your Wallet」「Spiral Staircase」「Spring Storm」「Tatsu Take」。まずは、聴かせていただく。みんな上手に何事もなく演奏。早速、こちらで崩しにかかる。アリスター、ごめんなさい。こういう難解な楽曲をきちんと演奏したら、ただそのテクニックをひけらかしているだけだと思う。まず、そのリスキーな部分が伝わらないと楽曲の魅力は半減、というのが私の持論。演奏不可能なテンポまであげる。これだけでかなりおもしろくなる。4曲のリハーサルで2時間はあっという間。

          授業終了後、アリスターと3人で今夜のコンサート会場のVenue 505に行く。今夜はここでアリスター、私、田村とシドニーのドラマーサイモン・バーカーで演奏。私たちはサイモンとは初演。2007年に初めてシドニーに来た時に、ドラムの堀越彰さんにドラムセットを貸してくれ、その時に彼のCDも頂いた。何年かして、彼の韓国のシャーマン音楽とのコラボレーションがNHKの特集番組で紹介され、それもとても面白かった。ちょっと前には彼とスコット・ティンクラー(オーストラリアのとても個性的なトランペットプレーヤー)とのCDを手に入れ、ますます共演したくなった。アリスターに頼んで、4人でのコンサートが実現した。まず、びっくりしたのは、その集客。全編インプロビゼーションの内容で、こんなにお客さんが来るの?そういえば、今までシドニーで演奏してお客さんが少なかったことはあまりなかった。もちろん、アリスターやクラブが十分にプロモートしてくれたからだが、お客さんの数にも、その多様性にもびっくりした。たくさんのお客さんが、静かに熱心に聴いてくれる。演奏が悪くなるはずはない。1セット目は田村とサイモンのデュオ。私も客席後ろから聞いていたが、客席とステージが一体となった緊張感が気持ちよく、一瞬も飽きることなく聞き入った。途中で入って来た若い東洋人のカップル、バーで飲み物を買ってから空席に座り、言葉を交わしていたら、同じテーブルのおじさんがジェスチャーで「黙って」と。すぐに二人とも話をやめた。注意する方もされる方もストレスなく自然な行為で、なかなかこういうことが自然に起きない日本人には驚きの光景だった。2セット目は、私とアリスターのローズのデュオ。アリスターはローズの内部演奏+エフェクターを繋ぐというユニークなアプローチをする。彼とのこの編成のデュオは昨年1月のシドニー以来で、2回目になる。私も鍵盤よりは、内部演奏を多用した演奏になる。昨年の録音を聞いたら、私としては、課題は鍵盤の演奏部分。それまでの宇宙からいきなり平均律の古典にスライドするのは、とても難しい。このデュオは9月にアリスターが来日するときも何本か考えていて、できれば録音もしたい。3セット目は4人での演奏。初めての顔合わせとは思えないハプニングの演奏となり、アンコールも一曲。最前列にいた高齢のおばあちゃん、大興奮でノリノリ。楽屋にも飛んで来て、「素晴らしい」を連発してくれた。ビールを飲んで、タクシーでホテルに戻る。やっぱり、教えるよりは演奏の方が発散できて、気持ちいい。

           

          5月19日(金)

          朝はいつも通りに部屋で。ランチは、一昨日に行った魚レストランに。今日は、私の大好物のタコを焼いてもらう。柔らかくて美味しい。近所にこんな店があって、本当に嬉しい。パン屋さんにパンを買いに行き、そこでコーヒータイム。オーストラリアのコーヒー文化は充実していて、基本はフランスと同じエスプレッソ。日本でいうレギュラーコーヒーはエスプレッソをお湯で薄めたロング・ブラック。

          昨日、バスがなかなか来なかったので、今日は早めにホテルを出る。学内コンサートの今日はサウンドチェックの5時に間に合えばいいのだが、金曜日の夕方のせいか道がかなり混んでいて、結局ちょうどいいくらいの時間に。大学のホールというよりは、街のクラブのようにバーもある。音響のスタッフもプロで、今日の学生コンサートもなんとチケットを売っている。その売り上げでこのホールを運営しているようだ。リハーサル後、キャンパスの中のマレーシアレストランで夕食。大学もここまで大きくなると、もう街みたいだ。

          水曜日のサンディーのクラス中級アンサンブルでの今夜のコンサートでは、田村の「マサイの舞」と私の「ナインピン」も演奏。田村の「マサイの舞」は田村が自ら指揮をする。楽器を使わないで、声やおもちゃを多用、ついにダンスまで。学生たちは、水曜日のクラスの時よりは解放されて来たようだが、まだまだおとなしい。まあ、彼らにしてみれば、こんな恥ずかしいことはできないっていうのが、あるのかもしれない。私は楽屋にいて、見れなかったが、映像を撮っていたらしいので、それが楽しみ。「ナインピン」は私も演奏に参加。サンディーのアイデアで、アルトサックスのおとなしい女の子のソロを、途中からピアノと二人だけのフリーソロにした。美しいアプローチに感心した。無事にコンサートは終了。

           

           

           

           

           

          | ツアー日記 | 10:48 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          2017年5月6月オーストラリアツアー 1
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            coogee beach

             

            By 藤井郷子

             

            2017年5月13日(土)

            昨晩から喉が痛い。またまた悪いタイミングで風邪をひいたようだ。体の節々もちょっと痛かったので、インフルエンザでなければいいと祈りつつ、緊急事態の栄養ドリンクとビタミンドリンクを飲んで就寝。今朝起きても高熱ではないので、今日は予定通り飛べそう。夏樹が元気なのが、救いだ。昼間は、どうしても必要な用事だけ済ませ、おとなしく過ごす。夜10時の羽田からのフライトでシドニーまでひとっ飛び。昨年1月のクアラルンプール経由に比べれば嘘のように楽。大雨の中を羽田に向かう。チェックインして、保安検査。手荷物のバッグに入れたことをすっかり忘れていた栄養ドリンク、なぜかまるで引っかからずに、出国。ゲート近くで寿司を食べ、搭乗。10時発が預け入れ荷物のチェックとかで遅れて、飛び立ったのは11時半。こちらの力の及ぶところではないので、ひたすら眠る。

             

            5月14日(日)

            4回目のオーストラリアに入国。最初に来たのは2007年だったが、この10年で入国はすごく簡単になった。入国は機械でパスポートの写真ページを開いて行い、チケットを受け取る。そのチケットで通るゲートで自動写真撮影だけ。入国後も荷物を開けられていたのが、今回は誰も開けられている様子はなく、ノーストレス。飛行機は出発が遅れた割には、到着は1時間程度の遅れで、運ちゃん途中で飛ばしたらしい。

            飛行機の中で目が覚めたときに、喉が痛いと言い出した夏樹が心配。二人で風邪をひいての到着だ。

            出口で友人、共演者のアリスターの出迎えを受ける。今回の1ヶ月に及ぶプロジェクトは、彼が豪日ファンデーション助成申請を受け、実現するものだ。もう10年の付き合いになるが、彼と夫人のスーの人柄は長く付き合えば付き合うほど、感服する。常に自由でとらわれることなく自身の音楽を勇気を持って変革させて来たそのあり方は、音楽家としても感服する。

            ホテルまで30分ほどで着く。クッジービーチの近くのホテルにチェックイン。早めに部屋を用意してくれるということで、ランチ後、12時に部屋に入れる。ここに2週間ステイして、ニューサウスウェルズ大学での講義とシドニーでのコンサートの予定。部屋は一階なので、ちょっと暗いのが悲しい。オーストラリアでは多い、小さなキッチン付きのアパートメントホテル。物価の高いオーストラリアではキッチン付きは助かる。でも、調理器具は電子レンジのみなので、しっかり料理ができるわけではない。

            夜はアリスターとスーと4人で近所のタパスレストラン。オーストラリアワインを楽しみ、楽しい時間を過ごす。とにかく、睡眠!私は10時には就寝。テレビの映画に負けて、夏樹は12時頃まで起きていた。

            | ツアー日記 | 21:23 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            あれもこれも
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              by 藤井郷子

              2017年1月9日、ピットインで昼夜続けてのライブを敢行した。こんな無謀な企画に答えてくれるピットインと、理解して付き合ってくれる仲間たち、そして長時間こちらの音楽に向かい合ってくれる聴衆の皆さんに心から感謝。最近はこういう企画の準備段階の時に海外ツアーの時が多く、友人の力を借りて、フライアーの制作や宣伝告知を行なっている。動いてくれている友人たちにも心から感謝。

              前回、同様の企画を2010年1月9日にピットインで行なっているので、7年ぶりになる。でも、つい先日に感じる。時の経つのは早い。ますます早い。

              2010年はGato Libre, First Meeting + Nels Cline, Satoko Fujii ma-do, Satoko Fujii Orchestra Tokyoの4バンドだったが、今回はMaho Quartet, Satoko Fujii Orchestra Tokyo, Tobira-one, Toh-Kichi, Satoko Fujii Quartetの5バンド、開始時間も1時間半ほど早く、ますます過激な企画だ。私たちはPit Inn以外でも、1997年と2007年に新宿のシアターモリエールで「帰国記念コンサート」「帰国10周年コンサート」と同様のコンサートをやっている常習犯だ。こういう企画は、いっぺんにたくさんのバンドを聞けるという面白さがあると思ってやるのだが、やはり大阪、新潟、湯河原、水戸などの遠方からいらしてくださる方たちもいて、励まされる思いだ。

              回を重ねると、思い出も重なり、感慨深いものがある。2010年出演のGato Librema-doのベースの是安則克さん、ギターの津村和彦さん、First MeetingFujii Orchestra Tokyoのギターのケリー・チュルコさんは、亡くなってしまい、もう共演できない。一緒に音を出す、音楽をする仲間は、一般の社会的なお付き合いとはまた違い、どこか深いところでコミュニケートしている、繋がっているという感覚がある。言葉をたくさん重ねても、一緒に音楽するつながりに置き変えることはできない気がする。

              最初の企画が1997年だから、もう20年前になる。Fujii Orchestra Tokyoは1997年の結成時からほとんどメンバーが変わっていないというのもうれしい。みんな20歳年取ったってことだ。20年は経ってしまえばあっという間だけど、20年先を考えるとめまいがする。とはいえ、これもまたあっという間だろう。そんなことを考えると、ますます今この時を懸命に生きなくてはと感じる。

              私たちは音楽することで、生きている喜びをさらに感じられる。どうしてそうなるかはわからないが、音楽をすると心が躍動する。ミュージシャンになった頃は、音楽をやりたくてその道を選んだ。無我夢中でやっているうちに、もう他のことはできない状態になり、音楽しかできません、みたいな時期もあった。今は、やめられませんという状態だ。こんな楽しいこと、もうやめられません!!

              同様の企画でのコンサートが次回いつできるかはわからないが、それぞれのプロジェクトでは、各地でコンサートをやっている。私たちの音楽を聞いたことがない方達にどうやってアプローチしたらいいのかは、本当に難しくてわからないのだが、是非ともテレビやラジオでは聞けない音楽を「生」で一度体験してもらいたいと思う。お気に召さなかったら、残念だが、もしかしたら素敵な出会いかもしれない。

              お待ちしています!

              | エッセイ by 藤井郷子 | 18:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              2016北米ツアー
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                北米ツアー2016
                by 田村夏樹

                 
                2016年5月、13日の金曜日仏滅に羽田を出発してトロント経由でニューヨークへ。よりによって13日の金曜日に出発とは。こちとらキリスト教徒ではないが、気分の良いものではない。そのせいかどうかトロントで乗り換える時、アメリカ入国手続きをやるのだが、藤井が引っかかってしまい別室に行かされる。以前ベルリンの空港でパスポートも入ったカバンを盗まれて以来、何故かアメリカ入国の時だけイミグレーションで、やたら色々訊かれたり時間がかかったり、本当に面倒臭い。他の国では何処も全く引っかからないのが不思議だ。アメリカのシステムがそれだけ優秀ということなのか?あるいはパスポートを盗まれた記録があるが、この人物は問題ないということが何度も入国しているのに更新されないダメなシステムなのか?
                別室で待たされはしたが、特別何を訊かれる訳でもなく名前を呼ばれて「はい、行っていいよ」頭にきた藤井が「一体何が問題なんだ?」と質問するとその警官は「別にパスポートの盗難とは関係ないよ。ただ精査しただけだ」と答えた。
                それってもっと面倒じゃないですか、何か精査されるリストに載ってるってこと?
                日本からの飛行機が予定より30分早く到着して、時間は少し余裕があったから良かったが、これがタイトな乗り継ぎだったら焦りまくるところだ。
                でもまあ一応無事にニューヨークに到着。
                寒い!!これは寒い!!
                いやあセーター持ってきて良かったあ。荷物が結構重いので地下鉄の階段を避ける為、タクシーでブルックリンのホテルへ向かう。この時期マンハッタンのホテルは信じられない程高くて、とてもとても泊まれません。
                ブルックリンの4thアヴェニュー25丁目なんて一昔前は怖くて(特に夜は)歩けないようなエリアだった。今でもそれ程いい雰囲気になった訳ではないが、夜でもヤバイ感じは全く無くなった。しかもホテルのすぐ近くに美味しいペルーレストランがあった。何を食べても美味しくて連日通ってしまった。そのすぐ手前にも美味しいケバブ屋があって大助かり。反対側にはスーパーも在るし、地下鉄R駅の目の前だし、アメリカの安ホテルの不味い朝食と違って、ベーグルやデニッシュなど割と美味しいパンなどもあって、なかなか良いホテルだった。
                14日はいきなりオフ日という豪華な予定。昼間マンハッタンの楽器屋と銀行で用事を済ませ、どこかでお茶休憩しようかと歩いていたら、次の角で5人編成でストリート演奏をやっているバンドが居た。へえっと思って近づいて行くと、ゲゲッ、アルトサックスを吹いているのは何と小黒さんじゃないですか!
                その昔(40年前)コンソレーションやニューハードというバンドで一緒だった小黒さんとバッタリ。小黒さんとは以前ニューヨークで度々会って食事したり、ライブに来てくれたりしているが、ここ数年会っていなかったので、バッタリ出会うって嬉しい。演奏後コーヒーを飲みながら、いろんな話をして過ごした。その時話題に上がっていたニューハードのリーダー、宮間利之さんがつい先日亡くなった。
                 
                1日置いた15日にブルックリンに在るなじみのスタジオ「システムズ2」でデュオとピアノソロのレコーディング。このスタジオは部屋も音もピアノも素晴らしいが、またその仕事ぶりが凄い。時間通りに行くと全ての準備がビシっと用意されていて、全くロスが無い。スタジオに着いて2階に用意されているコーヒーを飲んだら直ぐにスタートだ。午後から始めたが、5時前には終了。
                エンジニアのマックスが直ぐだからと車でホテルまで送ってくれた。ブルックリンのホテルで良かった。
                夕食はやっぱりペルーレストラン。藤井はペルー料理の定番グリーンソースのスパゲッティ、僕は海老料理。どちらもすごく美味しかった。その上安くて幸せ。
                昨日はその店で藤井がヒラメ、僕がアンガスビーフのステーキを食べたがどちらも凄く美味しかった。
                 
                16日は午後1時に藤井が電話インタビューを受け、夕方マンハッタンへ。クイーンズに長年住んでる友人とマンハッタンの職場の近くで食事。キューバン・チャイニーズ料理という珍しいレストランだが、とても流行っていてお客さんがいっぱい。「CALLE DAO」という店だが珍しくアペタイザーがイマイチでメインが美味しいという店だった。焼きそば、ビーフステーキ、ポークとキヌワ(キノワ?)の煮込みを3人でシェアー。どれも美味しくてなるほど流行るわけだと思った。
                 
                17日は朝から近くのコインランドリーで洗濯。ツアー中の大事な仕事です。
                地下鉄で2駅マンハッタンよりにある「I Beam」へ。ニューヨーク・オーケストラの仕事で夕方5時から8時までリハーサル、8時半からコンサートの予定だ。久しぶりの面々が集まってくる。皆元気そうだ。しかし今回のレコーディングは今までと違って、ドラムのアーロン・アレキサンダーが足を怪我して急遽チェス・スミスに変わり、トランペットのスティーブン・バーンスティンとアルトのブリガン・クラウスがヨーロッパ・ツアー中のため参加できない。今まで奇跡的に不動のメンバーでレコーディングしてこれたが、考えたらそちらの方が不思議なくらいだ。15人の売れっ子ミュージシャンが毎回揃うなんて。
                今回はギターのネルス・クラインにも参加してもらった。
                リハーサルも順調にサクサクと進み、2時間ほどで終了。心配していた夕食も食べる時間ができて良かった。近くのホールフーズというオーガニックスーパーでキノコのスープを食べる。これも美味しい。メンバーの多くが近くのバーで飲んでいるが、こちらの連中は滅多に酔っ払わない。顔も赤くならないし、基本的にアルコールに強いので安心。
                8時半から本番だが、お客さんが入りきれなくて、関係者や聴きに来たミュージシャンは外に居たそうだ。フェローン・アクラフやジム・ブラックもその中に居た。ありがたいことだ。
                演奏は勿論素晴らしかった。みなさん流石です。この晩の演奏はここでレビューしてもらえた。
                https://newyorkmusicdaily.wordpress.com/2016/05/18/satoko/
                 
                18日は朝10時からレコーディング。また「システムズ2」に向かう。少し前に到着したが、全てビシッと用意してある。それぞれのサウンドチェックが終わり、1テイク目をレコーディング開始。素晴らしい内容でエンディングへ。
                みんな満足げだ。最初は2テイク録音する予定だったが、もうこれでいいんじゃないかということになり、1テイクだけでレコーディング終了。またまた名盤誕生。
                スタジオを後にして地下鉄でマンハッタンへ。夜はストーンでエレクトロニクスのイクエ・モリさんがキューレートする週間に出演。1セット目はイクエさんと藤井郷子とネッド・ローゼンバーグが演奏する予定だったが、ネッドが都合で急遽できなくなり、他の日に出演予定のデンマークのサックス奏者ロッテ・アンカーが急遽参加。
                2セット目はイクエさん、藤井郷子、僕、ジム・ブラックのカルテット。
                ジムとはあちこちのフェスティバルなどで、よく顔を合わせるのだが、一緒に演奏するのは久しぶりだ。なんと長年ベジタリアンだったジムが今や朝から寿司を食べたり、最近ではステーキも食べるそうだ。びっくり!
                この日も楽しく演奏させていただきました。イクエさん、ありがとう。
                やはりブルックリンに住んでるジムとタクシーをシェアーしてホテルに戻る。
                 
                19日は移動日。ホテルを朝7時に出てカーサービスでラガーディア空港へ向かう。そのカーサービスの運転手がまあウルサイのなんの。ほとんど英語が通じないのだが、お構いなしに片言英語で「こっちの道は混んでる、飛行機に間に合わないといけないから高速を避けていくから。あんたらのために。」「あんたら中国人か中国放送入るぞ。」「いや、僕たちは日本人ですよ。」と言っても、こっちの話などお構いなし。空港に着くまでずっと中国語のラジオを聞かされた。
                ヒューストンで乗り継ぎ、夕方5時過ぎにサンフランシスコに到着。BARTという電車でベイエリアに向かう。ダウンタウン・バークレー駅で下車。歩ける距離だが、荷物が結構あるのとキャリーバッグの車輪が具合悪く、うまく転がらないので駅前からタクシーに乗った。場所を言うと、「ええっ?そこじゃあ歩いてもすぐだよ。タクシーなんか必要ないよ」と嫌そうにしながら運転。「結構待ってこんな客かよ」というのが見え見え。ホテルに着き、こちらもちょっと悪いなと思ったからチップを少しはずんだ。運ちゃんコロッと態度が変わって名刺を出して、「タクシー呼びたいときは俺に電話してくれ。すぐ来るから」
                調子のいいこと。
                ベルリンのタクシーは本当に質が高い。おしゃべりではなく、感じがよく、安心して乗っていられる。
                夕食はホテルから2軒隣のヌーベルクイジーン風のしゃれた店に行った。結構賑わっていて、何となくいけそうだった。藤井はスペアリブを、僕はチキンを食べたが、ジューシーで凄く美味しいチキンだった。食後のエスプレッソも美味しくて満足。
                 
                20日は夜共演するパーカッショニストのジーノ・ロベアーとランチを食べることになっている。しかしツアー途中から喉が痛い、鼻水が出ると言い始めた藤井がここに来てちょっとダルくもあるから夜に備えて部屋で寝ていることになった。仕方なく僕とジーノだけでランチに出かけた。旨いカレー屋があるんだけど、そこでいいか?というので、カレーは大好きだと答える。行ってみてびっくり。なんだか何かの倉庫のような建物で、だだっ広いフロアに大勢の客がまるで学校なんかの食堂みたいな感じで食べている。最初は凄く小さな店だったらしいが、大当たりして、どんどん店を移って大きくしていき、遂に倉庫か体育館みたいなスペースになってしまったそうだ。
                なるほどこんな雑多な感じなのに味はたいしたものだった。
                帰り道、コーヒーはどうだ?というので「いいねえ」と言ってカフェに寄る。そこのエスプレッソも凄く美味しかった。いやあアメリカのコーヒーも美味しくなったもんだ。昔は茶色いお湯のようなコーヒーがほとんどだったが。しかし僕はあのサラッとしたアメリカンダイナーのコーヒーも結構好きなんだけど。
                夜はバークレーにあるBerkeley Art Centerでコンサートだ。
                具合がいまいちの藤井がサックスのラリーに電話してホテルまで迎えに来てもらうことにした。
                ガランとした感じの会場だが、バークレーの街中で結構良いロケーションに在る。
                1セット目がラリー・オックスsax、スコット・ウオルトンbass、ジョーダン・グレンdrums、のトリオ。2セット目が藤井郷子piano、田村夏樹trumpet、ジーノ・ロベアーdrumsのトリオ。3セット目は全員でやった。ジーノとのトリオの演奏、素晴らしい出来だったみたい。1セット目のミュージシャンや聴きに来てくれていたミュージシャンの良かったという言い方や表情でもそれが確認できる。
                アメリカに行った当初は、アメリカ人のやたら褒めまくるやり方に慣れなかった。まあ口先ばっかりで本当はそう思ってないんだろうって感じられた。でもそのうちにこれは一つの文化であって、あながち悪くもないかと思うようになった。自分のやってる事にあまり自信が持てず不安を感じてる時など、褒められまくると「そうかなあ?こんなんでも大丈夫か、よしよし」という気になってきて、人と違うやり方などでも思い切って踏み込める。日本社会で浮いてたり沈んでたりする人もアメリカだとしっくりと馴染んで暮らせるかも。
                聴きに来てくれていた友人の本田素子さんに車でホテルまで送ってもらう。彼女はピアニストで23日に演奏するロサンゼルスの仕事をオーガナイズしているロッコの奥さんでもある。
                昼間おとなしくしていたお陰か、藤井がだいぶ楽になってきたようだ。部屋に荷物を置いて、真夜中の夕食に出かける。ホテルの斜め向かいにあるアメリカンダイナーがまだ営業している。藤井はホットドッグとオニオンリングを僕はハンバーガーを食べた。しかしここは美味しくないアメリカンダイナーだった。まあハンバーガーはあまり当たり外れがないので、そこそこだったが。
                 
                21日は藤井のピアノソロ。バークレーでも山手の高級住宅街にある有名なMaybeck Studioでの仕事。
                行きはきつい上り坂なのでタクシーで行くことにした。午後1時に到着すると感じの良いオーナーのジャックさんが出迎えてくれた。後で聞いた話だが、何年も待ってやっと念願のこの家を手に入れたそうだ。ご存知の方も居ると思うが本当に素晴らしいホールだ。キャパは4〜50人と大きくはないが、アメリカ杉(セコイア)で作られた、美しくて柔らかな響きが素晴らしい。藤井も気持ち良さげに演奏している。お陰様でこのホールの常連さんたちで満席状態だった。演奏終了後、ロバ・サキソフォン・カルテットのスティーブ・アダムスと久しぶりの対面で話がはずむ。折りたたみ椅子を片すのを手伝って、ホールを後にする。帰りはずっと下り坂だし、藤井の体調も随分良くなったのでホテルまで歩いて帰った。
                 
                22日今日も移動日。朝9時にホテルをチェックアウトして、タクシーでラリーの家に向かう。6、7分で到着。ラリーが借りてきた車にドラムのウラジミール・タラソフも同乗しロサンゼルスに向かう。朝10時に出発し、途中食事休憩くらいで、6時間かけてLAに到着した。ラリー達が泊まるダウンタウンのホテル前で別れ、タクシーで自分たちのホテルへ。ダウンタウンからは少し離れたところ(この辺りはもうほとんど公用語はスペイン語状態だ)にある安ホテル、スーパ−8だ。チェックインして部屋に荷物を置き、夕食を兼ねBlue Whaleのあるリトル東京にバスと徒歩で行く。
                Blue Whaleに入る前に同じビルの1階下に入ってるレストランに行った。藤井はラーメン、僕はビーフと野菜の炒め物を食べたが結構美味しかった。硬めだけど旨みのある肉だった。
                朝からずっと運転してきたラリーは今夜Blue Whale で演奏。お疲れ様です。車で一緒に来たドラムのウラジミールとサンディエゴに住んでいるベースのマーク・ドレッサーとのトリオだ。マークとは久しぶりに会う。つい先日はニューヨークでジム・ブラックと久々に共演したし、なんだかSatoko Fijii Fourの同窓会みたい。
                帰りは、オーガナイザーのロッコに頼んでウーバーを呼んでもらった。契約しているロッコがスマホを持って通りまで来なくてはいけない。スマホの画面の地図を見せてもらったが、まるでゲームみたいだった。「プリウスが来るそうだ」「あっ、この運転手迷ってる。そっちじゃない右だよ」「ああ一方通行だから回り込んでるんだ」「もう少しもう少し」すると左手からプリウスがやってきた。ロッコにお礼を言って乗り込むと、「水飲みますか?」と聞かれ、「ええっ?いや今水は要りません」と答えたが、後から聞いた話だとネットで乗った感想を報告する項目があって、運転者の評価成績に繋がるからサービスがいいそうだ。ホテルに着いたのでお金を払おうとすると、「いえいえ、料金はもう自動で落とされていただいてます」とのこと。「えっ?じゃあ明日ロッコに返さなくちゃだ」契約者のpaypalで自動で支払われるから、現金の授受はないそうだ。まあ多少チップを渡しても良いそうだが。しかし安い!タクシーの半額から3分の1くらいだ。ウーバーが流行るわけだ。
                 
                23日は自分たちがBlue Whaleに出演する日。しかしアメリカの安ホテルの不味い朝食。何とかしてほしい。オレンジジュースも薄めすぎでその上妙な甘みをつけてる。パンもコーヒーも不味い。近くにカフェなど無い所なので仕方なく食べますけど。
                昼食はフロントのお姉さんに聞いて、メキシカンに行くことにした。違う道を入ってきたのかと不安になり、通りがかりの人に尋ねると、「ああこれまっすぐ行ってもあるし、そこの坂下った所にもメキシカンあるわよ」とのことで直進。「なんだか違うなあ、これはメキシカンじゃあないよね」違う道をホテル方面に歩いていくと立派なメキシコ料理屋さんがあった。中に入るとちゃんとしてそう。サルサ、エンチラーダなかなか美味しかった。ちょっと歩いた甲斐があった。
                夕方またバスと徒歩でリトル東京へ。今夜共演するドラムのアレックス・クラインとBlue Whale の近くのレストランでカレーを食べる。アレックスはベジタリアンで、さっき食事してきたからとお茶だけ飲んでいた。アレックスはニューヨークで共演したギターのネルス・クラインの双子の弟さん。大の日本文化好きで、長いこと「茶道」を習っていたそうだ。「お点前頂戴いたします」なんてフレーズを聞いたのは、何年前だろう。
                彼のセッティングなかなか面白くて、フロアタムの代わりにマーチングバンドで使うような大太鼓を持ってきて、その上に小さなシンバルなどいっぱい並べて叩いたりしていた。今夜も楽しく演奏終了。
                楽器をしまったりしてる間にロッコが帰ってしまったので、今日はウーバーどうしようと思ってたら、店のスタッフのツヅキさんが親切に外まで来てくれてウーバーを呼んでくれた。今日はオデッセイだった。もう仕組みが分かったので少しチップを渡す。
                 
                24日はLAからベルリンへ。昼頃ホテルを出て路線バスでユニオンステーションにあるロサンゼルス空港行きのバス停まで行く。切符売り場でチケットを買うのだが、現金お断りでクレジットカードしか使えない。世の中クレジットカードが無いと、本当に不便になってきた。
                あとはAir Berlinでデュッセルドルフ経由でベルリンに到着。しかしこのAir Berlin、座席が前の席とやたら近くないですか?限られた空間に詰め込めるだけ詰め込もうという魂胆ですね。トイレの数まで少ない。
                デュッセルドルフでの入国はすごく楽で全く何も訊かれず、スタンプ、ポン。
                ツアー、お疲れさまでした。
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                 
                | ツアー日記 | 00:30 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                ジャンル
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                  ジャンル
                  by 藤井郷子
                   
                  職業を聞かれ、音楽家と答えると、大抵「まあ、素敵!何の楽器ですか?」と聞かれる。次に聞かれるのが、一般的には音楽のジャンルだ。うろたえながらジャズと答えると、皆さんラウンジやバーでの演奏を想像されるようで、「ぜひ、聞かせていただきたい」とおっしゃる。なんか、騙しているみたいで悪くて、「あ、すみません。ジャズと言っても、お酒や食事がおいしくなるような種類じゃないです」「????」「どちらかというと、アヴァンギャルドです」もう、想像できる範囲から完全に出てしまったみたいで、「楽器のできる方は憧れです」なんて言われて、会話は終わる。
                   
                  音楽のジャンルを聞かれて、疑問もなく「ジャズ」と答えられていたのは、もう20年くらい前までだ。私はクラシック音楽の不自由さに嫌気がさし、ジャズの多様な表現と常に形を変えてきたバイタリティーや活力に憧れ、ジャズ音楽家を目指した。ジャズの持つ自由さと一種の反骨精神に心惹かれ、自らをジャズ音楽家と位置付けたいと思っていた。実際に活動を始めてみると、こちらが、ジャズと言うと、それはジャズではないと否定されることが少なくなかった。中には、半ばお怒りになってらっしゃるジャズファンもいた。1990年代にはジャズファンだけではなく、ジャズ音楽家の中にも、ジャズを一つの伝統音楽として形付けようとする動きも出てきた。そのスタイルに収まらなければ、ジャズではないという考え方だ。そうなってくると、こちらもだんだんジャズでなくて結構です、という気になってきた。形に収まらずに常に形を変化させることは、むしろジャズの伝統だ。この雑食性の高い表現は常に多くの民族音楽の特性を組み込みながら、形を変えてきたし、止まることもなかったはずだ。私はそれがジャズの王道だと信じている。正装して「伝統音楽」を演奏することを、否定してジャズ音楽家になった私としては、正装することもジャズを止める一つの表明と思えて、Tシャツでステージに立つ。まあ、大汗をかくので、洗濯が楽な服装の方が現実的ということもあるが。
                   
                  越境することは、国境でも音楽のジャンルでも、私にとってはいつも魅力がある。民族音楽の音楽家やロックや実験音楽の音楽家と共演することも少なくない。私が知っているロックミュージシャンたちは、ジャンルを聞かれると何の迷いもなく「ロック」と答える。私の持っているジャズへの複雑な思いなんか、彼らがロックと答える時には微塵もない。誇らしげであり、それは音楽だけじゃなくて、生き様まで答えているようだ。正直、とても羨ましい。
                   
                  ヨーロッパのクラシック界では、東洋人の演奏家たちが多く、日本の角界では、日本人以外の力士が増える。日本人なのにジャズをやっている私は、そういうのは大いに結構なことだと思う。クラシックが、相撲が、ジャズが、ドメスティックではなくインターナショナルになったわけだ。日本人だからって、邦楽だけやっていなくていいわけだ。今や、多くの選択肢がある。日本人のシェフがイタリアでイタリア料理のレストランをやる時代だ。文化はそうやって豊かになってきたのではないか?
                   
                   
                  | エッセイ by 藤井郷子 | 21:18 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  2015年Tobira北米ツアー
                  0
                    by 藤井郷子

                    11/14
                    朝はホテルの朝食。アメリカの安いチェーンのホテルに泊まると、ほとんど必ずあるワッフルを作る焼き器。たこ焼き器みたいな電化製品で自分でワッフルを焼き、オレンジジュースにベーグルにコーヒー。ホテルのシャトルで空港に向かい、空港でランチにしてから、地下鉄で共演者ジョー・フォンダ宅に向かう。ニューヨークもベルリンも東京の地下鉄のように、オンタイムで頻繁に運行しているわけではないから、移動には余裕を持たないと遅刻する。この日も十分余裕を持たせたつもりなのに、ギリギリになってしまった。ジョーのアパートでエスプレッソを一杯ごちそうになってから、彼の車で今夜演奏するコネチカット州ミドルタウンに向かう。会ったこともないのに、共演を申し出てくれたジョー、噂通りの気さくでオープンなイタリア系おじさん。2時間弱のドライブ中も常にこちらに気を使ってくれて、話がはずむ。
                    今夜の会場は、本屋の小さなホール、様々な文化的催しをしていて、今夜はジョーが定期的に組んでいるフェスティバル。私たちの他に、アラン・チェースとドミニク・イーダのデュオ、ジミー・グリーンのサックスソロと3セット。アラン・チェースは、私のニューイングランド音楽院時代のアンサンブルクラスの先生だったので、20年ぶりくらいの再会だ。ジミー・グリーンはお会いしたことはなかったが、共通の友人がいて、コネチカットの小学校乱射事件で、お嬢さんが犠牲になったとの話を以前から聞いていた。ジョーとのデュオを1セット一曲のインプロ。ジョーの演出で、最後に田村が客席後方から吹きながら登場。これが、結構効果的だった。インプロでの初共演は常に刺激的だ。その緊張感もあって、気持ち良い演奏になった。小さな町だが、優秀な大学があるせいか、知的に洗練されているという印象の観客も多いに楽しんでくれた。
                    演奏後は、ジョーの車でダイナーに夕食に行く。時間も遅いので、チリコンカルネとイングリッシュマフィンのトーストだけで、軽めに済ます。
                    ホテルまで、ジョーに送ってもらう。ジョーはこの街に長く住んでいたことがあり、ここでワダダ・レオ・スミスと会い、ブラクストンと共演を始めた。その後ニューヨークに引っ越したが、お嬢さんが住んでいて、今夜はそこにお泊まりとのこと。
                    ジョーに車でホテルに送ってもらい、翌日朝食を一緒にしようと話し、別れる。
                     
                    11/15
                    ジョーの車で街に朝食を食べに行く。カウンターだけの店でアメリカの典型的な朝食。アメリカンコーヒーをガブガブと飲み、私はサニーサイドとイングリッシュマフィンのトースト。常連さん達皆知り合いという感じで、くつろいだ温かい雰囲気。ホテルにいったん戻り、荷物を整理して、今日の公演地、メイン州のポートランドに向かう。
                    今日の公演地、メイン州ポートランドに向かう車でミンガスを聞いたり、ヘンリー・スリッドギルを聞いたり。ワダダ・レオ・スミスのとてもおもしろい「間」のコンセプトの話も聞く。アメリカのミュージシャン、オーネットやワダダ・レオ・スミスやヘンリー・スリッドギル、皆独自の理論やコンセプトを持っている。昔どこかで日本の芸術はその理論の確立が希薄なために、ヨーロッパの芸術のような発展、展開をできないという意見を聞いたことを思い出した。聞きかじったワダダ・レオ・スミスの「間」のコンセプト、音と音の間の無音の部分を泊数ではなく、フレーズで感じるというのは、日本の「間」の感覚に近い気がする。勝手に解釈して即興で試すと今までとは違ったものが感じられてとてもおもしろい。
                    携帯電話のGPSを頼りに、ポートランドのオーガナイザー、ポールの家に着く。彼とは長い付き合いで、5ヶ月前にもKAZEで来ている。ポールはポートランドで高校生等を対象に夏のミュージックキャンプを行っている。ここから輩出したミュージシャンは、デヴィン・グレイ等、もう一線で活躍している。みんなポールのことを慕っていて、コンサートでポールの写真のTシャツを売っているくらいだ。
                    コンサートは町の教会で、今日は2セット。1セット目はジョーとのデュオ、2セット目は田村も加わりトリオで行う。ポールが育てたのはミュージシャンだけでなく、熱心な聴衆もだ。いつもここでは気持ち良く演奏させてもらう。
                    終演後は各種のビールを置いてあるレストランで、ビールと軽食。私はカニ肉サンドをいただく。ここは、オマールロブスターの産地。ロブスターレストランに行けないのは、残念だった。
                     
                    11/16
                    朝、ホテルから空港までジョーに送ってもらう。11時過ぎのフライトなので、9時には空港に着くように、8時半にホテルを出た。空港で朝食を済ませ、今日からまたTobiraでのツアーの続きだ。ポートランドからニューアーク空港まで南下し、乗り換えてバッファローまで北上する。行ったり来たりだが、それが一番効率的で安価な航空券。バッファローの空港でニューヨークから別便で先についていたトッドと井谷と合流する。主催者の迎えの車で、ホテルに。会場はポップシンガーのアニー・デフランコが所有するビルにある、小ホール。ここでは、私と田村は7、8年前、ラリー・オックスのバンドで演奏したことがある。コンサート前に近所のメキシコレストランで食事をする。
                    主催者のスティーブは本人もサックス奏者で、コンサートを自らとても楽しんでくれた。今日も熱心な聴衆に来てもらって、存分に納得のいく演奏が出来た。終演後は控え室でスティーブが持ってきてくれたビールをいただく。北米の最初のコンサートが無事に終了。
                     
                    11/17
                    スティーブの迎えでホテルから空港まで。今日はニューヨークでの演奏。バッファローからJFK空港に飛び、トッドは自宅に、田村、井谷、私は地下鉄でマンハッタンのホテルに向かう。今回のニューヨークの宿はマンハッタンのユニオンスクエア〜近くにある安宿。いつも安宿だけど、今回はさらに凄い。リノベート中で、きっと改装後は、極端に高いホテルになるんだろう。ニューヨークのホテル料金やアパートの賃貸料の高さは、とんでもない。誰がこんなところに住めるんだろうと思うくらい高いが、それでも住んでいる人がいっぱいいるんだから、お金持ちがいっぱい集まってきているっていうことだろう。ホテルチェックイン後、用意をして今夜のブルックリンの会場に向かう。地下鉄Fラインで乗り換えなしで行ける。ブルックリンの自宅から来たトッドと待ち合わせて、近所で夕食。私はシーザーサラダをいただく。アメリカはサラダが極端に美味しい。しっかりと水切りした新鮮な生野菜にしっかりとこだわりのドレッシングを絡めてある。
                    今夜の会場は友人知人が多いニューヨークということもあり、古い友人も含めたくさんの人にいらしていただいた。なんと、ステージより客席の方がミュージシャンが多くて、さすがニューヨーク。ステージ上もいつもとはちょっと違う雰囲気だ。
                    北米ではオフは明日18日だけなので、昼間打ち上げをやろうと約束して、トッドは自宅に、田村、井谷、私はマンハッタンのホテルに帰る。
                     
                    11/18
                    お昼11時半に大好きな中華料理屋で打ち上げ。トッドの奥さんのみなこさんも来てくれて、会食。昼間なので、誰も飲まずにひたすら食べました。
                    夜は、トッドはビジョンジャズフェスティバルの仕事をしているので、そのオーガニゼーションのパーティーの仕込み、井谷もそのパーティーに出かける。私と田村はニューヨークの旧友と会食。イーストビレッジのお寿司屋さんに出かける。久々に美味しいお寿司と日本酒をいただいて、大満足でホテルまで歩いて帰る。
                     
                    11/19
                    今日は、私だけオフ。メンバー3人はマンハッタンのコアなCDストア、ダウンタウンミュージックギャラリーでインストアライブ。ホテルをチェックアウトし、荷物を預けてから田村、井谷、藤井でランチ。夕方まで、どうしようかと話し、お土産をミッドタウンのデパート、メーシーズまで買いに行こうということになる。雨が降り始める中、歩いてメーシーズまで。買い物が済んで、外に出たら、デパートの前にポリスが3人、機関銃の引き金に指を置いて立っている。数日前のパリでのテロを受けての警戒だとは思うが、なんとも嫌な感じ。2年ほど前にモスクワに行った時、ショッピングモールに警官が銃を持っていてとても嫌な気分になったことを思い出す。
                    ホテルまで荷物を取りに歩いて行くが、降りがどんどんと激しくなってきている。途中、雨宿りがてらコーヒーを飲みにカフェで一休み。ホテルで荷物をピックアップしてからタクシーでチャイナタウンにあるダウンタウンミュージックギャラリーに向かう。トッドは、ブルックリンから地下鉄でベースを持って大雨の中、やってくる。田村、トッド、井谷トリオの演奏はものすごく楽しくて、Tobiraでの演奏とはまったく違う音楽を、存分に楽しませてもらう。アンサンブルはコンビネーションだ。田村、トッド、井谷のそれぞれ違う個性が上手く作用しているようだ。終演後は田村、井谷と私で近所のカフェで待っている間にトッドは地下鉄でマンハッタンの知人宅にベースを預かってもらいに行き、カフェに戻ってくる。みんなでそこで夕食。これまた美味しい店で、私はエビのボドカピンクソースのエンジェルヘアパスタ。大雨の中を大荷物を抱え、タクシーを拾いペンステーションに移動。ペンステーションからニュージャージートランジットでニューアーク空港に行き、そこからエアトレインでP4駅に、さらにそこからホテルのシャトルバスで、エアポートホテルに向かう。今夜の宿は、明日からニューアーク空港近くのレンタカーを借りての移動になるので、全員でエアポートホテルをとった。空港ホテルでは一番安価なホテルをとったが、昨日までのマンハッタンのホテルに比べると、高級ホテルに思える。そう思えるのが、ありがたいということかもしれない。
                     
                    11/20
                    ホテルを10時のシャトルバスで出て、エアトレインを乗り換えてレンタカー事務所に向かう。今日、明日、明後日の移動はレンタカー。ドライバーはトッド、田村、井谷の3人を登録。私は免許はあるが、もうずっとペーパードライバー。だいたい運転は嫌いなので、最初からやりませんと宣言してある。車はクライスラーのスタンダードサイズ。カリフォルニア出身のトッドは実は運転好きだそうで、こういう人がいると大助かりだ。ニューアークから1時間半で今夜の公演場所、コネチカット州ニューヘヴンに着く。まずは、私の大好物のアサリのピザを食べにフランク・ぺぺというピザ屋さんに直行。このバンドでは昨年もこのニューヘヴンのクラブ、ファイアーハウス12で演奏したが、その時もここで食べました。前回は4人でミディアムサイズ3枚で多すぎたからというので、ラージ1枚とミディアム1枚を注文。なんとか全部平らげたが、全員満腹で会場でサウンドチェック。
                    ファイアーハウス12はレーベルも保有するクラブで、会場は実はレコーディングスタジオ。素晴らしいコンディションのスタインウエイのフルコンがある。名前で分かるように、もともとは消防署のレンガ造りの大きな建物をリノベートして、地下がバー、1階は会場、2階はロフトでアーティストが滞在できるようになっている。どこもかしこも全く妥協せずにリノベートしたというセンスで、一生のうちに一回くらいはこんなところに住んでみたいものだと思う。
                    サウンドチェック後、2階でしばらく休憩。そのあと、本番前に食事と思ったが、まだピザでみんな満腹。かといって、演奏後は美味しいレストランはほとんど閉店というので、近所の「味噌」というお寿司屋さんでテイクアウトしようということになる。「味噌」は昨年も行った店で、ここのアメリカン寿司はとても美味しい。
                    アメリカ有数の名門大学、エール大学の街だが、昨年演奏した時には学生は一人も来てくれなかった。今年は、学生らしき人も来てくれて、会場は満席。ツアーは大抵そうだが、今回も日数を重ねるほど、演奏が自由でタイトになってきていて、充実してきている。2セット、気持ちよく演奏して、楽屋で階下のバーから持ってきたビールと寿司のテイクアウトで乾杯。今回のツアーは、明日のニューヨーク州トロイを残すのみとなった。
                     
                    11/21
                    トロイまで2時間くらいのはずだが、念のために早めに午前中に出発する。携帯のGPSを頼りに、今夜の会場に着く。トッド以外は初めての街。雰囲気はちょっと荒んだ感じ。会場の界隈は特に寒々した感じだ。主催はこの会場を運営する、インデペンデントのフィルムメーカー。インデペンダントだからこそできるドキュメンタリーフィルムとか作成していて、元教会の建物には、数々の最新の映像機器が並び、後進の指導も行っている。今夜のコンサートは6台のカメラを回すとか、驚くような映像を作るからと、張り切っている。会場でステージのセッティングとサウンドチェックを行う。以前はこの会場にはピアノがなかったらしいが、なんと寄付してくれる人がいて、今ではどんとグランドピアノが置いてある。
                    サウンドチェック後は車で今夜の宿となる家に向かう。この家もこの団体がアーティストステイのために所有していて、ハドソン川を前に臨み、夕日が見事と聞いていたが、残念ながら曇ってしまった。
                    運営もインデペンデントで、夕飯は会場の地下にあるキッチンで手間暇かけた料理を大きなテーブルでみんなでいただく。どれも外食ではありえない、優しい味で、ツアー3週間の疲れがとれるようだ。
                    演奏はステージの上までカメラがいるという普段では考えられない環境で、正直最初は落ち着かなかった。カメラが近くに来るとやっぱりどうしても気になる。それでも2曲目くらいから、だいぶ慣れてきて、このツアー最後の公演、思い切り演奏させてもらった。演奏に関しては言葉でなかなか書けないので、食事のことばかり書いてきてしまったが、もちろん演奏できるからこそ、大変な準備もきつい旅程も乗り切れてきた。演奏することで、共演者と聴衆と深いところで共感できるから、やめられずにやり続けている。
                    演奏後は、車でスーパーに寄って、ビールとつまみを買い込み、宿の家で打ち上げ。みんな、本当にお疲れ様でした。いつもより楽な旅程とはいえ、日本から出発して南米までの長いフライトや、大雨の中、ベースを持って地下鉄駅から長いこと歩いての会場への徒歩移動。どうもありがとうございました。
                     
                    11/22
                    車でニューアーク空港に向かう。田村と私は6時過ぎのフライトでベルリンに、井谷は翌日の日本へのフライトのためにニューアークのエアポートホテルでもう一泊、トッドはニューアークから電車でブルックリンの自宅に。トロイから2時間ちょっと、今日はトッドだけではなく井谷も運転。しかもアメリカ人のトッドに言わせてもややこしいニュージャージーの道を迷いながら、空港のレンタカーオフィスに、車を返却してから、エアートレインでターミナルビルに向かい、高いまずいの空港レストランでみんなでランチ。
                    来年はどこに行こう、なんていう話をしながら、誰も病気にもならず、怪我もせずに無事にツアーが終了したことに感謝。その上、音楽的にも大満足で幸せいっぱい。
                    お疲れ様でした!
                     
                    追記1、井谷の北京経由羽田行きの翌日のフライト、ニューヨークから北京行きが1時間遅れた上、北京から羽田が欠航。北京で一泊というオチがついちゃいました。空の旅は怖いです。
                     
                    追記2、ブエノスアイレスジャズフェスティバルの演奏会場に、キンケラ・マーチン美術館のディレクターがわざわざ届けてくれた、美しい絵画のコピー。どうして、こんなプレゼントが、と不思議に思っていたが、北米ツアー中に南米のマネージャーのシルヴィーナからメールが来て、謎が解けた。私が新聞のインタビューで美術館の素晴らしい絵画のことを語り、その記事を読んで、ディレクター自ら会場にいらしていただいたという事だった。
                    http://www.lanacion.com.ar/1844229-una-pianista-entre-bill-evans-y-el-heavy-metal
                     
                     
                     
                     
                     
                    | ツアー日記 | 00:29 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    2015年Tobira南米ツアー 2
                    0
                      by 藤井郷子

                      11/6
                      リベイランプレトはポルトアレグレより北に位置するので、ずっと暖かい。朝から30度近くある。ベルリンの冬モードだった体が溶けていくようで、すっかりリラックス。非常に体調が良好。朝ごはんはホテルで、昼はロビーで待ち合わせてみんなで近所のベジタリアンレストランに行く。台湾人がやっている店は、アジアフレーバーのバイキングスタイルで、好きな料理を好きなだけ取って、重さを測り重量で料金を払う。結構どれも美味しかった。
                      ホテルに戻り、ちょっとゆっくりしてから、サウンドチェックは5時から。今夜の会場はブラジルの国からやっている文化スポーツセンター。コンサートのチケットは安価で国が助成している。サウンドチェックは1時間で終わってしまった。8時半からのコンサートにはたくさんの人たちが来てくれて、場所柄、音楽ファンだけに限らない人たちにも聞いてもらえて、嬉しかった。今夜はもっとインプロの多い曲のプログラムにした。
                      終演後、メンバー、エージェントのシルヴィーナ、ブラジルのマネージャーのアナと、アナの見つけたレストランに行く。アウトドアの大きなレストランは、ウエイターも民族衣装のブラジル料理の店。ここで食べたブラジル料理が圧巻に美味しかった。エビと白身魚を使ったココナツミルクの料理はちょっとタイ料理のよう。その他にスペアリブや、マッシュドポテトとビーフを重ねてオーヴンで焼いたもの、チャーハンのようなライス料理、みんな美味しかったです。ブラジルの美味しい料理を紹介したかった、アナは誰よりも嬉しそう。美味しい料理といい音楽は、人生には必須です。
                       
                      11/7
                      今日もコンサートのない移動のみの日。信じられないくらい楽なスケジュールだ。朝11時にホテルロビーに集合して、車で空港まで。そしてまたサンパウロまであの不思議なプロペラジェット機で向かう。どんな楽なツアーでも、予期せぬ出来事で過酷なスクジュールになる時もあるから、眠れるときはひたすら眠る。機中では、私は離陸知らず着陸知らずで寝る。眠れない人も多いから、眠れるのはラッキーな体質だ。あっという間にサンパウロ。今日はここでブエノスアイレスへの乗り継ぎで5時間以上時間を潰さなくてはいけない。ドメスティックのターミナルからインターナショナルなターミナルに移動。ありがたいことに5時間前でもチェックインできて、重たい荷物から解放される。ブラジルのマネージャー、アナとはバイバイして、メンバーとシルヴィーナと一緒に空港の寿司屋に行く。回転寿司もあるが、時間が長いので、居心地の良さそうなテーブルに着く。メニューは、日本人の想像を超える内容。私はしめじを揚げた寿司、サンドライドトマトとルッコラとチーズの寿司などをとる。多くの日本人はこういう寿司もどきに顔をしかめるが、食べてみると結構美味しい。常識にとらわれない新しい文化的試みは、まさに私たちの音楽と同じで、私はむしろ共感を覚える。もちろん、日本のトラディショナルな寿司も大好きですが。アルゼンチンの選挙がもう直ぐなので、政治の話になる。政治家はどこの国でも同じ、直近のことだけで先のことを考えないらしいという結論に落ち着く。せっかくの農業国なのに、後々大きな財産になるであろう自然農法での栽培は考慮されていなくて、直ぐにお金になる農薬を使いまくる農業や遺伝子組み替えにポイントが置かれているらしい。本当に世界中、同じみたいだ。話していてアルゼンチン人と日本人とアメリカ人ですっかり暗澹たる気分になる。
                      コーヒーでも飲みましょうと、場所を変えてカフェでさらに時間つぶし。ネットが繋がらないのが辛いが、その分のんびりできる。メンバーは夜7時過ぎのフライトでシルヴィーナは8時過ぎのフライトでブエノスアイレスに向かう。
                      時差は1時間、このフライトも眠り続ける。到着後は入国審査。ちゃんとビザもとってきているのに、やたらに時間がかかる。この国はブラジルと違って、かなり神経質に入国審査をしているし、すべての外国人の指紋と写真を撮っている。何かを恐れているのかな?と漠然と感じる。入国後にバッグをピックアップ。その後さらに荷物すべてをX線の機械を通すというのも、他の国ではあまり見たことがない。ようやく出口に出ると、フェスティバルの迎えの可愛いお姉さんがにこやかに迎えてくれた。
                      車でホテルに。チェックイン後にホテル近くのレストランに向かう。日本のアルゼンチン大使館領事部でビザを取る時に、その治安の悪さを散々聞かされたので、気分としてはホテルから1ブロック歩くのもサファリパークを無防備で歩く気分。連日ビーフばかりだったので、みんなで軽めにポーク、スパニッシュオムレツ、かぼちゃのマッシュを注文してシェア、ビールで乾杯。大きなレストランはとても賑わっていて、雰囲気も良かった。
                       
                      11/8
                      ブエノスアイレスでの仕事は11日と12日、それまでの間は他の町の仕事が取れなかったので、連日オフ。これも、普段のツアーではなかなか無いことだ。まあ、せっかくここまで来たのだから、たまには観光。実は私はこれが一番苦手。どうしたらいいかわからない。ブエノスアイレスジャズフェスティバルに昨年出演して、ブエノスアイレスに精通している東京オケでの共演者、早坂さっちゃんにメールして助言を仰ぐ。ありがたい事にすぐに返事が届く。オススメの店や美術館、エリアを教えてもらう。シルヴィーナからの情報も合わせて、ネットであれこれ調べて、ホテルから徒歩で行けるサンテルモとタンゴ発祥の地区、カミニート、そしてカミニート近くにあるキンケラ・マルティンの美術館が面白そう。
                      ホテルのフロントで相談したら、カミニートは歩いて行ったら危険な地域だから、タクシーを勧められる。ネットではタクシーもすべて安全なタクシーとは限らないとあったので、それを話すと、安全なタクシーの見分け方を教えてくれる。カミニート、ボカ地区にまずタクシーで行く。車の中から周りを見ていると、見るからに治安のよろしくないところを通過。
                      ボカ地区のカラフルな街並みも楽しかったし、タンゴ発祥の地、カミニートでそこら中でタンゴを踊っているのも面白かったけれど、なんといってもキンケラ・マルティンの美術館が圧巻だった。その構図と色合い、カンバスからはみ出すような力強さには感服。絵画も音楽も表現という意味では同じ。ものすごいエネルギーをもらった気分だ。はっきりと彼の独自のスタイルを確立していて、それがまた一貫した主張を持っている。美術館には他の画家の作品もあったが、彼の作品と比べると色あせるような感じだった。
                      ランチはさっちゃんオススメのチョリパン。これも結構なボリュームでした。タクシーでサンテルモに向かう。日曜日でマーケットが出ていて、ここまでしか行けないとタクシーを下される。え〜〜〜〜、ここでおろすの???という感じの通りで、道にたむろしている、やばそうなお兄さんの間を通り、マーケットに急ぐ。まあ、こちらは4人連れでしかも日本人ばかりではないので、完全なイージーターゲットというわけではない。歩いても歩いても続くマーケットはものすごい多くの人で賑わっていて、これもバッグを抱きしめながら緊張しながらの散策。ホテルまで歩いたら、すっかり疲れる距離でした。
                      夕食は近場で済ませようと、近所のなんでもあるようなレストランで、私はサラダ、田村はピザ、トッドと井谷はパスタ。ピザのチーズの量にびっくり。なかなか軽めの食事は難しいところです。
                      慣れない観光で疲れ切った1日でした。
                       
                      11/9
                      今日も、雑誌と新聞のインタビューとラジオ出演のみ、演奏なしのスケジュール。私たちの通常のツアーでは考えられないような、のんびりスケジュール。昨晩、さっちゃんの紹介で連絡したブエノスアイレス在住の日本人ご夫婦が、アルゼンチン北部の料理のランチを誘ってくださった。
                      ホテルからそんなに遠くはないところにある、雰囲気のいいレストラン。野菜や豆の煮込み料理とトウモロコシの皮で包んだ蒸し物は、連日肉料理で疲れていた胃腸には何より。しかもみんな優しい味がして美味しい。定年退職されてから、それまでも何回も訪れ、魅了されたブエノスアイレスに引っ越してこられたというご夫婦に、ブエノスアイレスのお話をいろいろと伺う。音楽にも精通されていて、こちらのシーンについても教えていただいた。話が弾んで、そのあとは楽器店街を歩きながら、私が2、3年前からお付き合いのあるCDストア、Minton’sに向かった。インターネットで2、3年前にCD注文をいただき、店頭に私のCDをたくさんディスプレイした写真をfacebookにあげてもらった、コアなお店。立ち寄ったら、とても喜んでくれた。ニューヨークにダウンタウンミュージックギャラリーという、小さいけれど世界中の面白い(私が思うところの)CDばかり売っている店があるが、Minton’sはそのブエノスアイレス版だ。このお店によく来る音楽ファン、みんな職業はまちまちだが、音楽で繋がっている仲間で、明日は私たちをアサード(バーベキュー)に招待してくれるという。またまた「肉」だ!
                      夜は私と田村は10時からのラジオ番組に向かった。インデペンデントなFM局は、古いがやたらにかっこいい建物に入っていて、みんなワインを飲みながらやっている。やたらにハイパーなコマーシャルなラジオ番組とは違い、好きなものを取り上げて放送するというスタンスが居心地よく、ほとんど友人宅に遊びに来てくつろいで話している感じ。すっかり話し込んでしまい、時間が足らなくなってしまった。番組担当で自らも放送で話しているマーチンは、全ての私たちのコンサートに来てくれるという。ホテルに戻ったのは夜中12時過ぎ。井谷とトッドは昼間食事に連れて行ってくださったご夫婦に、ミロンガに連れて行ってもらっていて、不在。オフの日も、盛りだくさんで、ホテルに戻ったら、早速休みました。
                       
                      11/10
                      今日もまだオフです。でも、今日からはフェスティバルが始まったので、フェスティバルがランチとディナーを提供してくれます。
                      1時に、ホテルロビーでフェスティバルの私たちを担当してくれるカミーナというスタッフと会い、レストランまで徒歩で10分。なんとスウェーデン大使館に入っているレストラン。どうやらスウェーデンが、ブエノスアイレスジャズフェスティバルに協賛しているという事。スウェーデン料理ばかりではなく、私はガスパッチョにキノコのリゾットを頂きました。ディナーはアサードに招待されているので、軽めのランチと思っていたのに、あまりの美味しさに完食。ホテルに戻り、明日明後日のフェスティバルでの忙しい仕事の準備。明後日は午前中に90分の即興演奏のワークショップもあるので、作戦を練る。ソロの内容もどうしようかと思案。
                      夕方、井谷の友人でブエノスアイレス在住の日本人ケーナ奏者とコーヒーブレイク。ホテル近所のとても渋いカフェに連れて行ってもらった。カウンターだけの店に70歳以上のおじいさんばかりがコーヒーを飲む、やたらに落ち着く店。どうケーナと出会ったかなど、興味深いお話を伺い、楽しい時間を過ごす。
                      夜は私のCDを大量に持っているというありがたいファンの方のお宅でのアサードのパーティー。CDストア、Minton’sに行き、そこからMinton’sのオーナーの車とタクシーに分乗して車で走る事40分。一戸建てが並ぶ住宅街に私たちのほかにも続々と総勢18名の音楽ファンが募っての大パーティー。庭にはプールもあり、その脇にある炭火焼き用の大きなバーベキュー焼き器にはすでに大量のビーフとスペアリブが並ぶ。ルーツはモロッコという事もあり、クミンを使った味付け。最高の肉と赤ワインというだけあって、止まらないくらいに美味しい。奥様はベジタリアンとの事で、サラダとトルティーヤ(スペインオムレツ)もこだわりの美味しさ。おじさん、すっかり酔っ払われて、ステレオを大音量でかけながら、うちのピアノを弾いてくれと。こちらもピアノ弾きなので、宴会席ではちょっと弾くわけにはいかない。「井谷くん、およびみたいよ」と押し付けちゃったら、ピアノの前に連れて行かれたらしい。「お疲れ様でした」でも、実は井谷は翌日のコンサートで本当にピアノを弾きました!!
                      イタリアやスペイン同様、ディナーは10時すぎからというアルゼンチン、夜中1時でもまだまだ盛り上がったまま。ステレオの大音量と屋外のパーティーの騒ぎで近所から苦情がこないのかと、こちらの方が心配になったが、ラテンの方々にはこれは通常のようだ。途中、シルヴィーナが気を使い、いつでも帰りたくなったら言ってね、と。明日もあるし、そこで、私たちは失礼した。帰りは用意してくれたカーサービスでホテルまで。あの後、まだまだ盛り上がっていたのかなぁ? 集まった音楽ファンの中には、スーツで来た弁護士さんもいて、明日の仕事はどうなるかと余計なお世話の心配までする晩だった。
                       
                      11/11
                      今日からようやく仕事。今日のランチは車で夜のコンサートの会場近くの雰囲気のいいカフェ。もうとにかく肉以外、私は白身魚の料理をいただく。隣のテーブルのおじさんが、同じ魚料理を食べていて、「美味しいですよ」と日本語で。昔、東京理科大で物理を教えていて、杉並区に住んでいたそうで、今はボストン在住、タンゴに魅せられてブエノスアイレスに時々来られるというお話。
                      美味しいランチの後は、そのまま会場でのサウンドチェックに向かう。以前は工場だったという大きなホール、音響もなかなか良くて、気持ち良く演奏できそうだ。サウンドチェックを済ませ、ホテルに戻る。夜の本番まではホテルで休憩。
                      夜、ホテルから会場に行き、出演時間を待っていたら、びっくりすることが起きた。スタッフのカミーナが控え室に「キンケラ・マーチン美術館の人がプレゼントを渡したい」と言って来ているという。へ?なんで??美術館の方は英語を話されないので、カミーナが通訳してくれたが、「ようこそブエノスアイレスに。キンケラ・マーチン美術館からのプレゼントです」と紙袋を渡してくれた。中には、キンケラ・マーチンの力強い作品のB5大のプリントが5枚、それに美術館のカタログとスペイン語でのお手紙。どうしてだが未だに謎なのだが、本番前にさらに気持ちが高揚するような出来事。何しろ、数日前にキンケラ・マーチンの作品に心を動かされたばかりだ。
                      PAのスタッフも素晴らしくて、とても気持ち良く思い切り納得のいく演奏をさせてもらった。この1時間超のコンサートのために数ヶ月前から山ほどの書類や、メールのやり取りをしてきた。でも、その手間や面倒、すべて足しても、演奏する喜びの方がずっと大きい。もちろん、それだから続けているのだが。
                      演奏後は近所のピザ屋に行ったが、徒歩でも5分で行ける、そのレストランに車で行く。治安の良くないエリアなので、フェスティバルはトラブルを恐れているようだ。フェスティバルが用意してくれたディナーは又やステーキ。連日、ステーキでかなり疲れてきたが、肉をグリルしたものは、揚げ物や化学調味料まみれの料理より消化が良いみたいで、体調は崩していない。車の迎えを待ってホテルに戻り寝たのは3時近く。翌日は朝が早いので、早く寝たいが、夕食直後で眠れない。私たちは、普通演奏前に夕食で、演奏後はビールくらいなので、遅い夕食には参っている。
                       
                      11/12
                      今日は大忙しの日だ。朝9時45分に迎えの車が来て、昨晩とおなじウシナというホールの小ホールでのワークショップに向かう。即興のワークショップということで、参加者はほとんどミュージシャン。会場には楽器も用意され、参加者も楽器持参で来ている。私は教育者ではないので、自らの体験でしか話はできない。私が考える、音楽の作り方、即興の手がかりやアプローチなどを話しながら、少人数のアンサンブルで10分と時間を決めて、実際に即興してもらう。英語でも大丈夫という話だったが、フェスティバルは英語とスペイン語の通訳を付けてくれた。たっぷり90分、私自身も音楽や即興を普段とは違う角度から考えられて、とても面白かった。もともと行為や作品をアナライズするのは好きなので、このワークショップ自体もとても楽しめた。
                      12時半のワークショップ終了。ホテルで待っている田村、井谷、トッドと合流して、今日のランチはこれまた肉。初日に来たホテル近くのアサードのレストラン。フェスティバルが用意してくれたランチメニューから、私はウインナシュニッチェル(チキンのカツ)をいただく。ビーフからは逃げられたが、まだまだ肉が続いている。ランチの後、部屋に戻り1時間弱で今度は5時からのソロコンサートの会場に向かう。南米に着いてからずっと天気に恵まれていたが、雨が降り始める。マネージャーのシルヴィーナはコンサートの時はいつもおめかししてくる。ステージに立つミュージシャンより綺麗にドレスアップ。会場はホテルの前にあるテアトロ・コロンの小ホール。ここの大ホールは世界で3つの美しいホールの一つに数えられているということで、ブエノスアイレスの人はみんな誇りにしている。会場の内装とシャンデリアは観光で来てもいいくらいに美しく、会場に入るのも、身分証明書がいるくらいの警備。見た目だけでなく、音の響きも素晴らしくて、昨晩のスタインウエイのフルコンより、こちのヤマハのフルコンの方が美しく聞こえる。今回のソロで演奏する内容は当日会場に入るまで、インプロにするか楽曲も演奏するか散々迷ったが、響きを聞いて弾きなれた楽曲がどんなサウンドになり、それが演奏自体にどう影響するのか興味が湧き、楽曲も織り交ぜることにする。楽屋では寝不足で眠たいし、朝からのスケジュールで疲れ切って鏡の前で居眠りしている隣で、シルヴィーナが念入りにメークしている。
                      入れないお客さんもいるくらいの満員の会場で、70分のソロ。響きがいいので、落ち着いて「間」も楽しみながら演奏できた。ソロはアンサンブルでの演奏に比べると、常に自らの音にインスパイアされなくてはいけない、他のミュージシャンに助けてもらえないという大変さと、自らの音のみに集中できるという部分とを持っていて、何れにしてもいつもチャレンジングなフォーマットだ。無我夢中での演奏は、大きな拍手でこたえてもらい、私自身も大満足の内容だった。演奏後はホテルに戻り一休みと思っても、昼寝の苦手な私は結局シャワーを浴びたり、明日発つための荷造りをしたりで、さらにクタクタに。この後、田村トッド井谷のブエノスアイレスのミュージシャンとの演奏を聴きに行くのを中止しようかとも思った。迎えが来てディナーに行ってみたら、結構体力が回復してきて、ありがたいことにディナーは肉でなくて、パスタ。ほっとするような味のトマトソースのニョッキをいただき、会場のクラブにフェスティバルの車で。もう演奏は始まっていて、ここも超満員。初対面セッションの新鮮さは残しながらものびのびとした演奏を聴き、すっかり疲れが取れました。
                      翌日空港まで同行できないシルヴィーナに別れを告げ、ホテルに戻る。経済的には問題山積みのこの国の通貨は、海外で両替がほとんどできず、国内でも闇のレートが横行。アメリカ等の大国主導の経済システムから外れてしまっているし、貧富の差が激しくそのための歪みで犯罪も多いらしい。でも、その独自の魅力的な文化で海外からの多くの訪問者が絶えず、人間の幸せっていうのは何なんだろう?と改めて考えてしまった。
                      まあ、それよりも何よりも寒いのが大嫌いな私としては、北半球の冬から逃れて、初めての土地の人々に演奏を聴いてもらえたことが大きな成果だった。
                       
                      11/13
                      田村と私は朝11時の便でパナマ乗り換えでニューヨークに飛ぶ。今回は、初めて乗る航空会社の便が多かったが、この日もパナマの航空会社、COPAでの移動。私は翌日14日にニューヨークから車で2時間弱北上したコネチカット州で仕事が入っているので、なんとか13日中に到着する便をブックした。南米では時間通りに行きませんよ、と散々脅されたが、フェスティバルも見事なくらいに全てオンタイム、フライトも遅れずに無事に到着。機内では、私はもちろんずーっと寝てました。夜中に着く便なので、空港ホテルに泊まる。時差も2時間しかなくて、寝不足も解消。夏から冬に飛び込んだので、やたらに寒く感じた。
                       
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